02


「優ぅぅぅぅ衣ぃぃぃぃ!」

4階に上がってすぐ、優衣を見つけることが出来た。
どうやら待ち合わせ時間になっても現れない私を心配していたらしい。

「雛美!やっときたー。迷子になってんじゃないかと思って心配してたのよー。」
「ごめんなさいその通りでした本当にすいません…」

抱き合う私たち、気づけば掴まれていたはずの手が自由になっていた。
あれ、と振り返ると、荒北さんは来た道を戻っていくところだった。

「あ、荒北さん!」
「なンだよ、迷子チャン。」
「ありがとうございました!何かお礼させて下さい!!」
「礼なんていらねェーヨ。じゃーなぁー」
「ま、まってくだ」

そういって行ってしまう荒北さんを慌てて追いかけた。
そしてまた転んだ。もうこのサンダル履かない…。
優衣は何だかニヤニヤしてこっち見てるし。もうほんとヤダ…。

「…プッ。迷子チャーン。何回転んだら気ィ済むんだヨ」
「…何度もすみません…」
「礼とかマジいーから。つか、足大丈夫ゥ?」
「大丈夫、です。本当に、何か…何でもするので!出来ることなら何でも!」
「んじゃベプシ一本おごってヨ。歩いて喉乾いたしィ?」
「そんなんじゃ全然足りないですから!何かもっとこう…ない…ですか?」

助けてもらって、案内までしてもらって。
ベプシ一本で済ませられるような恩じゃない。
何も出来ない自分にちょっと涙が出そうになった。

「んじゃー、なンかして欲しくなったら連絡すっからさァ。迷子チャンの連絡先教えてヨ」
「は、はい!」

アドレスを交換すると、荒北さんはんじゃーねぇと行ってしまった。
私は見逃さない、荒北さんのスマホ『迷子チャン』で登録してたこと…。



そのあと今日あった一部始終を優衣に説明してひとしきり笑われた。
お腹を抱えて笑う優衣に、誰のせいだと思いつつベプシをおごらせた。

「てか、2つ目って言ったのが4つ目に行ってるとか。雛美ってどんだけ方向音痴よ」
「2つ目だったよ!…たぶん…。」

来た道をたどりながら歩くと、私が迷子になった理由がわかった。
1つ目の道はブースで消えていた。3つ目の道は私の見落としだったのだけども。

「でもよかったねぇ。4つ目の道って言ったら、全然人来ないとこだからさ。
荒北さんだっけ?来てくれてよかったね。」
「うん。でもさー、荒北さん見た目怖くてさ…一瞬もうダメだと思っちゃって…」
「うっわー、雛美失礼すぎるー」

そういいながらも優衣は「あの見た目だもんね」なんて付け足していた。
優衣だって十分失礼だよ、と思ったのは黙っておいた。
そのあとも色々見て回ったが、特にこれという出会いもなく。
せっかく新調したワンピースが無駄になったね、とかサンダルはむしろマイナスだった、とかいろいろ話した。
いい気分転換にはなったが、優衣は不服そうだった。




優衣と別れて、時計を見た。
時刻は17時。家に帰るには少し早いけど、ご飯を食べる時間でもない。
どうしようかと思っていると、電話が鳴った。
ディスプレイには、荒北靖友の文字が。

『も、もしもし?』
『あ、迷子チャーン?俺だけどォ。今大丈夫ゥ?』
『はい、大丈夫ですよ。どうかされたんですか?』
『ベプシ、おごってもらうの忘れたなーと思ってェ。今どこにいんのォ?』
『あっ…すみません。今は大学出てすぐくらいです。荒北さんはお近くにいますか?』
『んじゃそっち行くからァ、ちょっと待っててヨ』
『わかりました、ベプシ買っておきますね』
『アー、いいヨいいヨ。そっち行ってからにしヨ』
『…?わかりました、門出て左側にいるので』

そういうと、電話を切る。
荒北さんはやっぱり私を迷子チャンって呼ぶんだなと思い、少し肩を落とす。
もしかしたら、私の名前忘れてるんじゃないだろうか。
こっちにつくまでの時間を聞けば良かったな、とか、サンダルやっぱり歩きにくかったなとか考えていたら、思っていたよりすぐに荒北さんはきた。
サンダルを見ていたせいで、呼ばれるまで全然気づかなかった。

