17




部活が始まると、余計なことは考えていられない。
ロードのことだけ考えてペダルを踏む。
それなのに時折雛美のことだけは頭をちらつく。
会いたい。
部活が終わったら部屋まで行ってしまおうか。
びっくりすんだろうなァ。
そう思うと不思議と楽しくなってきた。
早く終わらせちまおう。
俺はそう決めて、速度を上げた。




外周が終わり部室に戻ると、まだあの女がいやがった。
ベンチに座ってたかと思えば立ち上がって駆け寄ってくる。
何かを察したのか、先輩たちが俺と少し距離を置いた。
辺りに充満したニオイで鼻がもげそうだ。

「靖友くん!お疲れ様ぁ。タオル使って?」
「いらねぇ。」

差し出されたタオルからもよくわからないニオイがする。
タオルを断り再び歩き出そうとした俺の腕に女がしがみついてきた。

「ユカ、待ってたんだよ!ねぇ、一緒にご飯いこ?」
「いかねェ。」
「美味しいパスタのお店知ってるの!それとも居酒屋の方が好き?」
「ッセ。」

どんなに振り払おうとしてもがっしりと掴まれて中々抜けない。
周りでニヤついてるやつらがうぜぇ。
俺はそれどころじゃねェんだよ。
早く帰りてェ。
うんざりしていると、微かに雛美の匂いがした。
まさかな。
そう思いつつも匂いのした方を辿ると、そこには間違いなく雛美がいる。
嬉しくて、気づけば叫んでいた。

「雛美チャァン!?」

俺の声に反応して、手を振ってくれた。
雛美が歩いてくるのを待つのがもどかしくて、俺は気づけば走っていた。
部活の疲れなんて飛んで行った。

「どしたのォ?」
「話したいことあって、来ちゃった。ごめんね。」
「それは別にいいけど、金曜まで待てなくなっちゃったァ?」

会いたいと思っていた日に、会いに来てくれた。
まるで思っていたことが通じていたようで、俺の顔は緩みっぱなしだ。
化粧のせいだろうか。
いつもと違って少し大人びた雰囲気の雛美はすごく可愛い。
今すぐ抱きしめてしまい衝動を必死に抑えて、そっと髪に触れた。
ふわふわしてんのがすげぇ似合う。
暫く匂いを堪能していると、雛美がふと顔を上げた。

「あ、えっと。この子が優衣、前に話したよね。」
「どうも、初めまして荒北クン。でも雛美、私が言いたいのはそっちじゃない。」
「アー、どうも、優衣サ……うぉっ」

この人が雛美の友達か。
挨拶をしようとすると、唐突に背中に何かがぶつかってきた。
振り向くまでもない。ニオイからして、あの女だ。

「靖友くーん、待ちくたびれちゃったぁ。早くご飯食べに行こうよー。」
「ッセ、離せっつの。」
「そんなこと言わないでよぅ、さっきは手ぇ繋いでくれたじゃん。」

繋いだんじゃなくてテメェが勝手に絡めてきただけだろうが。
そう思いながらも雛美の前で乱暴にするわけにもいかず、軽く押しやる。
それでもなおくっついてくるこいつに、怒鳴りつけてしまいそうだ。
雛美の方に目をやると、ちょうどこちらを向いた所だった。

「ごめん、ちょっとだけ話……いいかな。」
「おう。」

困ったように笑う雛美の声に、いつもの元気がない。
会えて嬉しいのは俺だけだったのかと少し不安になった。
それでも繋がれている手は暖かくて、気持ち良い。
手から気持ちが伝わんねぇかな、なんてバカみたいなことを考える。
少し歩いて、二人きりになった。
立ち止まった雛美を、驚かせないようにそっと抱きしめた。

「すげー可愛いね、今日。どーしたのォ?」
「ありがと、優衣にしてもらったんだ。」

ふわふわの髪に顔を埋めると、雛美の匂いが俺を満たしていく。
匂いだけで俺を幸せにできるのなんて雛美くらいだと思う。
ずっとそうしていたいくらいだったのに、雛美に手を解かれた。
向き直った雛美の表情は、何故かとても痛々しい。

「あのね、靖友くん。私、靖友くんが大好きだったよ。大好きだから、幸せになってほしいな。」
「……どういう意味?」
「もう、会うのやめよ。」
「なんっ……でっ!」

頭を鈍器で殴られたような感覚になった。
雛美が何を言っているのかわからない。
俺は言葉より先に体が動いた。
捕まえていないとどこかに消えてしまいそうな雛美を、思いっきり抱きしめた。
意味わかんねぇ。どういうことだよ。
言いたい言葉が、声にならない。
会いたいと思ってたのは、俺だけかよ。

「今日、で、最後に、するから……。」
「俺のこと嫌いになったァ?」
「ううん。」
「他に好きなヤツでもできたァ?」
「そんなのっ……出来るわけ、ないよ。」

嫌いじゃない、好きな奴ができたわけでもない?

