24



数日後。クリスマスに備えて、部屋を掃除した。
見られて困るようなものは置いてないつもりだが、物が散らかっているのは否めない。
ゴミなどはきちんと捨てるようにはしているものの、あちこちに物を置きっぱなしにしている。
一つ一つ物を仕分けながら片付けていくと、手狭に感じていた部屋が意外と広かったというのを思い出す。
一通り片付けた後に残ったのは大量の洗濯物と置き場のない自転車整備用品だ。
自転車用品は適当な段ボールにひとまとめにしてクローゼットに押し込んだ。
洗濯は……雛美が来るまでになんとかするしかない。
洗濯物をビニールに押し込んで、コインランドリーに向かった。
コインランドリーに詰め込むと、量が多かったせいか2時間近くかかりそうだった。
ここで待っていても構わないが、時間がもったいなくてスマホを確認する。
指輪を選んだ日からは4日経っている。
リングが出来ていて良い頃だ。
俺はそのままジュエリーショップへ向かった。



無事出来ていたリングを改めて見ると刻んだ文字が何だか気恥ずかしい。
それでもきっと雛美は喜ぶだろうと思い、ポケットに突っ込んだ。
帰ってもまだ洗濯は終わってないだろう。
ニヤける顔を抑えるためにも、少し遠回りして帰ることにした。




そうしてクリスマス当日。
イヴは雛美も忙しかったらしく電話も出来ずに終わってしまった。
それでも今日と言う楽しみがあったからこそ1日を乗り切ることが出来た。
部活は吐きそうなほどハードでキツかったけど、それすらどうでもいい。
部活が終わってすぐに、雛美に電話を掛けた。

「靖友くん?お疲れ様。」
「ん、あんがとねェ。今アパートォ?」
「うん、上がらせてもらってるよ。もうすぐ帰ってくる?」
「ん。何か足りないモンあったら買ってくけど。」
「うーん……あ、飲む物がベプシしかない。1.5Lだけど。」
「そんだけあったら十分だろ。」

嬉しそうな声が電話口に響いて、耳から癒されていくようだ。
疲れ何て吹き飛んでしまう。

「じゃぁ、待ってるね。気を付けて帰ってきてね。」
「おう。」

電話を切り、時間を確認する。
家までは飛ばせば10分かからない。
俺は先輩方に軽く挨拶をして部室を飛び出した。




アパートの前についたはいいが、どう入ろうか少し悩んだ。
そのまま開けようか、インターホンを押すべきか。
自分の部屋でそれはなんだかおかしい気がして、とりあえずドアを軽くノックした。
パタパタと駆けるような音がして、カチャリとドアがゆっくりと開く。

「おかえりなさい!」
「ただいまァ。」

そろりと覗いた雛美は俺を見てにっこり笑う。
自分の家に帰って”おかえり”と言われることがこんなに嬉しいとは思わなかった。
いつも見ているはずのエプロン姿が、自分の部屋だというだけで妙にそそる。
部屋からは何とも言えない良い匂いが漂ってきて、腹が鳴った。
少し頬を染めながら俯く雛美のおでこに軽くキスして、先にシャワーを浴びた。




手早く済ませて出ると、冷蔵庫の前で雛美がうろうろと歩き回っている。

「どうした?」
「あ、ケーキをね。いつ出そうかと思って。」

そう言いながら開けた冷蔵庫には、ケーキの箱らしきものが見える。
ちらりとテーブルに目をやると、所狭しと料理が並んでいた。

「置くとこねェし、食ってからにしようぜ。」

旨そうな匂いに我慢できずに、雛美の手を引いて座った。
ベプシをついでもらったグラスを受け取り、軽くくっつける。

「「メリークリスマス!」」

クリスマス用に、と張り切って作ってくれた料理はどれも旨い。
仕事が終わった後にこんなに頑張ってくれたのかと思うと俺の手は止まらない。
”私のも食べていいよ”なんて言いながら隣でニコニコしてる雛美はとても機嫌がいい。
それにつられて、俺のテンションも上がる。
ふにゃり、と笑ったかと思えば雛美は嬉しそうにこう言った。

「好きだよ。」
「俺もォ。」

堪らなくなり重ねた唇は、一度で終わらず深みを増していく。
指通りのいい髪を撫でながら、数回に分けて長いキスをする。
そういえば。
渡すものがあるんだったと思い雛美から離れようとすると物欲しそうに追いかけてきた。
それにそそられながらも、親指で軽く唇を抑える。

「俺からのプレゼント。」

先日受け取ってきたリングの入ったケースを雛美に差し出した。
おずおずと遠慮がちにそれを開いた雛美の目がパッと輝く。
小さい方のリングを手に取って中をまじまじと見たかと思えば、見る見る顔が赤くなった。
それにつられるように、俺の顔にも熱が集まる。

「これって……。」
「気に入ったァ?」
「もちろん!ほんとに、ありがとう。」

”愛をこめて”と言う意味で刻んでもらった英文はきちんと伝わったらしい。
小さい石はダイヤだと伝えると、そこばかり眺めている。
今度はもっとちゃんとしたのやっから。
そう思いつつ雛美からリングを受け取り、左薬指に通した。
細身のリングは雛美の手にすごく合っていて、広告みたいだと思う。
暫く自分の左手を眺めていた雛美が、ふともう1つのリングの方に目を向けた。
俺は文字を読まれるのが気恥ずかしくてそれを慌てて取り上げる。

