06





スライダーは二人用しかなく、2人のうちどちらかが毎回見ているだけになってしまった。
私ばかり滑っている気がしてなんだか申し訳なくなる。

「たまには私が見学でもいいよ?真ちゃんと新開くんで行ってきたら?」
「雛美ちゃん、それはさすがにきつい。」

精神的に、そう付け加えて新開くんは苦笑した。
どういう意味だろ?
真ちゃんを見ると、ふっと笑って頭を撫でてくれた。
結局、真ちゃんか新開くんと滑るのを繰り返していると、荒北くんがやってきた。
この人はなんだか怖いし苦手だ。

「新開、俺と交代だってよ。」
「そうか、じゃぁ雛美ちゃんをよろしくな。そういえば尽八はどうしたんだ?」
「女どもにキャーキャー言われてそのまま泳いでンよ。」
「あいつらしいな。じゃぁ雛美ちゃん、またあとで。」
「うん、新開くん頑張ってね。」

そう言って手を振ると、新開くんは行ってしまった。
気まずいけど、真ちゃんがいるから大丈夫。
そう思ってスライダーに登ろうとすると、荒北くんに声をかけられた。

「そういや金城、福チャンがちょっとこいって。」
「福富が?」
「タイム競いたいんだと。」

真ちゃんが行ってしまう。
思わず真ちゃんの手をぎゅっと握ってしまった。

「せめて東堂か新開が戻ってからでも」
「なに、そいつ子守りが必要なくらいガキなわけェ?」
「いや、そういうわけでは…」

私のことを少し心配そうに見ながら真ちゃんがそう言いかけた時、荒北くんが空いていた私の手を握った。
握る力が少し強くてびっくりする。

「子守りなら俺がしててやンよ。さっさと行ってこい、福チャン待ってんだろォが。」
「雛美、すまない。すぐ戻る。」

急かすように競泳プールを指さして、少し怒鳴っている。
やっぱりやだなぁ、そう思っていると真ちゃんが申し訳なさそうにこちらを見る。
唇を尖らせて無言の抗議をしたけど、慰めるように私の頭を撫でると行ってしまった。
あぁ、なんて心細いんだろう。
よりによって荒北くんと2人きりだなんて。

「んで、これやんの?」

ダルそうに見上げる先にはスライダー。
でも荒北くんとなんて、嫌がられそうだし。

「う、うん。嫌なら別に……」
「クソめんどくせぇけど、福チャンに仲良くしろって言われてっからな。てめぇに付き合ってやんよ。」
「な!てめぇじゃない!雛美だよ、小鳥遊雛美!」
「へいへい、雛美チャン。」

そう言うと荒北くんは私の手を引いて歩き出した。
真ちゃんとは違う、少し細いその手はとても力強くてなんだか不思議な感じがした。







最初こそめんどくさそうに滑っていた荒北くんも、何度か滑るうちに慣れたのか進んで滑り始めた。

「雛美チャン、登んのおっせーよ。」
「ま、まってよ!そもそも歩幅が違うんだからっ!」

私も次第に慣れていき、階段でそんなやり取りができるくらいにはなった。
真ちゃんと違って全然優しくない荒北くんは口を開けば暴言しか出ないのに、一緒に遊ぶのは意外と楽しかった。
こんな友達今までいなかったなぁ。

「雛美チャン足遅すぎだろォ、てかマジで泳げねぇのな。」
「うるさいなぁ!ていうか、何で荒北くんが名前で呼ぶのー!私も呼び返すよ!」
「ハッ、好きにすればァ?」

東堂くんや新開くんに呼ばれてもなんとも思わなかったけど、荒北くんに呼ばれるのはなんだか違って聞こえる。
言い返すためにそう言ってみたけど、名前が出てこない。
荒北、何くんだっけ…?

「や、やとくん!」
「ハッ、それ誰だよ」
「え、違ったっけ?何だっけ?」
「おまっ、しつれーなヤツだな!靖友だよ、や、す、と、も!」
「なんだ、惜しいじゃん。」
「惜しくねェよ!バァカ!」

そう言って頭をグリグリされた。
結構痛い、その上バカとまで言われた。
なんだか無性に仕返ししたくなる。

「やすくんの方がバカじゃん!バカって言う方がバカなんだよ!」

デコピンしようと伸ばした手は、するりと避けられて掴まれた。

「てめ、誰がやすくんだヨ!バカって言った雛美チャンもバカなんじゃナァイ?」
「靖友くんだから、やすくんでしょ!4文字長いもん。ともくんが良かったの?ていうか、やすくんが先にバカって言ったんじゃん!」

