16





それからまた暫く、平和な日が続いていた。
毎日連絡をとり、週末は靖友くんが泊りにきてくれる。
時々部活のミーティング兼飲み会というので来れない時もあったけど、そんな日は必ず電話してくれた。
ふと、付き合ってるんじゃないかと錯覚するたびに自分を戒めた。
そんな関係でも私はまだ”付き合って欲しい”と言い出せないでいた。
何度体を重ねてもその一言が言えないのは私が臆病だからだろう。
私の中で靖友くんの存在が大きくなりすぎて、失うのが怖くて仕方がなかった。
そんな時、優衣から突然電話がかかってきた。

「もしもし?どうしたの?」
「雛美、ごめっ……。何か、もう、わかんなくて……。」
「うん?何かあったの?」
「彼氏が、浮気してるかも。で、何かもう、ダメかもっ……。」

”浮気”という言葉にビクリとした。
泣いている優衣に”アキチャン”が重なる。
私が靖友くんを想うということは、こういうことなのだと目の当たりにして私はひどい罪悪感に苛まれた。

「ごめん、今は仕事だから無理だけど……夕方会える?」
「ん……今日講義、夕方まであるから……。そのあとでもいい?」
「うん、大丈夫。そっち迎えに行くから。仕事終わったら連絡するね。」

泣きじゃくる優衣に謝って、私は電話を切った。
優衣に謝ることで、私は”アキチャン”に謝っているような気分になった。
本当に謝らなければいけない相手は優衣ではない。
それでも、自分のしたことの大きさに胸が潰されそうで。
私は午後の仕事に殆ど手を付けることが出来なかった。






仕事が終わり、優衣にメッセを送って大学へ向かった。
まだちょっと用事が残っているとかで、私は門の外で優衣を待った。
どうやって慰めればいいんだろう。
自分のことと重なって、いい言葉が見つからない。
とにかく、状況を優衣から聞かなければ何もできない。
私は優衣が見つけやすいように、門の横に移動した。
すると、目の前に見慣れた背格好をした人物が目に入る。
靖友くんだ!
駆け寄りたい衝動に駆られつつも、私は葛藤していた。
私が靖友くんと関われば関わるほど、優衣が悲しむのと同じようにきっと靖友くんの彼女も悲しむんだろう。
自分が優衣を傷つけているような気すらしてきた。
とにかく今は靖友くんに会ってはいけない気がして、私は門の外に戻った。
会ってはいけない、でも見るだけなら……。
私はそっと中を覗き込んだ。
靖友くんは隣の女の子とじゃれ合うように話している。
ただそれが、羨ましかった。
少しして立ち上がった2人は、腕を組んで歩き出した。
正確には女の子が靖友くんの腕に自分の腕を絡めて引っ張るようにどこかへ行ってしまった。
”あぁ、あれがアキチャンなんだ”
ふわふわした可愛い服を着て、髪も綺麗に巻いていた。
私には似合いそうにない女の子らしい服装の彼女は、靖友くんにぴったりだ。
そう納得したはずなのに、私の頬には涙が伝っている。
ごめんなさい、そう呟くと遠くから優衣の声が聞こえた。
私は慌てて涙を拭って、声のする方へ顔を向ける。
駆けてきた優衣は私を見るとまた泣き出してしまった。
外では気まずいだろうから、と私は優衣を家に連れて帰った。







部屋に入り優衣を座らせて、タオルとミネラルウォーターを手渡した。

「これで少し冷やした方がいいよ。」
「ん、ありがと。」

少し笑った優衣の顔が痛々しくて、私は目を背けてしまった。
対面に座るのが辛くて、優衣の横に腰を下ろした。
優衣は暫く泣きながら、最近あったことを話してくれた。
借りる部屋の候補を3つほどに絞ったあたりから、彼氏があまりその話をしなくなったこと。
忙しいのか連絡が少し減り始めて、先週は電話もしてないこと。
そして今朝、彼氏が友達と手を繋いでいるのを見てしまったこと。
だから私に電話してきたのだ、と。

「仕事中に、ほんとごめん。」
「ううん、それは気にしなくていいよ。私こそ……ごめん。」
「え?」
「優衣が頼ってくれてるのに、私は優衣の友達と同じこと……ううん。もっと酷いこと、してる。」
「どういう……こと?」
「本当に、ごめん。」

私は自責の念に堪えられなくなり、靖友くんのことを話した。
優衣が頼ってくれればくれるほど、私は自分がとても醜い存在だと知らされる。
自分がここにいることすら、悪いことのような気さえした。
だから優衣には、正直に話した。

「その、前に学祭で会った人のこと好きになって。告白もしたんだけど、返事もらえてなくて。セフレ……みたいな。連絡くれたりうちに泊まりに来てくれるけど、彼女いるみたいで。」
「前言ってた気になる人ってその人…?彼女いるって、なんでわかったの?」
「うん、その人。寝ぼけて女の子の名前言ってて。今日、大学で仲良さそうに手を繋いでるの見ちゃった。」

突然の告白に、優衣は驚いたのだろう。
目を見開いたまま、固まってしまっている。
私は溢れそうな涙を必死に抑えた。
泣いていいのは、私じゃない。

「ねぇ、雛美。」
「なに?」
「それ、雛美のどこが悪いの?」
「……え?」

今度は私が驚かされた。
むしろ今の話で、私のどこが悪くないのかを聞きたいくらいだ。

「だって、人の彼氏とそういうのするとか……優衣の友達と、変わらないよ。」
「友達は、私の彼氏だってわかっててそうしてる。でも雛美は違うじゃん。誰かの彼氏かもって思って、諦めようとしてるんでしょ?」
「だって、ダメだもん!人の彼氏とか、ダメじゃん。ダメなんだよ、私……靖友くんのこと好きでいちゃ、ダメなんだよ……。」

涙が溢れて止まらない。
泣いちゃダメだと思えば思うほど溢れてくる。
優衣を慰めたかったはずなのに、どうしてこんなことになったんだろう。

「ごめ、優衣……ほんと、ごめっ……。」
「雛美が謝るのは、そこじゃないよ。私にちゃんと話してくれなかったことの方だよ。」
「ん……ごめん……。」
「迷惑かけるとか、思ったんでしょ。ほんっとバカ。」

だから悪い男に騙されんのよ、そう言いながら抱きしめてくれる優衣の肩は震えている。
優衣もきっと、泣いている。

「前の男も、その前の男も。雛美は悪い男にばっかり捕まるんだから。」
「……ごめん。」
「雛美の場合、悪いのはきちんと言わないその男の方でしょ。彼女いるのにそれ隠して他の女に手出したり、セフレにしたり。相当たち悪いよ。」
「でもっ」
「わかってる。雛美は本当にその人のこと大好きなんだよね。自分が悪いことにしてしまいたいくらい。」

優衣の声は震えていて、弱々しい。
私をぎゅっと抱きしめて、そっと頭を撫でてくれた。
その仕草が靖友くんと重なって見えて、私は涙を止めることが出来なかった。


←prev/目次/next→
story.top
Top




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -