22





エントランスを通って、エレベーターに乗っても互いに言葉を発しなかった。
それでも家に入るというのに何も言わないのは気が引けて、控え目に”ただいまァ”と言うとパッと雛美が振り返った。
その顔は嬉しそうで、言ってよかったと安心した。

「おかえりなさい。」
「ん。雛美チャンもおかえりィ」
「うん、ただいま。」

にっこりと笑う雛美は思い出したようにパタパタと駆けていくと、いつものようにバスタオルを敷いてくれた。
もうこのタオルはビアンキ専用なんじゃないかとすら思う。
ビアンキを立て掛けるように置くと、雛美が何かを思いついたように話し始めた。

「ねぇ、靖友くんの部屋にあるやつうちにも置こうか。」
「ア?何のことォ?」
「ほら、自転車いつも立てかけてるでしょ?でも靖友くんの部屋はこう……自立してるっていうか。」

身振り手振りで説明してくれるその姿が可愛くて頬が緩む。
でも一向にその名前が出てこず苦悶している姿には、思わずプッと吹き出してしまった。

「”スタンド”な。別に今のままでもいいんじゃナァイ?」
「うーん、でも毎週うちにくるし。あっても困らないでしょ?」
「そうだけどォ。」
「私が買うから。ね、いいでしょ?」
「雛美ちゃんのじゃねェのにいいって。買うなら俺が出すし。」

何度断っても諦めない雛美を、腕の中に引きこんだ。
スタンドなんて買ったって、どうせいつかはいらなくなる。
自転車にスタンドなんて何本もいらない。
いつか一緒に暮らせたら、なんて考えてるのは俺だけだろうか。
少し寂しく思いながらも、その前に重要なイベントがあることを思い出す。
悲しませるのはわかっていても、今言わなければもう言えない気がした。
ふと雛美に目を落とすと、きょとんとした目でこちらを見ていた。
それについ、頬が緩む。

「んなことで意地になんなくていいからァ。それより今は……。」
「今は?」

”クリスマス”という単語を口にするのを躊躇った。
どうにかそれに準ずる言葉で誤魔化そうとしたのは後ろめたいからだ。
俺は雛美を膝の上に座りなおさせて、小さく息を吐いた。

「悪ィ、イヴも当日も部活あんだ。」
「……それで?」
「だから会えねェからァ……その、悪ィ。」

怒るでもなく、なじるでもないその表情がつかめずにいると、雛美はクスクスと笑い始めた。
何がそんなにおかしいんだ。
一緒に過ごせないのが嫌なのは自分だけなのかと、ついガキみたいなことを思ってしまう。

「何だよ、会いたいの俺だけかよ。」
「違うよ。私だって会いたい。だけど仕方ないことで落ち込むより、もっと楽しもうよ。」
「楽しむって?」
「クリスマス前だってイルミネーション見ることは出来るし、クリスマス終わってからケーキとか食べたっていいじゃない?別にその日しかダメなわけじゃないよ。」

当日は仕事だし、そう言いながらも楽しそうに提案する雛美に驚いた。
付き合って初めてのクリスマスだ。
もっと我儘になってもいいはずなのに、雛美はそうしない。
ただ事実を受け止めて、そのうえで楽しもうとしてくれている。
そのことに申し訳なさを感じつつも、にこにこと話す雛美が愛しくてたまらない。
自分のせいで、そう言いかけた言葉を飲み込んだ。
当日の日程を聞かれて答えると、雛美はきょとんとした。
部活で疲れたあとだからこれない、というのが不満なのだろうかと思ったがそうではないらしい。
雛美は俺を見てにっこりと笑った。

「私が行くよ。」
「ハァ?」
「靖友くんの部屋に、私が行くよ。外に行かなくていいから、一緒に部屋でご飯食べよ。」
「マジで言ってる?」
「マジで言ってますよ?それとも部屋に入るのはダメ?」

首をかしげてくる雛美に、つい頬が緩む。
まさかそんな提案をされるとは思ってなかった。
嬉しくてたまらない。
顔がにやけていくのがわかる。
一度出た笑い声は、もう抑えることはできない。
腹を抱えて笑うと膝に座っていた雛美はバランスを崩して倒れ込んできた。

