13




箱学の練習は本当にハードだった。
総北と違い施設が立派で部員が多いこともあり、全ての練習を終えるころには外は薄暗くなっていた。
一日サポートをしていただけなのに、私の体にはしっかりと疲労が溜まっていた。
それでもなんとか最後の片付けを終えて部室に戻ると、ちょうど真ちゃんが出てくるところだった。

「真ちゃん、お疲れ様。」
「あぁ、雛美もお疲れ様。」
「ありがと! 今からホテル戻るの?」
「いや、この後飯を食いに行こうと誘われてな。」

真ちゃんが後ろを指すと、そこには昨日のメンバーが揃っていた。
私と目が合った隼人くんはひらひらと手を振っている。

「雛美ちゃんも行こうではないか!」
「あ、でも……」
「寮の夕飯なら、連絡しておけばいいよ。」
「ううん、そうじゃなくてね。真ちゃん、足のマッサージまだしてないんだ。」

そのままご飯を食べに行ってしまいそうな真ちゃんの手を掴んで私は立ち止まらせた。
不思議そうな顔をしている福富くんに事情を話すと、部室の一角を仕切って貸してくれるという。
”20分だけ”という約束でマッサージを始めると、何故か福富くん以外の三人は一緒についてきた。
ただ待つのが暇なのか、三人は私がマッサージしているのをじっと見ている。
仕切られた狭いスペースはぎゅうぎゅうだ。

「雛美ちゃんマッサージも上手なんだな。」
「見よう見まねだよ。」
「謙遜することはないぞ。」
「純太くんに教えてもらっただけなんだよ、ほんとに。」
「今度俺にもしてくれよ。」

”いつかね”なんて言葉を交わしながらマッサージを終えて外に出ると、酸素の濃さが気持ちいい。
流石にあの狭いスペースで5人もいては酸素が薄くなっていたんだろう。
私が深呼吸していると、やすくんに軽く頭をはたかれた。

「いだっ!」
「さっさと行くぞ。」
「叩かなくてもいいのに……。」

スタスタと歩いて行ってしまったやすくんを追いかけると、後ろから隼人くんたちの声が聞こえてきた。
なんだ、みんなまだいるんだ。
そう思って立ち止まると、やすくんが振り返って舌打ちをした。

「さっさとこいボケナス。」
「みんなまだいるじゃん!私待ってる。」
「あいつらはロードだからいいンだよ。」
「え?どういうこと?」

どうやらみんなは自転車に乗っていくらしい。
私だけ自転車がないので、じゃんけんで負けたやすくんがママチャリの後ろに乗せてくれるという。

「ママチャリなんてどこにあるの?」
「アー、借りたァ。つか、チャリくらい自分で乗れよ。」
「乗れたもん、昔は……。」
「今乗れねェんだろ。」

私は、自転車に乗ることが出来なかった。
正確には、一人で自転車に乗れないのだ。
小さなときは乗っていた気がするのに、ある日突然乗り方がわからなくなってしまった。
その時お父さんが自転車を処分してしまってから、私が何度ねだっても自転車を買ってくれることはなかった。
だから私は、未だに自転車に乗ることができない。
何も言い返せずにいると、やすくんが私の手を引いた。

「悪ィ。」
「ううん、私こそごめん。」

きっとやすくんの言葉に、大した意味などなかったのだ。
ただ冗談で言ったことだったはずなのに、軽く流せなかった自分に少し落ち込んだ。
やすくんに手を引かれるまま、私は自転車置き場へと向かった。







自転車の後ろに乗るのは久しぶりで少し怖かったけど、それ以上にやすくんが漕ぐ自転車は怖かった。
本人はふざけているつもりかもしれないが、さすが自転車部というかなんというか。
スピードが段違いでこれがママチャリだとは思えないくらいだった。

「ちょ!まって!むり!」
「しっかり捕まっとけよォ!」

私はやすくんのお腹にしがみつくようにして落ちないように必死だった。
目を開けていると移り変わる景色が早すぎて何を見ているかわからない。
私はやすくんの背中におでこをくっつけて目を閉じた。
真ちゃんと違ってすこし細いその体はとても暖かくて、何だか心地よかった。







