18






優衣の所へ戻る時、靖友くんがそっと手を繋いでくれた。
それが何だかすごく恋人みたいで、妙に気恥ずかしい。
それは靖友くんも同じだったようで、私と目を合わせてはくれない。
私たちをみた優衣は目を丸くして駆け寄ってきた。
私と繋がれた手を交互に見て、言い辛そうに口を開いた。

「雛美、それ……。」
「ごめん、なんか勘違いしてたみたいで……。」

どこから説明していいかわからずに、とりあえず付き合っているということだけを伝えると優衣は納得できないようだった。
ここまで一緒に来てもらった手前、誤魔化すわけにもいかない。
靖友くんの前でもう一度自分の勘違いを話すのが恥ずかしくて俯くと、靖友くんの手が離れた。
驚いて顔を上げると、その手は私の頭を優しく包み込む。

「着替えてくっからァ。終わったら電話してネ。」

そう言いながら髪に優しく口づけると、靖友くんは行ってしまった。
その様子をぽかんと眺めていた優衣は、私に向き直ると息を吹き返したかのように興奮して話し始めた。

「ちょっと!詳しく説明してよ!誤魔化したらただじゃおかないからねー!」

そう言いつつも、優衣はどこか嬉しそうだ。
優衣に促されるまま近くのベンチに腰かけると、さっきの女の子が近づいてきた。
すっかり忘れていたけど、この子は一体誰なんだろう。

「あんた靖友くんの彼女ぉ?」
「そう、ですけど。」
「プッ、冴えなーい。絶対ユカのが可愛いのに。靖友くんって見る目ないよねー。」

自分が可愛くないのは、自覚している。
それでも面と向かって言われるのはかなりのダメージがあるなぁ、そう思いつつ俯くと背中をポンポンと叩かれた。

「あなた、人の彼氏にばっか手だしてる笹谷ユカでしょ?荒北くんが自分に靡かないからって僻んでんの?」
「はぁ?別にあんたに関係ないでしょ?自分に魅力がないからって妬まないでよ。」
「それはこっちのセリフ。あなたに絡まれる理由なんてないんだけど。」
「意味わかんないし。もういい、ユカ帰る。」

こういう時にポンポンと言葉が出てくる優衣は本当にすごいと思う。

「ありがとう。ごめんね。」
「雛美は自分に自信ないみたいだけどさ、私は可愛いと思うよ。」
「そんなこと……。」
「少なくとも、私や荒北くんにとってはさっきの子より雛美のが可愛く見えてるんだから。そこだけでも自信もちなって。」

その言葉に、顔が熱くなった。
靖友くんに好かれてるんだと自覚すればするほど、顔や体が熱くなる。
そんな私を見て、優衣はクスクスと笑い始めた。

「ま、とりあえずさ。何があったか話してよ。」
「うん、あのね……。」

私は優衣に1つ1つ話し始めた。
隣で相槌を打つ優衣はとても嬉しそうだ。
全て話し終えると、私の頭を撫でてくれた。

「やっぱり雛美の勘違いだったかー。」
「やっぱり?」
「ん、荒北くんの目がね。違ったからさ。」

何のことかわからずに首をかしげる私の頭を、優衣はくしゃくしゃと撫でる。

「最初から、雛美を見る目が優しかったからね。私に向けるのとは違う目だったのよ。」
「いつもと変わらなかったよ?」

そう言うとニッと笑った優衣は立ち上がって伸びをした。

「その”いつも”がいつからかは知らないけど。その時からずっと雛美を好きだったってことでしょ。」

私は記憶をたどった。
初めて会ったあの時から、きっとあの目は変わっていない。
最初怖いと感じていたのは、私が色眼鏡で見ていたからだ。
もしかして、あの日からずっと……?
私は申し訳なさと嬉しさと恥ずかしさで自分がよくわからなくなってしまった。

「うー……優衣ぃ。」
「なにー?」
「合わせる顔がない……。」
「化粧もぐちゃぐちゃだしね。」

私の顔を持ち上げると、優衣は困ったように笑う。
そういえば思い切り泣いてしまったんだった。
鏡を取り出すと、ほんとにもう目も当てられないほどドロドロになっている。

「どうしよう……。」
「大丈夫、直してあげるよ。」
「直る?」
「もちろん。」

そう言って私を立ち上がらせた優衣はそのままトイレへと向かった。
”こんなとこでごめんね”そう言いながらも手早くメイクを落とし、直してくれた。
先ほどより多少目元は腫れぼったいが、自分でするのよりずっと可愛く見える。