「雛美チャン、マジ最高。」
「え?」
「すげー好き。」
「うん、私も好きだよ。」

数回軽くキスをして俺は立ち上がった。
雛美を手放すなんて考えられない。
雛美がいない生活なんて想像できない。
カレンダーを確認しようとスマホを開くと、忘れていた予定を思い出す。
そういえば福チャンたちと集まる約束をしてたんだっけか。

「年末……いや、年始か。何か予定ある?」
「ちょっと実家に顔出す予定ではいるけど、特に何もないよ?」
「じゃァちょっと待ってて。」

俺はリビングを出て廊下に行くと、懐かしい名前に電話をかけた。
数度コールして電話口からは煩い声が響く。

「荒北!久しぶりだな、元気にしているのか?」
「おう。年始の集まりでちょっと話あんだけど。」
「都合でも悪くなったのか?」
「いや、東堂んち一部屋取れねぇ?」
「旅館の方か?取れないことはないと思うが……少し待て、確認する。」

年始には卒業してから初めて、箱学のメンバーで集まることになっていた。
そう集まることはないからこそ、俺はどうしても雛美を会わせたくなった。
少ししてから”一部屋なら”と言う東堂に頼んで部屋を確保してもらった。
あれこれ詮索しようとする東堂に”当日わかるからァ”と雛美の分の予約を入れてもらう。
電話を切ってリビングへ戻ると、ソファの上で雛美が膝を抱えて座っていた。
それが少し子どもっぽく見えて、可愛いと思う。
隣に腰掛けると擦り寄ってくる姿が猫のようで口元が緩んだ。

「箱根行かねェ?」
「箱根?」
「そォ、年始。旅館取ったからァ。」

驚いた雛美は、ポカンと口を開けていた。
行ったらもっと驚くんだろうなァ。
そんな雛美を見るのが楽しみで仕方がない。
眉を下げながらもどこか嬉しそうなその表情に、俺の口角はますます上がる。
暫く考えた雛美は、俺をみてにっこりと頷いた。




クリスマスをどうするか話しながら飯を食った。
その時に俺の部屋の話題になり、忘れていた物を思い出した。
ポケットを探れば、それはカチャリと音を立てる。
食い終わった後雛美が洗い物を始めたのを確認してから、鞄をひっくり返した。
そのまま渡すのは何だか気恥ずかしくて、ルーズリーフに殴り書きの文字で”プレゼント”と書き込む。
それにそっとアパートのスペアキーを包んでいると、ふっと影が出来る。

「何してるの?」
「内緒。」

洗い物の途中なのか、まだ水音が遠くで響いている。
慌てて隠したソレはばれていないらしく、雛美は不思議そうにしながらもキッチンへ戻っていった。
俺はその鍵を包むとポケットに押し込んだ。
散らかした荷物を片付け、ついでに雑誌を手にソファに座り込む。
いつ渡そうか、どうやって渡そうか。
ぐるぐる考えていると、コトリと音がして机にカップが置かれた。
何だか顔を見るのが気恥ずかしくて、そのまま隣に座るよう促した。
雛美が座ったのを確認して、ゆっくりと雑誌を閉じる。

「読み終わった?」
「ん、まぁそんなとこォ。」

読んでねェけど。
そう思いつつポケットから先ほどの鍵を取り出すと、雛美の手に握らせた。
不思議そうにしながらもゆっくりと手を開いた雛美は、首をかしげている。

「これなぁに?」
「やる。」
「え?」

我ながらムードのない渡し方だと思いつつも、今はこれが精いっぱいだ。
中を開いた雛美がパッと顔を上げて俺を見た。

「ねぇ、これって」
「俺の部屋の。勝手に入ってイイヨ。」

顔に熱が集まるのがわかって、目を逸らしてしまう。
そんな俺に雛美は抱き着いてきた。

「ありがとう!こんなに嬉しいクリスマスプレゼント初めてだよっ。」
「……クリスマスプレゼントじゃねェよ、バァカ。」
「へ?」
「クリスマスにはもうちょい良いモンやっからァ!」

