17





暫く二人で泣いた後、優衣が突然立ち上がった。

「ねぇ、うちの大学なんだよね?」
「え?あ、うん。」
「まだいると思う?」
「部活で遅い日だったはずだからまだいると思うけど……?」
「よし、シャワー浴びてきて!」
「へ!?」
「うんと可愛くして見返してやろ!」

不敵な笑みを浮かべた優衣に逆らうことができずに、私はそのままお風呂場に押し込まれた。
暖かいシャワーを浴びると、何だか頭は妙にさっぱりしてきた。
これから大学へ靖友くんを探しに行くなんて、本当なら気が重いはずだ。
振られにいくようなものなのに、目一杯泣いたおかげだろうか。
優衣が一緒にいてくれるからかもしれない。
ドロドロのメイクも落として、顔もさっぱりした。
部屋着に着替えてリビングに行くと、優衣も顔を洗ったらしくお互いすっぴんだ。

「何か、すっぴんなんて久々に見たよね。」
「うん、雛美はあんまり変わらないよねー。」
「そう?優衣はちょっと痩せたよね。」

そんな話をしながらメイク道具を広げる優衣に、私は首をかしげた。
シャドウだけでも10色はありそうなのに、こんなに必要なんだろうか。

「これ全部使うの?」
「うん、雛美にね。」
「私?」
「私が、雛美を世界で一番可愛くしてあげる。」

任せて、と言い切る優衣に私は全てを預けることにした。








優衣のメイクはすごかった。
どこかで習ったのかと聞けば”独学だよ”と言ってたけど、いつもの自分と全然違う。
目は大きいし、肌はつやつやで唇はプルプルだ。
髪も巻いてくれてふわふわになっていて、鏡の中には見たことのない自分がいる。
そんな私の隣で、優衣は得意げになっている。

「なんか、すごいね。」
「言ったでしょ?私が世界で一番可愛くしてあげるって。」
「あり、がとね。」
「こらー、泣いたら崩れるよ!荒北くんだっけ?見返してやろうよ。」

そう言いながら優衣は、私のクローゼットからあのワンピースを出してきた。

「これ、雛美にしては思い切ったワンピースだと思ったけどさ。これ、すっごく似合ってたよ。」
「えへへ、ありがと。靖友くんと何かあるときは、いっつもこれ着てる気がするなぁ。」

出会った時も、助けてもらった時も、今回も。
このワンピースは靖友くんとの思い出が詰まってる。
最後に相応しいと思い、私はワンピースに着替えた。
玄関に行くと、優衣が待っていてくれた。

「私がついてるよ。」
「ん、ありがと。……ねぇ、優衣。」
「なに?」
「優衣には、私がついてるからね。」

優衣は目を丸くしたかと思うと、力いっぱい抱きしめられた。
突然のことに驚いていると、耳元で小さく”ありがと”という声が聞こえた。
大丈夫、私たちは一人じゃない。
私たちは手を繋いで、歩き出した。




何を話そうか、どうやって切り出そうか。
頭の中でグチャグチャになる度に、”大丈夫だよ”と優衣が言ってくれた。
もし泣いてしまっても、気持ちだけははっきり伝えよう。
言いたいことちゃんと伝えて、綺麗にお別れしよう。
私は深呼吸して、大学の門をくぐった。




場所がわからなかった私たちは、事務で自転車部の場所を聞いた。
優衣のおかげで疑われることもなく教えてもらえてホッとする。
優衣の道案内で部室へ向かうと、かすかに人の声がする。

「靖友くん、だ。」
「あの中にいるの?」
「多分。見えないけど、声がする。」

既に辺りは暗くなっており、遠くにある顔までは見えない。
だけどその声は確実に靖友くんの物だった。
胸が張り裂けそうなほど痛んで立ち止まってしまった私の背中を、優衣が優しくさすってくれる。

「ちゃんと、自分で言える?」
「……うん、大丈夫。自分でちゃんとやるから、優衣は見ててね。」
「うん、わかった。」
「けど……後で泣かせてね。」
「……うん。」

笑いかけると、優衣は眉をハの字に下げてしまった。
そんなにひどい顔で笑ってしまったのかと思うと申し訳なくなる。
それでも”頑張れ”という優衣の言葉に背中を押されて、私はもう一度部室へ向かって歩き出した。
だんだん近くなる人影が、間違いなく靖友くんのものだとわかる頃、あちらも私たちに気づいたらしい。
靖友くんがこちらを見たかと思うと、大きな声で名前を呼ばれた。

「雛美チャァン!?」

軽く手を振ると、靖友くんが駆けてきた。
それを追うように、もう一つの影もこちらに近づいてくる。

「どしたのォ?」
「話したいことあって、来ちゃった。ごめんね。」
「それは別にいいけど、金曜まで待てなくなっちゃったァ?」

嬉しそうに笑うその顔を見るのが辛い。
頭を撫でてくれる手がいつもより優しいのは、髪型のせいだろうか。
中々切り出せないでいる私を、優衣が軽くつついた。

「あ、えっと。この子が優衣、前に話したよね。」
「どうも、初めまして荒北クン。でも雛美、私が言いたいのはそっちじゃない。」
「アー、どうも、優衣サ……うぉっ」

靖友くんが言い終わる前に、誰かが靖友くんに突進した。
それは先ほど、靖友くんを追うように歩いてきた女の子だった。
私が今日見たその子に間違いない。
”アキチャン”だ。

「靖友くーん、待ちくたびれちゃったぁ。早くご飯食べに行こうよー。」

甘えるように話すその声に、胸がズキズキする。
私と同時に居合わせていることに焦っているのか、靖友くんは眉間に皺を寄せている。

「ッセ、離せっつの。」
「そんなこと言わないでよぅ、さっきは手ぇ繋いでくれたじゃん。」

見ているのが、辛い。
何かを口にすると、涙が先に溢れてしまいそうだ。
私は唇をぐっと噛み絞めた。
このままじゃいけない、ちゃんと言わなくちゃ。
顔を上げると、靖友くんと目が合った。

「ごめん、ちょっとだけ話……いいかな。」
「おう。」

不思議そうな目で私を見つめる靖友くんの手を引いて、私は歩き出した。
ついてこようとした”アキチャン”を優衣が止めてくれる。
夜だからか人の少ない構内では、すぐに二人きりになることが出来た。
立ち止まった私を、靖友くんが後ろから抱きしめてくれた。

「すげー可愛いね、今日。どーしたのォ?」
「ありがと、優衣にしてもらったんだ。」

じゃれる様に私の髪に鼻をこすりつける靖友くんはすごく楽しそうだ。
これが最後なんだと思うと、私は上手く笑えない。
靖友くんの手を解き向き直ると、深呼吸した。

「あのね、靖友くん。私、靖友くんが大好きだったよ。大好きだから、幸せになってほしいな。」
「……どういう意味?」
「もう、会うのやめよ。」
「なんっ……でっ!」

その瞬間、私は強く抱きしめられた。
痛いほどのその力が嬉しく感じてしまう私はどうかしてる。
気づけば頬には涙が伝っていた。

「今日、で、最後に、するから……。」
「俺のこと嫌いになったァ?」
「ううん。」
「他に好きなヤツでもできたァ?」
「そんなのっ……出来るわけ、ないよ。」

靖友くん以上に好きになれる人なんて出来る気がしない。
こんなに私を受け入れてくれる人が、他にいるなんて思えない。

「なら、なんでっ……。」
「靖友くん……泣いてるの……?」

顔こそ見えないけど、声が震えている。
どうしていいかわからずにいると、靖友くんは腕を緩めて乱暴に涙を拭った。

「振られて”はいそーですか”って言えるほど、軽い気持ちじゃねェんだよ。」
「振られてって、それは私の方じゃ……?」
「……ナニ言ってんのォ?」
「え、だって靖友くんはアキチャンと付き合ってるんだよね?」
「何でアキチャンのこと知ってんの?」
「うん?さっきの子がアキチャンでしょ?」

話しが全く噛み合わない。
首をかしげている私に、靖友くんはスマホを突きだした。

「これがアキチャン。」
「え、だってこれ人じゃな」
「雛美チャンが何勘違いしてんだか知らねェけど、俺が付き合ってんのは雛美チャンのはずなんだけどォ。」
「……へ!?」

一体どういうことだろう。
付き合ってる?私が?靖友くんと?
何が何だかさっぱりわからない。
嬉しい気持ちと混乱で頭がぐちゃぐちゃになっている。
そんな私を見て靖友くんは優しく抱きしめてくれた。

「泣くか笑うかどっちかにしろよ。」
「ご、ごめっ……あの、ごめ。よくわかんないんだけど……。」
「アキチャンは実家の犬。」
「はい……。」
「あの女はよく知らねェけど、最近付きまとってきてウゼェ。」
「うん……?」
「で、俺も雛美チャンに聞きたいことあんだけどォ。」
「何でしょうか……。」

嫌な予感しかしない。
どう考えても私の勘違いで、一人で空回りしてただけだ。
それに靖友くんも、優衣までも巻き込んで私は一体何をしていたんだろう。
頭が沸騰しそうだ。
私は顔を上げることが出来なかった。

「付き合ってるつもりだったの、俺だけだったってこと?」
「ごめんなさい。」
「おい」
「ごめんなさ」
「雛美チャン」
「ごめ」
「もーいいからァ。」

謝ろうとするたびに言葉を重ねられて、まともに謝らせてもらえない。
意を決して顔を上げると、靖友くんが口を尖らせている。
怒っているわけじゃ、ないんだ。

「俺そんなに軽そォに見える?」
「ううん、そういうんじゃなくて……。」
「じゃぁナニ。」
「……うー……。」
「言えよ。」
「好きとか、言うのいつも私ばかりで……付き合ってとかも言ってないし、なんかその……私って都合のいい相手なのかな、とか……。」

言ってて情けなくなる。
尻すぼみになる言葉に、靖友くんはため息をついた。
あぁ、きっと呆れてる。
本当に嫌われてしまう気がした。

「雛美チャン。」
「はい……。」
「好きだよォ。」
「ふぇ?」

突然の言葉に顔を上げると、暗がりでもわかるくらい靖友くんの顔は真っ赤になっていた。
小さな声で”付き合って”と言われて、私は力が抜けて座り込んでしまった。

「雛美チャン!?」
「ごめ。あの、嬉しくて。ごめ……私も好きぃっ。」
「ン、知ってるー。」

靖友くんは私の前にしゃがみこんで頭を撫でてくれた。
不安と哀しみで一杯だったはずなのに、今は幸せで溢れてる。

「会わないとか言って、ごめんね。」
「ヤダ。」
「え?」
「あとでお仕置きだからァ。」

そう言ってにやりと笑う靖友くんはどこか嬉しそうだ。
私の手を引き立ち上がると、屈んで私の目線に合わせてくれた。

「返事はァ?」
「え?」
「さっきの。」
「お、お仕置き?」
「ちっげーよ!その前!」

むにり、と私の頬を引っ張って靖友くんは口を尖らせている。
ちゃんと返事をしなければ、と思うのに頬から手が離れることはない。

「はにゃひて。」
「ちゃんと答えるまでダメ。」
「これひゃ無理らお。」

靖友くんは私を見ながらクツクツと笑っている。
これもしかして、お仕置きなのかな。
私は思い切って、靖友くんに抱き着いた。
顔を埋めると頬にあった手は自然と離れていく。

「ちょ、雛美チャァン!?」
「好きだよ!」
「お、おう。」
「大好き!」
「あんがとねェ。」
「だからよろしくお願いします!」

言った、言ってしまった。
結構な大声で言ってしまったことがとても恥ずかしい。
暫くしても返事が返ってこなくて、私は少し不安になった。
ゆっくりと顔を上げると、靖友くんは口元を抑えて私を睨んでいる。

「それ、反則だからァ。」

真っ赤な靖友くんがそんなことをいうもんだから、可愛くて仕方がない。
私の頬が緩んだのを見て、靖友くんが小さく舌打ちをした。
怒らせたかな、そう思ったけどそれは杞憂だったようだ。
優しい顔が、ゆっくりと近づいてくる。
私はそっと目を閉じた。



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