20





結局その日は、終電ギリギリまで靖友くんと過ごした。
いつも以上に優しく触れるその手は時々くすぐったくて押しのけたりしてしまったけど、それでも笑いかけてもらえることにとても安心した。
でも幸せな時間ほど早く過ぎ去ってしまう。
仕事を休むわけにもいかず、私が支度を始めると送っていくと言い出した靖友くんを止めるのは大変だった。
結局タクシーで帰ることを条件に、靖友くんには見送ってもらった。

「週末、待ってるから。」
「ん、帰ったら電話しろよ。」
「わかった。またあとでね。」
「おう。」

名残り惜しくて、なかなか玄関を開けられない私を靖友くんは抱きしめてくれた。
”すぐ会えっからァ”そう言いながら、髪にキスしてくれる。
靖友くんの匂いを胸いっぱいに吸いこんで、私はそっと離れた。

「また、くるね。」
「……掃除しとく。」

頬を染めて視線を逸らす彼がどうしようもなく愛しくて、腕を引っ張って頬に口づけた。
靖友くんは目を丸くして私を見たかと思えば、くしゃりと笑う。
そのまま今度は私の唇に靖友くんがキスをした。
”おあいこォ”なんて笑いながら言うけど、靖友くんはずるいと思う。
それでも嬉しくて責める気にはならず、私はにっこりと笑った。
短く言葉を交わして外に出ると、ゾクリと寒さが体を覆う。
私は急いでタクシーに乗り込んだ。






それから2日後。
優衣が彼氏と話をするというので、私は優衣と大学近くのファミレスにきていた。
遅れてきた彼氏は例の浮気相手と一緒で、私たちは唖然とさせられた。
2人の付き合いはもう一年以上になるらしく、ずっと優衣に黙って付き合っていたらしい。
彼氏が就活に苦戦して”飲食店経営でもしようかな”と冗談で言ったのを、優衣が本気にしたのがキッカケだという。
優衣は彼氏を応援したくて必要な資格の取り方などを調べたが、して欲しいのはそうじゃなかったと。
ただ大丈夫だと、励ましてほしかったと。
そこで浮気相手の子が相談に乗ってくれたというのが始まりで、それでも就職が決まってからは彼氏側から一度別れたそうだ。
でも優衣との同棲話が進むにつれ、優衣のポジティブな所が苦痛になったという。
その時に浮気相手から告白され、また付き合いが再開した。
それがちょうど2週間前ということだった。
最初は泣きそうな顔で怒りを露わにしていた優衣も、最後の方は呆れていた。
なぜだか泣いているのは浮気相手の方で、謝るばかりだった。

「ごめん、私ずっと好きだったの。優衣と付き合ってるの、知ってたけど……羨ましくて仕方なかった。」
「優衣は、俺がいなくても大丈夫だろ?」

それを聞いて私の頭の中で何かが切れた音がした。
気が付けば立ち上がり、グラスの水を浴びせていた。

「優衣、帰ろう。」
「雛美」
「こんな男に優衣はもったいないよ。何年も付き合ってるくせに、何一つ優衣のことわかってないじゃない。」

ワナワナと体は震えているのに、頭はやけに冷えていた。
こんな男に優衣を任せられるわけがない。
腕を引く私に、優衣は振り返って頭を下げた。

「今までありがとう。何も気づかなくてごめんね。大好きだったよ、でももう……二度と顔見せないで。」
「優衣……。」

”おまたせ”と言いながら笑う優衣の目には、涙が溜まっていた。
次の日は午後からしか講義がないという優衣を部屋に連れ込んで、二人でお酒を飲んだ。
泣きながら笑う優衣はとても痛々しかったけど、ぽそりと呟いた言葉に私は救われた。

「雛美が、いてくれてよかったよ。」
「うん?」
「水かけられたアイツ見てたら、何かもう……どうでもいいやって思ったのね。だから、ありがと。」

へへっと鼻をすすって優衣はそのままソファに寝転んだ。
そのまま寝てしまいそうな優衣の肩を揺らすと、クッションにしがみついてしまった。

「優衣、ベッドで寝たら?私のベッド広いから二人でも寝れるよ。」
「えー、やだぁ。」
「ソファじゃ体痛くなるでしょ。」
「だって荒北くんに悪いしー?」

ニヤリと笑う優衣はとても意地悪な顔をしていて、私は顔が熱くなった。
隠しているわけではないけど、面と向かって言われるのはやっぱり恥ずかしい。
”だからここで寝る”と言う優衣を説得することができず、とりあえずシャワーだけと言い聞かせてお風呂場に押し込んだ。
その間に片付けていると、スマホが鳴った。
靖友くんからのメッセに返事を返すと、すぐに電話がかかってきた。

「雛美チャン?今から行っていい?」
「あ、ごめん。今日は優衣が泊まってくの。前に話した彼氏のことでうちきてて……。」
「アー、わかった。じゃァ明日、会社まで迎えに行くからァ。」

部活も休みで金曜日ということもあり、講義が終わり次第きてくれるという。
私は二つ返事で快諾して電話を切ると、何やら視線を感じる。
振り返ると優衣がもう出てきていて、ニヤニヤと笑っていた。

「このー、幸せものめー!」

そう言いながら突撃されて、私たちはソファに倒れ込んだ。
何だかそれが高校時代に戻ったようでやけに楽しい。

「幸せわけろー!」
「わけれるならいくらでもわけるよ!」
「んー……じゃぁ私が元気になったら誰か紹介してよ。」

そう言われて暫く考えてみたけど、紹介できるような人は殆どいない。
会社ではあまり親しい人はいないし、高校は優衣と一緒だ。
強いてあげるなら、幼馴染くらいだろうか。
でも幼馴染は……

「自信持って紹介できるの、幼馴染くらいなんだけど。」
「それって、お嫁さんの弟?」

私の幼馴染は姉弟だ。
姉の方は私の兄と結婚した。
弟の方は、と言えば。

「そう、まだ高校生。」
「……3年後にまだ独り身だったらお願いしようかな。」
「一応、今高校3年のはずだけど。」
「雛美に聞いた私が悪かったよ。」

クスクスと笑う優衣は、先ほどの痛々しさはもうない。
何かしてあげたいのに、私には何もできない。
強く見えるけど、実は脆い優衣を支えてくれるような人が早く現れるのを祈るばかりだった。




翌日、靖友くんが来てくれると思うと顔が緩んで仕方がなかった。
我慢すればするほど締まりのない顔になっていく。
浮かれているせいか、仕事もサクサクと進んだ。
自分の仕事を終えても、まだ定時まで時間がある。
何か手伝えることはないかと探していると、前方に笹谷さんがいるのが見えた。
あちらも私に気づいたようで、近づいてくる。

「ねぇ、今日合コンあるんだけどぉ。来てくれなぁい?」
「ごめんなさい、私彼氏いるのでそういうのは行けません。」

以前とは違い、今度はキッパリと言い切った。
靖友くんが私に自信をくれたから。

「えー、彼氏いても黙ってればバレなくなぁい?」
「すみません、今日会う予定もあるしいい加減なことはしたくないので。他当たってください。」

そう言うと、ぶつぶつ文句を言いながらも諦めてくれたらしい。
遠のく影に、私は小さくガッツポーズをしていた。



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