「オイ。」

目を閉じたまましがみついていると、やすくんの声がする。
顔を上げるとそこはもうファミレスだった。
みんなは先にもう中に入っているようで、駐輪場には見覚えのあるロードが並んでいる。
やすくんは私が自転車から降りると鍵をかけ、すたすたと先に歩いて行ってしまう。

「待って!」
「おっせぇんだよ。」

慌てて手を掴むと立ち止まって、舌打ちされた。
それでも手を解かれないということは、怒っているわけではないのかもしれない。
歩幅の広いやすくんに置いて行かれないように、私はずっと手を握っていた。
駐輪場からぐるっと回って店の入り口までいくと、真ちゃんが外で待っていてくれた。

「真ちゃん!」
「雛美、大丈夫だったか?」

駆け寄って抱き着いた私をしっかりと抱きとめてくれた真ちゃんは、優しく頭を撫でながらそう聞いてくれる。
私は”うん、大丈夫”と答えてにっこり笑って見せた。
真ちゃんが目を細めて笑うこの顔が私は大好きだ。
真ちゃんは私の手を優しく引いて、席まで連れてってくれた。
後ろからやすくんの舌打ちが聞こえていたけど、どうしたのかと振り返れば目を逸らされてしまった。
席に座るとほぼ同時に、料理が次々と運ばれてきた。
どうやら私たちが来る前に注文を済ませていたらしい。
私の前にもサンドイッチとミネストローネが置かれる。

「これ誰の?」
「雛美の分だ。」
「頼んでくれたの?ありがとう!」

昨日来た時に、”次きたら食べたい”と言っていたのを覚えてくれていたらしい。
疲れすぎてあまり濃いものを食べたくなかったのでサンドイッチはぴったりだ。
そしてやすくんの前にもチキン南蛮定食が置かれているのに気付いた。

「みんなはやすくんが食べたいものよくわかるね。」
「「大体いつも一緒だからな。」」
「ッセ!」

パチくんと隼人くんが口を揃えていうもんだから、私は笑いがつい漏れてしまった。
それを見て舌打ちしたやすくんが機嫌悪そうに私の皿を眺めている。

「肉がねぇ。」
「ハム入ってるよ。あと卵も少し。」
「卵は肉じゃねェだろ。」

野菜が好きなんだと言えば、やすくんはチキン南蛮を一切れ私の皿に投げ入れた。

「葉っぱばっか食ってっからチビなんじゃねェの。」
「なっ!人をウサギみたいな言い方しないでよ!お肉だって食べれるもん!」

そう言ってサンドイッチを齧ると、中のレタスが上手く噛みきれず口からだらりと出てしまった。
慌てて口の中に押し込んだけど、それはしっかりみんなに見られていたらしい。
隣に座った隼人くんがぽそりとつぶやいた。

「うさ吉……。」

何のことかと首をかしげると、福富くんが私のお皿にポテトを入れた。
続いてパチくんがパスタを、隼人くんはオムライスを一口分入れてくれる。
昨日のことがデジャヴして、私は思い出した。

「ありがとう、けど……うさ吉って誰?」
「俺が飼ってるウサギだ。見るかい?」

そう言ってスマホで写真を見せてくれた。
ふわふわで目がクリクリしてて、すごくかわいい。
隼人くんの話では、学校で飼っているらしく今度見せてくれるという。
あれ、でもそういえば。

「私が、うさ吉に似てるの?」
「「「似てるな。」」」
「似てねーよ。」

やすくんを除いて3人がそう口を揃えて言った。
まさかウサギに似てると言われるとは思わず真ちゃんを見上げると、にこにこと笑っている。
背が低いからウサギなのかと聞けばそうではないと言われてしまい、一体どこが似ているのかさっぱりわからない。
その”うさ吉”との共通点は、野菜を食べていることくらいしかないと思うんだけど。
今度はレタスがはみ出さないように、私は慎重にかじった。






