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それから大晦日までの大半を靖友くんの部屋で過ごした。
自分の部屋に帰ったのは大掃除のためくらいで、それも半日ほどで終わってしまった。
毎日部活へ行く靖友くんを見送って、部屋の掃除や買い物を終えて靖友くんの帰りを待つ。
お弁当を作ったりもしたし、一緒に暮らしているようなその生活がとても幸せだった。
そして迎えた大晦日の朝、私は靖友くんをそっと起こした。

「靖友くん、おはよう。私もうすぐ行かなきゃ。」

昨日は自主練だったけど、年始に旅行に行くこともあって少し多めに頑張ってたみたい。
ヘトヘトになって帰ってきた靖友くんはお風呂とご飯を済ませて布団になだれ込んでしまった。
いつもなら私がご飯を作り始めるともそもそと起きてくるのに、今日はまだ布団にくるまったままだ。
少しだけ肩をゆすったら、手を掴まれて引き寄せられてしまった。

「うあっ。」

変な声と共に私は靖友くんに倒れ込んだ。
すると私の下からはクツクツと楽しそうな声が聞こえてきた。

「もー、起きてたの?」
「今起きたァ。」
「ご飯出来てるよ、食べよう?」
「ン―……ほんとに帰んのォ?」

”行くな”とでも言うような瞳に、思わず惑わされそうになる。
それでも年に1度くらい実家に顔を出さなければならない。

「ごめんね、私今年は全然帰ってないから……。」
「……悪ィ、責めてるつもりじゃねェよ。」

目を伏せた私の唇を靖友くんはそっとふさいだ。
朝起きた時にしてくれるこの優しいキスが私は大好きだ。
触れるだけ、だけどすぐ離れたりはしないそのキスはまるでお互いがそこにいるのを確認するかのようでとても甘い。
ゆっくりと離れた靖友くんと目が合って少し恥ずかしくなりながらも、私はテーブルの方に座りなおした。

「ご飯、食べよ?」
「おう。」

今年はこれで靖友くんは見納めなんだと思うと、ご飯を食べる動作一つ一つをじっと見つめてしまう。
本当にいろんなことがあった一年だった。
私の今年の運は、きっと靖友くんに出会うために使ってしまったんだろう。
ううん、これからの運も靖友くんに出会うためなら使ってしまったっていい。
それほどまでに私の中で靖友くんは特別な存在だ。
どうか靖友くんと、ずっと一緒に居られますように。
ふと靖友くんと目が合って、急に恥ずかしくなった。
思ったことが伝わってなければいいけど。
そう思いながら箸を伸ばすと、口元に卵焼きが伸ばされた。

「あーんはァ?」
「えっ。」
「全然食ってねェだろ。ほら、あーん。」

私は断ることが出来ずそれを口に含んだ。
すると靖友くんはとても嬉しそうに笑ってくれる。

「何考えてっか知らねェけど、何にも心配すんなよ。どこにも行かねェし、離すつもりもねェから。」
「うんっ。」

靖友くんがこういうことを言うのが苦手なのは知っている。
だけど私が不安な時は必ず口にしてくれる。
その優しさが今の私に染み渡って、不安何かどこかへ行ってしまった。
食事の片づけが終わると、もうそろそろ出ないといけない時間になってしまう。
私は靖友くんにぎゅっと抱き着いた。

「初詣、一緒に行こうね。美味しいものも一緒に食べよう。それと、お守りも買って……。」
「心配すんな。してェことは全部してやる。だから安心して行ってこい。」
「うん……。行ってきます、良いお年を。」
「ん、良いお年をォ。」

静かに重なる唇は離れがたくて中々終えることが出来ない。
それは靖友くんも同じようで、何度も啄むように繰り返した。
寂しくて泣きそうなのをぐっとこらえて、なんとか笑って見せる。

