18




手を繋いで優衣サンの所へ戻ると、俺たちに気づいた途端走り寄ってきた。
俺のことは見向きもせず、雛美と繋がれた手を交互に見ている。

「雛美、それ……。」
「ごめん、なんか勘違いしてたみたいで……。」

モゴモゴと言葉を濁す雛美に、優衣サンは納得できないようだった。
それでも俺がいるからか、話し辛そうにした雛美は眉が下がったかと思えば俯いてしまった。
俺が繋いでていた手をそっと離すと、慌てて顔を上げた。
そんな心配そうな面しなくても大丈夫だっての。
手の代わりに、片手で頭を胸に押し付けるように抱きしめた。

「着替えてくっからァ。終わったら電話してネ。」

いい匂いのする髪に軽く口づけて、俺は部室に向かって歩き出した。
後ろからは、優衣サンの興奮した声が聞こえる。
きっと質問攻めにされんだろうなァ。
困った雛美が容易に想像できて頬が緩んだ。
すると後ろから、嫌なニオイが近づいてくる。
またアイツか、そう思っていると名前を呼ばれた。

「靖友くーん、待ってよ。」
「ンだよ。」

そいつは歩みを緩めない俺の手を掴んだ。
ニオイが移りそうでぞっとする。

「さっきの子が彼女ぉ?」
「だったらナニ。」
「ユカのが可愛くない?ねぇ、ユカにしようよー。」

本気で言ってんのかこいつ。
雛美のが可愛いに決まってんだろ。
反論するのも面倒でまた歩き出すと、そのままついてきた。
部室の前まで来ても離されない手にイライラして振り払うと、ぷくっと頬を膨らませる。

「あの子よりユカのが何でもしてあげるよ!靖友くんのして欲しいことなんでも!」
「だったらもう関わってくんな。」
「何で!ユカのどこがあの子に劣ってるの?」

むしろ勝ってる部分を聞きたいくらいだ。
正確も顔も、雛美の方が上だろ。
ただそのすべてが主観でしかないから、相手は退きそうにない。
主観じゃなく、こいつが雛美に劣ってるもの。

「……胸に手ェ当てて考えれば?」

後ろから罵声が聞こえるけど気にならない。
俺は頬が緩むのを抑えながら、部室に入った。






部室に入るとさっきの一部始終を見られていたようで、何だかんだと聞かれまくった。
ったく、めんどくせぇ。
答えるのがバカらしくて適当に流していたら、いつの間にか雛美を見たいと言い始めた。

「会わせるわけねェだろ!」
「何だよ、大学にいるんだろ?いいじゃないか。」
「メンドクセェ。」
「荒北がめんどくさいなら来てもらえばいいんじゃね?」

勝手に話進めてんじゃねェよ。
そうこうしているとスマホが鳴った。雛美だ。
出ようとすると、後ろが喧しい。
雛美を呼ぶことを条件に出すと、途端に静かになるのだから腹が立つ。
とりあえず周りを黙らせて電話に出た。

「雛美チャン?今どこォ?」
「さっき別れたとこにいるよ。真っ直ぐ行ったら部室かな?」
「アー、ウン。悪ぃんだけどこっち来てもらっていい?」
「わかった、すぐに行くね。」

嬉しそうなその声に申し訳なさが込み上げてくる。
出来るだけ早く帰ろう。
そう心に決めて、部室を出た。





一緒に出てきた他のやつらと話していると、雛美の匂いがした。
顔を上げると匂いの方に雛美がいて、目が合う。
手を振ると駆け寄ってくる姿が、まるで子犬のようだ。

「雛美チャン。」
「ごめんね、遅くなっちゃった。」
「いいよォ。つか、呼びつけて悪ィ。」
「ううん、そんなことないよ。」

このまま帰っちまおうか。
雛美を促して歩き出すと、呼び止められた。
やっぱり逃がしてはもらえないらしい。

「荒北ぁ、そっちがお前の彼女かー?」

集まってきたやつらに、雛美がビクリと震えた。
怯えてるのか、顔を上げようとしない。
俺は舌打ちをしながらも、雛美を引き寄せた。

「だったら何だよ。ビビらせんじゃねェよ。」
「俺ら何もしてないだろー。」
「厳ついオッサンが寄って来たら誰でもビビんだろ。」
「オッサンて、年かわんねぇだろうが!」

見た目がどう考えてもオッサンだろ。
大きな声に委縮してしまったのか、雛美はどんどん俯いて行ってしまう。

「ねぇ、こっち向いてよ。」
「あっ」

肩を掴まれた雛美は俺の腕からするりと抜けてしまった。
こけそうになったのを慌てて捕まえると、何とか体勢を立て直した。

「雛美チャン苛めてんじゃねェ!……大丈夫か?」
「あ、うん。ごめん、ちょっと肩引っ張られただけだから。私のバランスが悪くて……。」
「別に苛めてないだろ。」

”ごめんな”と謝りつつも舐めまわすように雛美を見ているのが気に入らない。
人の女じろじろ見てんじゃねェぞ、コラ。

「何だよ、さっきの子よりマジで可愛いじゃん。」
「だからさっきからそう言ってんだろォ。」
「さっきの子?」
「さっきさー、荒北と付き合いたいって子が来てたんだよ。名前なんつったかなぁ。」

さっき騒いでた女のことを話し始めたヤツに舌打ちをした。
わざわざ言うようなことじゃねェだろ。
雛美を不安にさせたくなくて、耳をふさいでしまいたかった。
それでもオロオロして見上げてくる雛美は小動物のようで可愛くて、頬が緩む。

「雛美チャンのが可愛いに決まってんだろ。」

”じゃぁな”と手を上げて歩き出すと、雛美もついてきた。
隣にいるのに空いた手が寂しくて雛美の手を握った。
そこから熱が広がるように、体が熱くなる。
色々勘違いはあったけど、ちゃんと付き合えてることが嬉しい。
隣でふふっと声を漏らして笑う雛美が珍しくて、そっと覗き込んだ。

「何ニヤついてんのォ?」

俺と目が合うとふにゃりと柔らかく笑って、”へへっ”と少し悪戯っぽい声を出した。

「幸せだなぁと思って。」
「……俺もォ。」

同じ気持ちでいられることが、こんなに安心するとは思わなかった。
自分が言った言葉が恥ずかしくて目を逸らしてしまったけど、握る手に力がこもる。
握り返してくれるその手が、愛しくてたまらなかった。



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