文字に恋する*01


人を好きになることなんてないと思っていた。
父方も母方も離婚者が多く、私の両親も離婚している。
小さい頃からそんな環境にいたせいか、私は人を好きになるというのがよくわからない。
両親からはそれぞれ愛されたとは思う、だけど。
その二人の間に、愛なんてなかったから。
一人だけを愛するなんて夢物語で、現実味がないと思っていた。



親元を離れたくて入学した寮のある箱根学園。
その入学式に配られた名簿を見て、私は今まで感じたことのない気持ちに胸が締め付けられた。
"荒北靖友"と書かれたその文字を見た瞬間に、私の中で確信した想い。
今まであり得ないと思っていた感情。
私は、絶対にこの人に恋をする。
なぜかそう、信じて疑わなかった。



その人物と実際に会えたのはその2日後だった。
体調不良かと思い少し心配もしていたが、その風貌を見てサボりだと確信した。
今時見ることも早々ないリーゼントに、着崩した制服、ガニ股で不良特有の肩を揺らした歩き方。
その全てがやけに子供っぽく見えて、笑ってしまった。
なんて可愛い人なんだろう。
話し声が大きいのも、いつも不機嫌なのも、すぐ怒鳴るのも、可愛くて仕方がなかった。
これが恋愛フィルターか、恐るべし。
私は初めてのことばかりで、毎日がとても楽しかった。
そんな時、親睦を深めるためという名目で行われた席替えで転機が訪れる。
荒北くんの隣の席になってしまった女の子が嫌だと泣き出してしまったのだ。
問題の荒北くんはサボりでいなかったため、おかしな空気が流れた。
そこでその女の子がポツリと呟いた。

「お願い、誰か代わって。」
「いいよ、私と代わろう?」

待ってましたとばかりにその子のところへ行き、席を交換した。
窓際から二番目の、一番後ろの席。
見晴らしもいいし最高だ。
終始ご機嫌な私に、その子は深々とお礼を言った。
これが私と玲花のファーストコンタクトでもあった。



それからというもの、私は荒北くんを見かけるたびに声をかけた。

「おはよう、今日は珍しく朝からいるんだね。」
「ッセ。」

いつも返事はこんなもので、対した会話はしていない。
それでも恋愛フィルターごしの荒北くんは私にとって何より可愛くて、声が聞けるだけで幸せだと思える。
そんな私を見て玲花はいつも不思議そうに首を傾げていた。

「雛美ちゃんは、どうしていつもそんなにニコニコしていられるの?」
「毎日が幸せで溢れているからかな。」
「雛美ちゃんはすごいねぇ。」

天然や可憐という言葉がぴったりの玲花は、臆病で男の子が苦手だという。
あまりに免疫がないからと心配したご両親がエスカレーターだった女子校から編入させたそうだ。
席替えの一件以来懐かれて、気がつけばいつも一緒にいた。
荒北くんがいない時限定で。




荒北くんを観察するうち、いろんなことに気づいた。
寮生であること、ベプシと唐揚げが好きで、単車に乗ること。
勉強は苦手で気に入らないとすぐにサボること。
あとは、帰宅部であること。
授業にもまばらにしかこないし、教科書を開いているのも滅多に見かけない。
これではテストが大変だと思い、私はノートをコピーして荒北くんに渡した。

「もうすぐテストだけど、ノートとってないとわからないかと思って。よかったら使って?」

ジロリとこちらを一回睨みつけたかと思うと、めんどくさそうにではあるが受け取ってくれた。
無造作にカバンに突っ込まれたソレが活躍することはないかもしれないが、心が踊るようだった。
それを見た玲花に手招きされて行くと、がしっと腕を掴まれた。

「雛美ちゃんは、荒北くんが好きなの?」

耳元でヒソヒソと言う玲花の声がくすぐったくて、笑いながら少し距離をとった。

「あ、ごめん。くすぐっちゃった?」
「ううん、私こそごめんね。耳弱いんだ。それでさっきのだけど。」

うんうん、と身を乗り出してくる玲花を抑えつつ、何時もの声量で言い切った。

「そうだよ、私は荒北くんが好き。」

にっこり笑って見せると、玲花は口をパクパクさせて魚みたいになっている。
その姿がおかしくて笑っていたら、いつの間にか教室が静まり返っている。
あれ?と思っていると、あちこちから疑問の声が上がった。

「マジかよ。」
「小鳥遊のやつ今なんつった?」
「荒北とか、マジ趣味悪い。」

男子からも女子からも否定的な意見ばかりで、クスリと笑ってしまった。
荒北くんの良さに気づけるのは私だけでいい。
もちろん私のその声は荒北くんにも届いていたようで、ガタリと大きな音がして荒北くんは立ち上がった。

「ッセーんだよてめェらはよぉ!」

そう言い残し、乱暴に教室を出て行った。
君が一番うるさいよ、荒北くん。
可哀想に、玲花は涙目になっていた。

「雛美ちゃん…雛美ちゃんの好きな人って、本当にあの荒北くん?」
「うん、あの荒北靖友くん。」

そう言いながら頭を撫でてあげると、玲花は不思議そうに首を傾げるばかりだった。




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