「なら、なんでっ……。」
「靖友くん……泣いてるの……?」

気づけば視界は歪み、雛美の髪を濡らしていた。
歯を食いしばっても、すぐには止まらない。
雛美を離して、腕で無理やり拭った。

「振られて”はいそーですか”って言えるほど、軽い気持ちじゃねェんだよ。」
「振られてって、それは私の方じゃ……?」
「……ナニ言ってんのォ?」
「え、だって靖友くんはアキチャンと付き合ってるんだよね?」
「何でアキチャンのこと知ってんの?」
「うん?さっきの子がアキチャンでしょ?」

雛美の言っている意味がわからない。
そもそも猫派だと思っていたから、アキチャンの話をした覚えもない。
つじつまの合わない話に首をかしげる雛美に、アキチャンの画像を突きつけた。

「これがアキチャン。」
「え、だってこれ人じゃな」
「雛美チャンが何勘違いしてんだか知らねェけど、俺が付き合ってんのは雛美チャンのはずなんだけどォ。」
「……へ!?」

驚かれたことに、驚いた。
一体今まで俺をなんだと思ってたんだよ。
それでも泣きながら笑う雛美が愛しくて、そっと胸の中に引き寄せた。

「泣くか笑うかどっちかにしろよ。」
「ご、ごめっ……あの、ごめ。よくわかんないんだけど……。」
「アキチャンは実家の犬。」
「はい……。」
「あの女はよく知らねェけど、最近付きまとってきてウゼェ。」
「うん……?」
「で、俺も雛美チャンに聞きたいことあんだけどォ。」
「何でしょうか……。」

畏まる雛美は、怯えた目で俺を見上げた。
怒られる犬のようなその仕草に頬が緩みそうになりながらも必死に耐えた。
だんだん真っ赤になった雛美は、俯いてしまった。

「付き合ってるつもりだったの、俺だけだったってこと?」
「ごめんなさい。」
「おい」
「ごめんなさ」
「雛美チャン」
「ごめ」
「もーいいからァ。」

何を言っても謝罪しかしない雛美に、怒る気にもなれない。
それでも”遊びの関係”だと思われていたことには少なからずショックを受けた。
少しくらい、意地悪したって許されんだろ。

「俺そんなに軽そォに見える?」
「ううん、そういうんじゃなくて……。」
「じゃぁナニ。」
「……うー……。」
「言えよ。」
「好きとか、言うのいつも私ばかりで……付き合ってとかも言ってないし、なんかその……私って都合のいい相手なのかな、とか……。」

言われた言葉に驚いた。
いつも伝えているつもりでいたその言葉を、俺は口にしたことがなかったらしい。
雛美に指摘されて初めて気づいたことに、頭が痛くなる。
誤解をさせたのは、俺の方だ。

「雛美チャン。」
「はい……。」
「好きだよォ。」
「ふぇ?」

初めてがこんな面と向かっていうハメになるとはな。
顔が熱くて、雛美を見ることができない。
もう一言だけ、声を振り絞って”付き合って”と言うと腕の中から雛美が消えてしまった。

「雛美チャン!?」
「ごめ。あの、嬉しくて。ごめ……私も好きぃっ。」
「ン、知ってるー。」

ペタン、と座り込んでしまった雛美は、嬉しそうな顔でそんなことを言う。
こんな顔で伝えられる雛美はやっぱすげぇ。
しゃがみこんで顔を覗くと、ふにゃりと無防備な顔で笑う。

「会わないとか言って、ごめんね。」
「ヤダ。」
「え?」
「あとでお仕置きだからァ。」

”お仕置き”なんてするつもりはない。
俺が撒いた種だからな。
そんな俺でもまだ好きだと言ってくれる雛美が好きでたまらない。

「返事はァ?」
「え?」
「さっきの。」
「お、お仕置き?」
「ちっげーよ!その前!」

上手く伝わらない意図にモヤモヤする。
こんなにも伝わりづらいのだから、雛美は今までどれくらい不安だったんだろう。
申し訳ない気持ちがありつつも、早く言わない雛美にモヤモヤする自分がガキすぎて嫌になる。
柔らかそうな頬を引っ張ると、雛美の眉毛が下がって面白い顔になる。

「はにゃひて。」
「ちゃんと答えるまでダメ。」
「これひゃ無理らお。」

俺が離すのを大人しく待つ雛美がおかしくて、口から笑いが漏れていく。
無理やり引き離すことだって出来るだろうに。
困った顔で見つめる雛美に手を離してやろうかと思っていると突然飛びついてきた。
スリスリとおでこをすり寄せられては、頬を引っ張る方が難しい。

「ちょ、雛美チャァン!?」
「好きだよ!」
「お、おう。」
「大好き!」
「あんがとねェ。」
「だからよろしくお願いします!」

雛美の息が胸元に当たって熱い。
そこから熱が広がるようにして、俺は顔まで熱くなる。
可愛すぎんだろ。
必死な様がどうしようもなく愛しくて、緩む口元を手で覆った。

「それ、反則だからァ。」

クスリと笑う雛美に舌打ちをすると、眉が少し下がった。
んなちっせーこと、何とも思わねぇよ。
ゆっくり顔を近づけると、大きな瞳が閉じられていく。
俺はその唇にそっと口づけた。


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