「じゃぁね。大好きだよ。」
「おう。」

ひらひらと手を振ってくれる靖友くんに見送られて、私は部屋を出た。





実家に帰るとお母さんがお節を作ってくれていて、私もそれを手伝った。
今年は全然帰れなかったのもあって、いろんな話をした。

「本当に一泊だけなの?」
「うん、ごめんね。箱根に旅行に行くんだ。」
「そう……お父さん寂しがるわね。」
「旅行が終わったらお土産持って顔出すよ。」

話の流れから察したのか、初詣に行く相手も旅行の相手も聞かれなかった。
まだ説明するのは恥ずかしいので、私は胸をなでおろした。
お父さんは最近飼い始めたというハムスターに夢中で、私にもその子の話をたくさんしてくれた。

「ヒマワリの種が好きでな。でもあまりやると母さんに怒られるんだ……。」
「まぁ、好きだからって体悪くするようなことはしちゃダメだからね。」
「でもな、食べるところが本当に可愛いんだ。」
「うんうん。」

昔からお父さんはいつもこうだ。
動物が大好きで、誰よりも甘い。
おやつをあげすぎてお母さんに怒られるなんてのもしょっちゅうで、隠れてあげた時なんて晩酌禁止にまでされていた。
トモくんが寝込むようになって以来のその姿に私は嬉しくなった。
あれからちゃんと、みんな時を刻んでいる。
その日はいろんな話をした。
海外にいるお兄ちゃんとテレビ電話をしたこともあり、懐かしい話もたくさん出た。
あと10分で、今年が終わってしまう。
そう思うといても経ってもいられなくて、私は靖友くんに電話をかけた。
数コールで繋がったそれは私の不安をかき消してくれる。

「靖友くん?ごめんね、どうしても声聞きたくて。」
「ん、いいよォ。俺も電話しようか迷ってた。」

今日あったことを色々話して、お父さんのハムスターの話では靖友くんもケラケラと楽しそうに笑ってくれた。
電話でだけど、一緒にカウントダウンもした。

「あけまして、おめでとう。」
「オメデトォ。」
「今年もよろしくね。」
「おう、よろしく。」

それから少しだけ話をして、明日の予定だけ確認する。
”来年は一緒に年越ししようね”と言うと、”もう今年だけどな”という言葉とクツクツという笑い声が聞こえてくる。
そういえばそうだったと思いなおして、私は言いなおした。

「今年も、来年も、一緒にしよう。」
「おう。」

少し嬉しそうなその返事は私の心を暖めるのには十分だ。
おやすみという挨拶を交わして、私は電話を切った。
あと半日もしないうちに会えるんだ。
私は楽しみで中々寝付けなかった。




翌日起きると、リビングに着物が広げられていた。
どうしたのかと聞けば、私のためだという。

「初詣、せっかくだから着て行きなさいな。」
「え、いいよ。こっち帰ってこないし、少し遠いから。」
「脱いだら畳んでおけばすぐに痛んだりしないわよ。宅配で送ってくれたらいいわ。」
「でも……。」

私は知っていた。
その着物はお母さんがとても大事にしていたものだ。
着物が趣味だったお母さんが他のものは処分したのに大事にとって置いている一枚だった。

「これね、お父さんと初詣の時に着て行った物なの。流行りの柄ではないけど、お正月にはいい柄よ。」

お母さんはわかっていたのだ。
私が今日会う相手のことを。
そしてそれはお父さんにも伝えられたらしく、小さな封筒を差し出された。

「お年玉、という年でもないだろうが。楽しんできなさい。」

"新札じゃなくてすまんな"と言う辺り、やはり準備されていたものではないのだろう。
二人の想いを無下にすることなんて出来なくて、私は着物を着ることにした。
少し遅れると靖友くんに伝えると、あちらも少し遅れそうだと返ってきた。
添付されていた画像にはアキチャンと靖友くんが写っている。
それに癒されながらも、私は支度を始めた。


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