食事を終えて店を出ると、真ちゃんが手を引いてくれた。

「足元気を付けるんだぞ。」
「ん、大丈夫。」

私に合わせてゆっくり歩いてくれるのがとても嬉しい。
それがいつの間にか当たり前になってしまっていたことに、少し申し訳なさが沸いた。

「いつもありがとね。」
「なんのことだ?」
「んー、色々!」

本当に、色々とあり過ぎて何から感謝すればいいのかわからないけど。
笑いかければ、笑い返してくれる。それが今はとても嬉しい。

「そういえば。自転車、真ちゃんの後ろが良かったなぁ。」
「あぁ、俺はホテルへ帰るからな……荒北と何かあったのか?」
「うーん、早くてびっくりしただけなんだけど。」

そんな話をしていると、反対側の手を隼人くんが握った。

「帰りは俺と帰るか?」
「ほんとに?」
「雛美ちゃんがいいなら俺は大歓迎なんだけど。」

そういってウィンクする隼人くんに私は首をかしげた。
どうも、やすくんの話と違う気がする。

「ねぇ。やすくんが私を乗せてきたのは、じゃんけんで負けたからじゃないの?」
「じゃんけん?」
「やすくんがそう言ってたよ。じゃんけんで負けたから私を乗せることになったんだって。」
「靖友がそんなこと言ってたのか?」

クスクスと笑う隼人くんはとても楽しそうだ。
真ちゃんを見ても、事情を知らないらしく首を振るばかり。
そこへやすくんがやってきて、隼人くんの手を解いた。

「オラ、帰んぞ。」

そう言って私の手を掴んだところで、隼人くんがやすくんの肩を掴んだ。

「靖友、誰がじゃんけんで負けたんだって?」
「……ッセ!余計なこと言ってんじゃねェよ!」
「俺だって雛美ちゃん乗せて走りたいのにずるいじゃないか。帰りは俺が乗せてくよ。」
「新開のチャリなんか誰が乗って帰るんだよ。」
「靖友。」
「ぜってーイヤダ!」

私は安全ならどちらでもいいんだけど。
なんならいっそ歩いて帰ってもいい。
どうしたものか、と思っていると遅れて福富くんとパチくんがやってきた。
あの二人はどうしたんだというから事情を説明すると、パチくんが目を丸くしている。

「じゃんけんなどしておらんよ。荒北が自分が乗せると言ってきかんので任せたのだ。」

その言葉に驚いたのは私の方だ。
なんでやすくんはわざわざウソなんてついたんだろう。
2人の言い争いを見かねたのか、福富くんが咳払いをした。

「小鳥遊に決めてもらえばいいんじゃないのか。」
「それもそうだな。」
「チッ……。」
「で、雛美ちゃんは誰が良いのだ?」

誰が、と言われても”安全な人”としか言いようがない。
私は真ちゃんを見上げた。

「真ちゃんから見て、誰が一番安全運転?」
「俺だな。」

そう言って意地悪そうに笑う真ちゃんはとても楽しそうだ。
それでも”ちゃんと答えて”と言うと真ちゃんは4人を暫く見比べて、私に向き直った。

「早く帰りたいなら荒北、最低限の安全があるのは福富、揺れを感じないのは東堂、楽しく帰るなら新開と言ったところか。」
「俺の扱い酷くねェ!?」
「まぁ、やすくんは行きが行きだったし……。」

そういうとやすくんは舌打ちをした。
安全面で言えば、福富くんかパチくんだろうか。
隼人くんがこっちをじっと見ているのがちょっと辛い。
悩んでいると、真ちゃんが耳元でそっと囁いた。

「早く帰れば、それだけ長く話せるぞ。」

クスリと優しく笑ったその顔を見て、私の迷いはなくなった。
やすくんの腕をとり、自転車に向かって歩き出す。

「早く帰る!絶対落とさないでね!」
「ア!?お、おう。」

自転車に乗ると、私は真ちゃんに手を振った。

「またあとでね!」
「あぁ。気を付けてな。」
「それはやすくんに言ってー。」

そう言ったのと同時に、やすくんはペダルを回し始めた。
ぐんぐん進むその勢いに、私はまたしっかりとしがみ付いておでこを背中にくっつけた。
真ちゃんとは違う汗の匂いに、なんだか鼻がくすぐったかった。


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