20




結局、離れ難くて時計を見ないようにしてたせいで終電ギリギリの時間まで雛美を帰せずにいた。
まだ今週は始まったばかりで、明日も朝から部活や講義がある。
それでもまだ一緒にいたくて送ろうとすると、珍しく頑固に断られた。
夜道は危ないと何度言っても聞かない雛美に、最後は”タクシーで帰るから”と言いくるめられてしまった。
俺のことを想っての選択に、それ以上何も言えなくなる。
玄関で靴を履く雛美の背中がやけに寂しげに見えて、胸が締め付けられた。

「週末、待ってるから。」
「ん、帰ったら電話しろよ。」
「わかった。またあとでね。」
「おう。」

ニコニコしながらもドアを開けない雛美を、そっと引き寄せた。
”すぐ会えっからァ”そう言いながら、髪に唇を寄せた。
雛美の匂いが鼻を抜けて、寂しさが募る。
手を、離さなければ。
力を緩めると、少し離れた雛美がにっこりと笑う。

「また、くるね。」
「……掃除しとく。」

次こそは綺麗にして驚かせてやっからな。
そう思いながらも目を落とした床には物が散らかっていて、恥ずかしくて目線を逸らした。
そんな俺の腕を引き寄せたかと思えば、頬に雛美の柔らかい唇が触れる。
雛美からされたのが意外すぎて固まる俺とは対照的に、雛美はとても嬉しそうだ。
それがすごく幸せに思えて、俺も気づけば笑っていた。
柔らかいその唇に、今日何度目かわからないキスをした。
何度してもその感触にゾクゾクする。
言い訳のつもりで”おあいこ"と言ったのに、ふにゃりと笑ったのには少し驚いた。
車が止まる音がして、一緒に出ようとすれば止められた。
雛美が開けたドアからは冷たい風が吹き込んでくる。
雛美は手を振りそのまま行ってしまった。
雛美のいない部屋は、こんなにも広かっただろうか。
シングルのベッドがやけにでかく感じる。
俺は雛美の残り香を吸い込みながら、その広さに胸が締め付けられた。
さっきまで、いたんだよな。
雛美の座っていたクッションに頭を乗せると、感触と匂いが合わさってなんとも言えない気分になった。
俺は寂しさを誤魔化すように、風呂場へ向かった。




あれから2日経った。
毎日メッセや電話はしているにも関わらず、会いたくて仕方が無い。
部活にもあまりやる気が出なくて先輩方に注意された。
明日の夜には会えるというのに、それすらも我慢できそうにない。
俺は部活を終えてすぐに雛美にメッセを送った。
思ったより早く帰ってきた返事に、俺はそのまま電話した。

「雛美チャン?今から行っていい?」
「あ、ごめん。今日は優衣が泊まってくの。前に話した彼氏のことでうちきてて……。」
「アー、わかった。じゃァ明日、会社まで迎えに行くからァ。」

内心がっかりしながらも、今の俺たちがあるのは優衣サンのおかげでもある。
優衣サンがいなければ、雛美は未だに二股だと思ってたかもしれない。
俺は自分にそう言い聞かせた。
明日は部活もない、上手く行けば雛美の仕事が終わる時間に間に合うだろう。
嬉しそうな雛美の返事に、頬が緩む。
でも今日はもう話せそうにない。
おやすみ、と言葉を交わして電話を切った。




翌日は、朝から絶好調だった。
体がちょっと浮いてんじゃねぇかと思うほど軽い。
こんな日に練習があれば、新記録が出るんじゃないだろうか。
でも部活があったらこんなに浮かれてねぇか。
自分自身に妙に納得しながら歩いていると、あのニオイがした。
顔を上げると前方に昨日の女がいて、あっちも俺に気づいたようだ。
"めんどくせぇ"そう思いつつもそのまま歩き続けると、意外にもすり寄ってはこない。
ただすれ違いざまに一言投げつけられた。

「私、もう荒北くんに興味ないからぁ。」

苗字で呼ばれたことに驚きつつも、その言い草に笑ってしまう。
何か言い返そうかとも思ったが面倒でやめた。
関わんねぇのが一番楽だ。
俺はそのまま歩みを緩めることなく、講義へ向かった。




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