25




幸せだったクリスマスはあっという間に終わり、またいつもの日常に戻る。
冬休みに入っているおかげで講義はないが、部活があるので普段と大差はない。
寒さのおかげか練習時間が短めなことくらいだろうか。
雛美は毎日仕事が忙しいようで、あまり連絡を取れていなかった。
日付をまたいでもまだ会社にいることがあり、俺からは頻繁に連絡しないようにしていた。
そのせいか、部活仲間からは”別れたのか”なんて言われて少しうんざりした。
会いたいと思えば思うほど、雛美の負担になりそうで口には出来なかった。
何もしてやれない自分が恨めしい。
今日は仕事収めだと言っていたはずなのに、またしても日付を変わっても連絡がこないところを見ると残業だろうか。
それとも、疲れてもう寝てしまっただろうか。
どちらにせよ自分から連絡をするのを躊躇って、しばらくスマホを手に悩んでいた。
すると、愛しいその名前がディスプレイに表示されてスマホが震える。
俺は考えるより先に電話に出ていた。

「雛美?」

クリスマス以降、俺は”雛美チャン”と呼ぶのをやめた。
気に入った相手を”チャン”付けで呼んでいたが、それを彼女にするのは上から目線な気がしたからだ。
雛美とは対等で居たい。
ただ慣れないその呼び方にはまだ多少詰まることもあった。

「あ、あの。ごめんね、仕事終わって声聞きたくなって……。」
「謝ることねェだろ。今どこにいンのォ?」
「うん?会社の前だよ。」
「……帰れねェの?」

外にいるのに電話してくることなんて今までなかった。
いつもは帰るまではメッセくらいで、落ち着いて話せない場所ではまずかけてこない。
そんな雛美が外から電話してきたというのだから、大体の察しが付く。
迎えに行くと言えば頑なに拒む雛美を説得しながら俺はコートを羽織った。

「電車もねェ、ホテルもねェ、この時期じゃタクシーもねェだろ。」
「うん……。」
「すぐ行くから、コンビニで待ってろ。」
「え、あっ。」

駄々をこねそうな雛美との電話を一方的に切り、ビアンキに手をかける。
どれくらいかかるだろうか。
俺は全力でペダルを回した。




雛美の会社前のコンビニにつくと、思ったより早くつけたことにホッとする。
だがガラス越しに見えた雛美は楽しそうに男と話していて、少し頭にきた。
俺のなんだけど。

「おい。」

男を睨みながら雛美を軽く引き寄せた。
笑ったままの男は食えない感じがして余計頭に血が上る。
そんな俺を抑えるように見上げた雛美は眉を下げて困った顔をしていた。

「靖友くん!違うから、多分勘違いしてる!」
「何だよ。」
「店員さん女性だから!」
「……ハァ?」

言われて見直してみても、中性的な男に見えた。
短すぎる髪に化粧っ気のない顔、男にしては少し身長が低いという印象だ。
ジロジロとみられても表情一つ変えないあたり、こういう対応には慣れているのかもしれない。
雛美は相変わらず困った顔をして俺を見上げていて、何とも言えなくなってしまった。

「ども。この人が言ってた彼氏さん?」
「あ、うん。」
「こんな時間に迎えに来てくれるなんて優しいよね。気を付けて帰りなよ。」

声は少しハスキーだが、女性っぽく聞こえなくはない。
いつまでも疑っていても仕方がない。
今回は雛美の顔に免じて何もなかったことにする。
するとそいつは雛美の手を取ると何かを手渡した。
雛美が手を開くと、小さなチョコが二つ鎮座していた。

「え、これは?」
「あげる。歩いて帰るんでしょ?寒いからエネルギー代わりにでもしてよ。」
「いいの?ありがとう。今度何かお礼するね。」
「気にしないで。それよりまた来てくれるほうがいいな。」

”ご贔屓に”そう言ってひらひら手を振る姿は少し東堂とダブって見えた。
それもあって早くそこを離れたくて、俺は足早に店を後にした。




店を出ると、雛美は先ほどのチョコを一つ俺の手に置いた。
そしてもう一つへ口へ放り込むと、意地悪そうな顔で俺を見上げてきた。

「ねぇ、靖友くん。」
「ンだよ。」
「やきもち?」
「ッセ!」

自分がガキっぽいのがバレたようで、顔に熱が集まる。
クソ、情けねぇ。
余裕がない自分が恥ずかしい。
顔を背けた俺の手を、雛美は自分の手で包み込むとはぁーっと息を吐きかけて温めてくれた。

「きてくれてありがと。」
「ん。」
「好きだよ。」
「ん。」
「他なんて見えないから。」

知っていたつもりだった。
わかっていたつもりだった。
だけどそれは”つもり”でしかなかったことに気づく。
改めて口にされたその言葉は、俺の顔を緩ませるには十分すぎた。
それがバレないように、雛美の頭を自分の腕の中へと引き寄せた。

「ったりめーだろ、バァカ。」

誰にも渡す気なんてねェ。
それがたとえ雛美にとってマイナスであっても、手放せる気なんてしなかった。
雛美の手を取るとその暖かさを奪ってしまうんじゃないかと思った。
それでも雛美は離してくれる気はないらしい。
大人しく一緒に手を繋いで歩くと、街がいつもと違って見える。
2人で歩く景色は、こんなにも鮮やかだ。
いつか一緒にロードに、なんて思ってしまう。
一緒なら、どこまでも行ける気がする。
でも今はただ、この満たされた時間が少しでも長く続きますように。





歩きながら色んな話をした。
それは最近の出来事だったり、これから先の出来事だったりした。
”未来”の話が出来るのがこんなに楽しいとは思わなかった。
大晦日は実家に帰るという雛美とは、初詣に行く約束をした。
そのまま一緒に過ごして、翌日箱根へ行こうと提案する。

「どうして箱根なの?温泉?」
「アー、箱根は俺の母校があんだよ。」

そういえば言ってなかったと思い、高校時代の話をした。
ロードのこと、福チャンや新開のこと、そしてインハイのこと。
その度に色々な表情をする雛美は見ていてとても楽しい。
ただ出てきた人数が多すぎて、名前は混ざってしまったようだった。

「それで、東堂くんのうさぎはどうなったの?」
「うさぎは新開な。実家で飼ってるらしいぜ。」

”あれ?じゃぁ福富くんは……?”と首をかしげる雛美がおかしくてつい笑ってしまう。

「ま、会えばわかんだろ。」

今回の箱根旅行はチャリ部同窓会のついでだと言うと、雛美は急に無口になってしまった。
先ほどまであれこれと楽しそうに聞き返していたはずなのに、どうしたのかと思えば気が引けると言う。
そんなこと今更言われてもな。
言わなかったのは俺だけど。
からかうように俺は舌をちろりと出した。

「もう予約しちまったもんは仕方ねェだろ。」

快く、とまでは行かないけど雛美は了承してくれた。
会わせたいやつがたくさんいるんだ。
雛美も、昔の仲間も俺にとっては掛け替えのない存在だから。
俺は箱根旅行が楽しみで仕方がなかった。


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