「え、見せて!」
「ダァメ。これ俺んだからァ。」
「ヤダ。私がつけてあげたいもん!」
「そういうのいいからァ。」

雛美じゃ届かないよう俺の後ろに仕舞おうとすると、雛美が抱き着いてきた。
そのまま首筋に歯を立てられ、ゾクゾクさせられる。
それをふさごうと手を伸ばすと、持っていたはずのケースを落としてしまった。
俺より早くそれに気づいた雛美は手早くケースからリングを出してしまう。

「My Only Love?」

自分で刻んだくせに、口にされると恥ずかしくてたまらない。
雛美の顔を見ることが出来ずに手で覆うと、隙間から嬉しそうな顔が覗いてきやがる。
睨みつけたつもりが、雛美はにこにこと笑うばかりだ。

「靖友くん。」
「んだよ。」
「……愛してるよ。」

間をおいて発せられた言葉に耳を疑う。
雛美を見れば真っ赤になっていて、それが聞き間違いではないことを示していた。
伏せられた顔をそっと持ち上げると、潤んだ瞳が俺を見上げる。

「俺にも言わせろよ。」

嬉しそうにふにゃりと緩む顔が、何ともいえない。
純粋なその瞳につい口ごもる。

「アー……その、愛してる。」

呟くように小さく告げて、すぐに目を逸らした。
言っている間だけでも目を合わせていた自分は頑張ったと思う。
自分の情けなさにため息が出そうになりながらも、何とか飲み込んだ。
雛美は俺の左手を取ると、そっとリングを通してくれた。
重ねられた左手を握り手に力を込める。

「ペアリング、ありがとう。」
「おう。」

嬉しそうなその顔に、プレゼントしてよかったと思う。
前の自分じゃ考えられないような恥ずかしいこともたくさんしたが、この笑顔のためなら何でもできる。
いつかもっと驚くようなプレゼントがしてぇな。
そう思っていると、雛美が見慣れない箱を差し出した。
綺麗にラッピングされたそれを俺の手にそっと乗せる。

「これ、私から。ペアリングほど良いものじゃないんだけど……。」
「そういうこと言うんじゃねェよ。雛美チャンからならなんだって嬉しいに決まってンだろォ?」

自分を卑下するのは雛美の悪い癖だと思う。
でもそんなところも愛しいと感じる自分は、すでに深みにはまっているんだろう。
そっとリボンを解き包みを開けると、黒いキーケースが入っていた。
チラリと覗くチェレステにそっくりなその色が、俺のテンションを上げていく。
嬉しさと感動をどう伝えていいかわからずに停止してしまった俺に、雛美は自分用の包みを開けた。

「これ、キーケースでね。実はお揃いで……。」
「……ねェ。」
「え?ごめん、なんて?」
「あんがとねェ!すっげぇ嬉しいよォ!」

雛美が持っているものは俺のものより少し小さいが、同じ色合いで可愛いデザインになっている。
ただでさえ嬉しいプレゼントがお揃いだなんて、何て言っていいのかわからない。
ただ嬉しくてたまらない。
これを選んでくれた雛美が心底好きだ。
堪えきれず雛美に抱き着くと、勢いのまま押し倒してしまった。
悪いことをした、と思いつつも顔は緩みが止まらない。

「中がね、靖友くんの自転車みたいでいいなぁって思って。」
「ウン。」
「気に入ってもらえた?」
「すげー気に入ったァ。」

手に吸い付くようなレザーの触り心地はとてもいい。
開閉もしやすいし、鍵もいくつかつけられる。
アパートの鍵だろォ、部室のロッカーと……。
そんなことを考えると楽しくてたまらない。
隣で雛美がキーケースに鍵を付け始めて、俺も鍵を取り出した。

「お揃いが二つになったね。」

”お揃いなんて恥ずかしい”なんて思ってた昔の自分がバカだと思う。
こんなに喜んでくれんならいくらでもお揃いにしてやんよ。
雛美の頭を撫でると、嬉しそうに目を細めた。
暫くお互いのプレゼントを眺めてから、あらかた食べてしまった食器を下げてケーキを食べ始めた。
ちまちまとケーキを崩さないように食べる姿が小動物のようで、微笑ましい。
それとは対照的に大き目にフォークに乗せたケーキを口に運んだ。
すると雛美がクスリと笑って俺の口の端についた生クリームを指で拭う。
なんだかそれが妙に恥ずかしくて、雛美の口に大き目のケーキを突っ込んだ。

「こうすれば雛美チャンもつくよォ。」
「ちょ、まって!無理、あ……。」

”無理”と言いながらも律儀に口を開ける。
小さな口からはケーキが溢れていて、口の端は生クリームでいっぱいになっていた。
それを舐めとってやると身を捩って逃げようとしたので、両手を掴んで引き寄せた。
ただでさえ甘いはずのケーキは、雛美の匂いと合わさってさらに甘ったるい香りに変わる。
その香りを”甘い”と言えば”ケーキだから”なんて見当違いな答えが返ってきてつい笑ってしまう。
甘いのはケーキじゃなくて雛美のことだっての。
あらかた生クリームを舐めとり、そのままキスした。
強請るように首に伸びてきた手は、俺をぐっと引き寄せた。
角度を変えるたびに深みを増すそのキスはまるで麻薬のようだと思う。
”ずっと一緒に居られたら”なんてガキっぽいことが頭をよぎる。
そんなことを口にすることは出来なくて、俺はただ目の前の雛美を抱きしめた。
いつか。
そんな時が早く訪れればいいのにと柄にもなく願った。


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