25



幸せな時間は、あっという間に過ぎてしまう。
クリスマスが終わると一気に年末と言った感じで、駆け込みの仕事が山ほど増えてしまった。
朝から夜まで職場に缶詰状態で、終電で帰れない日もあった。
おかげで靖友くんとろくに話せていないのがとても寂しい。
左手のリングが目に入る度に、靖友くんに会いたくてたまらなくなる。
仕事を頑張った分、残業代もたくさん入るはずだ。
だから年末年始は少し贅沢をしてしまおうか。
そんな風に、出来るだけ先のことだけを考えて過ごした。
やっと明日から休み、と思っていたにも関わらず今日も終電には乗れないらしい。
ここの所近場のビジネスホテルは満室だし、最終日とあって会社に泊まることもできない。
一緒に仕事をしていた人たちはそのまま飲みに行くらしい。
帰れないからと言って飲みに行くのは気が引けて、私は途方に暮れていた。
タクシーを呼ぼうと電話すると、混み合っていてすぐにはこれないらしい。
歩いて帰れない距離ではないけど、心細い。
ふと浮かんだ顔をかき消すように頭を振った。
何度降っても消えることのないその顔に私はため息をつく。
一度だけ、そう決めてかけた電話は1コールでつながってしまった。

「雛美?」

愛しいその声に、心が温かくなる。
クリスマスから”雛美チャン”と呼ばれなくなって、慣れない呼ばれ方に少し気恥ずかしさが残る。

「あ、あの。ごめんね、仕事終わって声聞きたくなって……。」
「謝ることねェだろ。今どこにいンのォ?」
「うん?会社の前だよ。」
「……帰れねェの?」

なんて鋭いんだろう。
どうにか誤魔化そうと試みたが、それはあっさり打ち砕かれた。

「電車もねェ、ホテルもねェ、この時期じゃタクシーもねェだろ。」
「うん……。」
「すぐ行くから、コンビニで待ってろ。」
「え、あっ。」

プツリと切られた電話からは、プープーという無機質な音が流れている。
少しだけ声を聞いて元気をもらうだけのつもりがとんでもないことになってしまった。
何度かけなおしても出ないところを見ると、すでに自転車に乗っているんだろう。
私は大人しくコンビニで待つことにした。




既にここ数日で顔見知りとなってしまった店員さんと話をしていると、後ろから不機嫌そうな声が聞こえてきた。

「おい。」

振り返ると息を切らした靖友くんがいて、店員さんを睨みつけるように見ている。
店員さんはにこにこと笑ったままだったけど、嫌な空気に私は割って入った。

「靖友くん!違うから、多分勘違いしてる!」
「何だよ。」
「店員さん女性だから!」
「……ハァ?」

ショートカットと言えない程短い短髪に、ノーメイクの顔、そして少しハスキーな声。
パッと見は男性にも見えるが、ここの店員さんは女性だ。
靖友くんはいぶかしげに私と店員さんを見比べている。

「ども。この人が言ってた彼氏さん?」
「あ、うん。」
「こんな時間に迎えに来てくれるなんて優しいよね。気を付けて帰りなよ。」

そう言ってポケットから何かを出して、私に握らせた。
手を開くとそこにはチロルチョコが二つ並んでいる。

「え、これは?」
「あげる。歩いて帰るんでしょ?寒いからエネルギー代わりにでもしてよ。」
「いいの?ありがとう。今度何かお礼するね。」
「気にしないで。それよりまた来てくれるほうがいいな。」

”ご贔屓に”なつっこい笑顔で見送られて、私たちは店を出た。
さっきから黙ったままの靖友くんにチョコを一つ渡して、私は自分の分を口に入れた。

「ねぇ、靖友くん。」
「ンだよ。」
「やきもち?」
「ッセ!」

そっぽを向いてしまった靖友くんの手を繋いで、息を吐きかける。

「きてくれてありがと。」
「ん。」
「好きだよ。」
「ん。」
「他なんて見えないから。」

不機嫌そうな顔の口元が、ふにふにと動く。
それがとても可愛くて笑えば、そっと頭を引き寄せられた。

「ったりめーだろ、バァカ。」

それを当たり前だと言ってもらえることが私は嬉しかった。
靖友くんと手を繋いで歩き出す。
家が少し遠くて良かったなんて言ったら、靖友くんは怒るだろうか。
たった数日が、すごく長かったように思う。
一緒に過ごせるこの時間が私は愛しくてたまらなかった。




歩きながら色々な話をした。
クリスマスのこと、会えなかった日のこと。
そしてこれからのこと。
大晦日は実家で過ごすので、元旦に会うことになった。
そのまま一日靖友くんと過ごして、翌日箱根に向かうという。

「どうして箱根なの?温泉?」
「アー、箱根は俺の母校があんだよ。」

初めて聞く靖友くんの昔の話はとても新鮮で楽しかった。
知らない名前がたくさん出てきて、私の頭の中はぐちゃぐちゃになってしまったけど。

「それで、東堂くんのうさぎはどうなったの?」
「うさぎは新開な。実家で飼ってるらしいぜ。」

そんな私を見て靖友くんはクスリと笑った。

「ま、会えばわかんだろ。」

意味が分からず首をかしげると、今回の箱根旅行の全貌を聞かされることになった。
どうやら元々、自転車部の同窓会らしきものを年始にする予定だったそうだ。
それに私を連れて行くつもりで宿を取ったのだという。
男の子たちの中に一人でいるなんて恐れ多くて断ろうとすると、靖友くんは舌をちろりと出した。

「もう予約しちまったもんは仕方ねェだろ。」

そう言われては断るわけにもいかず、私はしぶしぶ了承した。
知らない人ばかりの場所で、私はちゃんとできるだろうか。
不安で少し胃が痛んだ。
それでも楽しそうにする靖友くんに水を差すことは出来なくて、私は頑張るしかないのだ。
大丈夫、一日だけだから。
おまじないのようにそう唱えた。


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