「迷子チャン。」
「あ、荒北さん。」
「ベプシ買いにいこーぜェ」
「はい!ていうか、お礼がベプシだけじゃ…」
「またそれェ?迷子チャンもしつけーなぁ。」
「私にできることなら何でもするので!何かないですか…?」
「…マジで何でもいーのォ?」
「私にできる範囲なら…」
「じゃぁ今日これから付き合ってヨ」
「これからって…もう夕方ですけど。」
「なンかあんのォ?」
「いえ、何も…。私でよければどこまでもお供します。」

お供って犬かよ、と笑いながら、荒北さんは歩き出した。
少しゆっくりと、歩調を合わせてくれている。
話しをしていると、荒北さんは1歳年下だとわかった。

「迷子チャン、年上どころか中学生ぐれーにしか見えねーんだけどォ」
「ちょ、さすがにそれはないですから!どこ見てるんですか!」
「…雰囲気?てかあれだネ。いつまでも敬語じゃなくていーんじゃナァイ?」
「あ、荒北くん…?」
「オゥ。」
「雰囲気が中学生って…私どれだけガキっぽく見えてたの…。」
「中学生は冗談だヨ。けどォ、年上には見えなかったナ。…一部を除いてェ」

荒北くんはそういうと、ワンピースに目を落とす。
私もつられて自分の服を見る。けど何も変なところはないはず。
雑踏で最後の一言は掻き消えたけど、服装が子どもっぽいってこと?
荒北くんを見上げたら、何だか少し赤いような…?
ぐるぐる考えていると、ついたヨと行って荒北くんは一軒のお店に入った。

「ちょっと早ェけど、メシ食おうぜ」




そこは定食屋さんで、魚の焼ける良い匂いがする。
ちょっと古いけど、昔からある近所の定食屋さんって感じがとってもいい。
メニューも豊富でリーズナブル。
良い匂いがするし魚にしようか、でもお肉も捨てがたい…。

「迷子チャン決まったァ?」
「ううん、まだ…。」
「何で悩んでんのォ?」
「カラアゲ定食と、サバ味噌定食。どっちも美味しそう〜」
「カラアゲなら俺の1個やんヨ。だからサバ味噌にしとけばァ?」
「えっ、いいの?」
「いいヨ。」
「じゃぁお言葉に甘えて…」

迷子チャンはサバ味噌な、と言って荒北くんは注文してくれた。
”迷子チャン”と呼ばれていることに慣れてきてしまっている自分が怖い。
何気ない話をしていると、思っていたより早く定食が来た。
なんとも言えない、美味しそうな匂いを堪能していると、ご飯の上にカラアゲがぽいっと無造作に置かれる。

「それ、迷子チャンのナ。」
「ありがとう。 荒北くんもサバ味噌食べる?」
「オゥ。アンガトネェ」

何かこうして分けっこしてると、女子みたいだななんて思いつつ。
荒北くんを見ると、目があった。
何だか気まずくて、あわててご飯に視線を戻した。


お店を出ると、もう暗くなってきていた。
定食代も奢らせてもらえず、むしろ奢られてしまった。
結局何もお礼出来てないなぁなんて考えていたら、荒北くんがこっちだヨって言って歩き出した。
どこ行くのって聞いても答えてくれない。
何だろうと思っていると、また下を向いて歩いていたらしく、荒北くんにぶつかった。

「あ、ごめ…」
「いいヨ。てか迷子チャン、明日休みィ?」
「…? うん、明日は休みだよー。優衣ともっと遊ぶと思ってて有休とってたの。優衣は彼氏の所行っちゃったけどね。」
「じゃぁ大丈夫だネ」
「何が?」
「俺んち。」

指さす方には、単身者向けのアパート。
ベプシ買ってないよ、と訳の分からない言い訳をしてみたけど、役には立たない。
いいからこいヨ、と引っ張られて、私はお邪魔することになった。


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