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時間が余ったからと自分の仕事以外も引き受けすぎてしまい、結局定時ぴったりには終えることが出来なかった。
調子に乗ってしまったことを反省しつつも時計に目を移すと、もう15分も過ぎている。
私は急いで着替えて会社を後にした。
外に出ると、冷たい空気に身震いした。
ふと顔を上げると、愛しい顔がこちらを見て笑うのがわかる。

「靖友くん!ごめんね、お待たせ。」
「待ってねェよ。」

そう言いつつも絡めてきた手は冷たくて、申し訳なくなる。
よく見れば靖友くんの傍らにはビアンキがあった。
どうやら自転車でここまできたらしい。

「自転車できたの?寒かったでしょ、ほんとごめんね。」
「チャリ乗ってたら体暖まるし。」

鼻を真っ赤にしてそんなことを言うのだから、可愛くて私は頬が緩んでいく。
ふと背中に視線を感じて振り向くと、そこには笹谷さんがいた。

「あれー、ソレが彼氏ぃ?」

ニヤニヤと人を馬鹿にするような笑い方をしていて、少し頭にきた。
靖友くんを”ソレ”なんて呼ばれたことにも苛立つ。

「そうですけど。」
「彼氏が自転車乗ってるとか、菜々には耐えらんないけどなぁ。」

クスクスと笑う声が耳障りだ。
何も知らない人に、何かを言われる筋合いなんてない。
後ろから小さく”悪ィ”なんて声が聞こえて胸が締め付けられた。
私のせいで靖友くんを傷つけてしまったことに申し訳なさが募る。
それ同時に、ふつふつと怒りが湧いてくる。

「笹谷さんには関係ないです。私のことを貶すのは構いませんけど、彼のこと悪く言うのやめてもらえません?」
「いきなり何なの?気分悪いんだけどぉ。」
「それはこっちのセリフです。何も知らないのにバカにするようなこと言わないで。」

怒りと興奮で、今にも涙が零れそうだ。
目を見開いてそれを我慢すれば、背中がふわりと暖かくなった。
気が付けば靖友くんが後ろから抱きしめてくれていた。

「人の女苛めてんじゃねーよ。」
「なっ……。」

聞いたことのない低い声で靖友くんがそう言った。
守られてしまったことに、情けなくなる。
私の問題で靖友くんを傷つけてしまったのに、守ることすらできないなんて。
項垂れる私の耳元に、優しい声が響く。
”あんがとねェ”その声に振り向けば、いつもの靖友くんがいた。
頭を撫でてくれる手に目を細めていると、ふと聞き覚えのある声がして振り向いた。

「あれ?菜々ち、何かモメてるぅ?」
「もー、お姉ちゃん遅いよぅ!合コン始まるよ!」
「ごめんってー。それよりもういい……え?」

唖然とする私たちをよそに会話を繰り広げているのは、笹谷さんとユカさんだ。
ユカさんは私と靖友くんを交互に見たあと、顔をしかめた。

「何、お姉ちゃん知り合い?」
「別に……。」

気まずそうに目線を逸らしたユカさんに、靖友くんは小さく”ハッ”と笑った。
どうしたのかと見上げれば、抱きしめる力が強まった。

「靖友くん?」
「靖友?もしかして、荒北靖友?」
「だったら何だよ。」

私の呼び声に反応したのは、靖友くんではなく菜々さんだった。
どうしてフルネームを知っているのかと疑問に思ったが、笹谷さんとユカさんの呼び名でハッとする。
そういえば、二人とも”笹谷”であることに私はようやく気付いた。
笹谷さんは靖友くんの苛立った声をよそに、ユカさんに向き直った。

「お姉ちゃん!ほんとにアレなの?どこがいいの!?自転車だよ?ねぇ、ほんとにアレに振られたの?」
「うっさいな!ちょっと黙ってよ!靖友くんのこと何も知らないくせに!」

目の前で繰り広げられる口喧嘩に、私と靖友くんは顔を見合わせた。
たぶん、私の予想は間違ってない。
2人は姉妹なんだろう。
靖友くんを”アレ”と呼ばれたことや自転車を馬鹿にされたことよりも壮絶な口喧嘩に、私たちは言葉を失っていた。
女同士の罵り合いとはいえ、これ程までに酷いのは聞いたことがない。
2人の目にはもうお互いしか映っていないんだろう。
忘れられた存在の私たちは、そのままその場を後にした。





駅まで靖友くんに送ってもらって、そこで一度別れた。
歩いて一緒に帰ると言った私を、靖友くんは珍しく咎めた。
寒いから駄目って、靖友くんだって寒いだろうに。
自転車に乗ったほうが寒い時間が短いという意味だろうか。
そんなことを暖かい電車の中でぼんやりと考えた。
ふと外に目を向けると、街のイルミネーションが目に入る。
そういえば、もう12月も半分を過ぎようとしている。
毎年誰かと過ごしていたクリスマスが、今年は誰かじゃなくて靖友くんだといいな。
そう思っていると、目的地を告げるアナウンスが聞こえる。
私は靖友くんが待つ改札へと急いだ。





改札から出てすぐに靖友くんと目が合った。
駆けよればニッと笑い、手を差し出してくれる。
私はその手を握って、息を吹きかけた。

「おまたせ、寒かったでしょ。ごめんね?」
「後で暖めてもらうからァ。」

そう言って笑う彼に、暖めるのはエアコンやお風呂じゃないのかと問えば軽くデコピンされた。
拗ねたのか口を尖らせる靖友くんは、何も言えなくなるくらい可愛いから困る。
私はふと、電車の中で考えていたことを口にした。

「もうすぐクリスマスだね。」
「……アー、ウン。ソウダネ。」
「どうかした?」
「ん……悪ィ。」

歯切れの悪い言葉を重ねる靖友くんは、立ち止まってしまった。
顔を覗きこめば、ふっと逸らされてしまう。
クリスマスの話題がまずかったのかな、そう思って話題を変えた。

「ね、今夜は何食べようか。」
「何でもいいよォ。」

少し冷たい言葉に、体がびくりとしてしまった。
いつもなら”肉”なんて答えが返ってきそうなのに、何だかもどかしい。
歩き出した私に引っ張られるように、靖友くんもまた歩みを進めた。
沈黙が続き、どうしていいのかわからない。
ちらりと振り返ると靖友くんと目が合ってしまった。
少し気まずくて愛想笑いをすると、靖友くんも困った顔で笑う。
私たちはそのまま、マンションについてしまった。


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