頭をワシワシを撫でてやると、雛美は嫌がりながらも嬉しそうだ。
そんな顔に、心が満たされていく。
その時、ハッと何かに気づいたように雛美が顔を上げた。

「ねぇ、靖友くんは何か欲しいものある?」
「雛美チャンがいてくれたらそれでイイヨ。」
「それは私だって同じだもん。何かない?」

本気で雛美がいればそれでいいんだけどォ。
何度言っても引かない雛美を言いくるめるのには苦労した。
本当に、何もいらねェんだ。
クリスマスに会いに来てくれる、それだけで十分だから。




あとからベッドに入ってきた雛美は、少し身震いしている。
部屋は暖かいとはいえ、まだシーツは冷たい。
腕を絡めて引き寄せると、ひんやりとした体が俺の熱を奪っていく。
抱きしめると次第に雛美自身も熱を持ち、どちらの体温かわからなくなった。
スリスリと擦り寄るその匂いを嗅いでいると、ふっと雛美が顔を上げた。
その顔が妙に色気を帯びていて、下半身が疼き始める。

「してイイ?」

断られるとは思っていない。
それでも聞かずにいられないのは、きっと反応が見たいからだ。
そんな自分のガキっぽさに呆れながらも、そっとおでこにキスすると雛美がもじもじとしている姿が可愛い。
少し迷った後そっとキスされ、それが合図になったかのようにお互いの唇を貪った。
拙く舌を絡めてくるのが嬉しくて、愛しくてたまらない。
小さく息を吐きながらも必死にしがみ付いてくる。
雛美太ももが自分のそれに当たり、ヒクリと反応してしまう。
それが伝わってしまったんだろうか。
雛美は嬉しそうな顔をして、そのまま太ももをこすりつけてくる。
そういうことしてっとイっちまいそうなんだけどォ。
雛美の紅潮した頬が何とも言えず、ごくりと唾を飲んだ。
それでもこのままイくわけにはいかない。
俺は手でそれを阻んだ。

「雛美チャンやらしー。」
「え、あっ……ごめ」
「謝るこたァねぇけど、俺にもさせてよ。」

太ももからわき腹を通り、胸に触れた。
ビクビクと体を跳ねさせて、嬌声が漏れる。
目が合ったのにすぐに逸らそうとした雛美に噛みつくように口づけた。
柔らかい胸に指を這わせ、先端を舌で刺激した。
驚くほどに跳ねたその体を押さえつけるようにして、何度も何度も刺激を重ねる。
絶えず響く嬌声に、俺自身も高揚していく。
時折虚ろになりながらも、名前を呼べば光を取り戻すその瞳に吸い込まれそうだ。
そっと太ももの付け根に手を伸ばせばそこは既にぐっしょりと湿っていて、俺の指を簡単に飲み込んでいく。
中を広げるように数回刺激すれば、体を捩ってイッてしまったようだった。
その高揚した顔は、何とも言えずそそった。
ベッドサイドからゴムを取り出して手早くつけると、そっとそこにあてがう。

「悪ィ、もう限界。」

もっと時間をかけてやるつもりだった。
だけど雛美がそんな顔しやがるから。
悪ィ、そう思っているとぐっと雛美に引き寄せられた。
覆いかぶさるように倒れ込んだ俺の肩に、雛美が軽く噛みついた。
その刺激が体を駆け廻り、ビクリと跳ねた。
”やられた”と思うと同時にそれが拒絶じゃないことを悟る。
少し起き上がり、中にそれを押し入れた。
いつもよりすんなりと受け入れられて、雛美からは嬌声が漏れる。

「あぁ、んっ、や、ともくっ……。」
「ナァニ?」
「好、き。大好きぃ。」

首にすがりつくように腕を伸ばした雛美をそのまま抱きしめた。
肩や首に噛みつき、その痕が残る雛美がとてつもなくそそる。
雛美が感じているのを確認して、俺はそのまま何度も腰を打ち付けた。
繋いだ手にぐっと力が入ったかと思えば、雛美はビクビクと体を跳ねさせた。
それに促されるように、俺も達してしまった。



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