「ありがとう、ほんとに……。」
「いいよ、雛美が幸せそうだから。そのかわり、今度私に付き合ってね。」

優衣は笑っているはずなのに、目がとても悲しそうで。
今にも涙が零れ落ちそうなその瞳に私は胸を締め付けられた。
ふっと下げられた視線にたまらなくなり、私は優衣を抱きしめた。

「もちろん……!優衣には、私がついてるよ。いつでも頼って。大好きだよ。」
「ん、私も雛美が大好きだよ。ありがとう。」

軽く抱きしめ返してくれた優衣は私を押しのけて、にっこりと笑う。
でもその顔には涙が伝っている。
申し訳なさと哀しみで視界が少しボヤけると、優衣に小突かれてしまった。

「ほら、メイク直したんだから泣かないの。荒北くん待ってるんでしょ?早くいきな。」
「え、優衣は?」
「邪魔なのわかっててわざわざ行くほどバカじゃないっての。」

早く、と急かす優衣に一度だけ謝って、私はトイレを出た。
スマホを取り出して来た道を戻りながら、私は電話をかけた。
数コールで靖友くんの声が聞こえてくる。

「雛美チャン?今どこォ?」
「さっき別れたとこにいるよ。真っ直ぐ行ったら部室かな?」
「アー、ウン。悪ぃんだけどこっち来てもらっていい?」
「わかった、すぐに行くね。」

私は電話を切って、部室に向かって歩き出した。







部室に近づくにつれ、靖友くんの声に混ざって複数の声が聞こえる。
邪魔になったりしないだろうか、そう思いつつも言われた通りに歩く。
周りが少し開けた、と思うと靖友くんが目に入った。
あちらも私に気づいたようで、手を振っている。

「雛美チャン。」
「ごめんね、遅くなっちゃった。」
「いいよォ。つか、呼びつけて悪ィ。」
「ううん、そんなことないよ。」

何だかソワソワしている靖友くんは、いつもよりも急いでいるようだ。
歩き出したかと思えば、後ろから声がかかった。

「荒北ぁ、そっちがお前の彼女かー?」

気づけば周りにはたくさんの人がいて、じろじろと見られている。
靖友くんからは小さく舌打ちが聞こえた。
俯いた私の頭を抱えるように、靖友くんに引き寄せられた。

「だったら何だよ。ビビらせんじゃねェよ。」
「俺ら何もしてないだろー。」
「厳ついオッサンが寄って来たら誰でもビビんだろ。」
「オッサンて、年かわんねぇだろうが!」

大きな声で笑うこの人たちは靖友くんと同じ年らしい。
ということは、私の1つ下でこの巨体ということだろうか。
私は自分の小ささを目の当たりにしてさらに委縮してしまった。

「ねぇ、こっち向いてよ。」
「あっ」

肩を引かれてバランスを崩してしまい、よろけてしまった。
その私を靖友くんがさっと支えてくれる。

「雛美チャン苛めてんじゃねェ!……大丈夫か?」
「あ、うん。ごめん、ちょっと肩引っ張られただけだから。私のバランスが悪くて……。」
「別に苛めてないだろ。」

そう言いつつも、引っ張ったであろう人は軽く私に頭を下げて”ごめんな”と言ってくれた。
私がその人に向き直ると、上から下まで眺められた。
何かおかしなところがあっただろうかと見直してみたが、よくわからない。

「何だよ、さっきの子よりマジで可愛いじゃん。」
「だからさっきからそう言ってんだろォ。」
「さっきの子?」
「さっきさー、荒北と付き合いたいって子が来てたんだよ。名前なんつったかなぁ。」

身体的特徴を聞く限り、それはおそらくユカさんだ。
ユカさんと比べて可愛いと言われるなんてお世辞だろうか。
戸惑いながら靖友くんを見上げると、ニッと笑った。

「雛美チャンのが可愛いに決まってんだろ。」

”じゃぁな”と手を上げて、靖友くんは歩き出した。
私は他の人に軽く会釈して、靖友くんの隣に並んだ。
それに気づくと、そっと手を握ってくれる。
手を繋いで外を歩くなんて殆どしたことなくて、やたらドキドキする。
今日一日で、嬉しい言葉をたくさんもらった。
幸せすぎて夢なんじゃないかと思う。

「何ニヤついてんのォ?」

気づけば、そう言いながら靖友くんが私を覗き込んでいた。
その顔はとても嬉しそうで、私の顔はますます緩む。

「幸せだなぁと思って。」
「……俺もォ。」

目を逸らした靖友くんの耳は真っ赤になっている。
恥ずかしい時目を逸らすのは、クセなのかな。
そんな靖友くんが可愛くて仕方がなかった。


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