怖いと感じていたはずが、今では罵り合っている。
でもなんだかそれがとても楽しかった。
やすくん、と呼ぶたびに反応する姿が面白くて何度もそう呼んだ。
よく見れば少し顔が赤くなっていて、不思議と可愛く見えてくる。

「好きにすれば、って言ったのやすくんでしょ!」
「そーだけとォ。ってか、俺らそんなに仲良くねぇだろ。」
「仲良くなれば問題ないじゃん?」

何か問題でも?そう聞くと、やすくんは頭を乱暴にかいた。
目をそらした今がチャンスだと思い、またやすくんのおでこ目がけて手を伸ばす。

「お前なァ……。」

不意打ちを狙ったはずが、またも私のデコピンは阻止される。
反動で少し引っ張られた時、パシンと背中から嫌な音がした。
胸部の圧迫感がなくなり、カシャンと何かが落ちる音がする。
それが私の水着が壊れた音だと理解するより先に、私は強く抱きしめられていた。

「悪ィ……。」

顔を背けたまま、やすくんはそう呟いた。
やすくんがさっきとは違う人に見えて、急に怖くなる。
頭の中を嫌なイメージが駆けていった気がした。

「や、やだ!離して!」
「てめっ……暴れんな!離れたら全部見えちまうだろうが!……何もしねぇからァ。」」

やすくんの言葉にハッとした。
引っ張られた時に水着の留め具が割れたらしく、胸を隠していた布は頼りなさげにぶら下がっているだけだ。
布の代わりに私を隠しているのは、やすくん自身だった。
頭を軽くポンポンと叩くやすくんの体は、真ちゃんとは全然違ってやけにドキドキする。
私の胸を隠すための行為だというのに、だんだん顔が火照ってきた。

「ど、どうしよ……。」
「何とか直んねぇの?」
「留め具が割れちゃってて……。」

腕を背中に回して確認するも、肝心の留め具が見当たらない。
体をよじると、やすくんにさらに強く抱きしめられた。

「ちょ、そんな強くしたら動けな」
「つーか動いたら見えンだろ。」

幸か不幸か、人通りの少ないところだったため他の人に見られることはなかった。
ただそれは、誰もこないことを暗に意味していた。
何とか腕を伸ばして、形だけ整えた。
でも肝心の留め具の代わりになるものはなく、人前には出られない。

「や、やすくん。ゴムとか持ってない?紐とか。」
「俺が持ってるわけ……お前、頭についてんじゃねェか。」

やすくんの手が頭に優しく触れて、まとめていた髪がぱさりと落ちた。
いつもはピンでまとめていたから忘れていたけど、水着になった時に結んだんだった。
ゴムを受け取ろうと少し離れると、布地がまたずれてしまってやすくんに抱きしめられた。

「お前もういいからしっかり抱きついてろ。」
「ごめん……。」

前を整えて、もう一度やすくんにしっかりと抱きつく。
やすくんの身長は、真ちゃんと同じくらいだろうか。
胸に耳を当てると、少し早い鼓動がトクントクンと心地よい音を奏でている。
それに釣られるように、私の鼓動も早まっていく。
真ちゃん以外の人とこんなに長くハグするのは初めてだな、なんて考えたものだから顔に熱が集まってきたみたいに熱くなる。
背中に時々触れるやすくんの手はとてもぎこちなくて、少しくすぐったい。

「こんなもんかァ?」
「あ、ありがと!」

やすくんが作業を終える頃には、恥ずかしくて顔が見れなくなっていた。
終わるや否や慌てて離れて、踵を返した。
これなら顔を見られなくて済むかな、そう思っていたら後ろからやすくんに水着を引っ張られてしまった。

「ちょい待ちィ。」

胸が圧迫されたから苦しいのか、やすくんに触れられて苦しいのかよくわからない。
だけどまた、背中に触れるやすくんの手がくすぐったいせいか苦しさは少し楽になった。

「やすくん、何?くすぐったいよ?」
「ゴムで止めたっつっても気休めにしかなってねェから、一人で歩くんじゃねェよ。」

やすくんが言うには、動くたびにゴムが外れそうになっているらしい。
やすくんがタオルを持って来てくれるのをここで一人で待つか、押さえてもらいながら更衣室まで戻るか。
選択肢はあってないようなものだ、私は後者を選んだ。

「んじゃまぁ、精々気ィつけて歩けよ、雛美チャン?」
「フラグ立てないで!」

ニヤリと歯茎が見えるほど意地悪そうに笑うやすくんは、優しいはずなのに性質が悪いと思う。
こんなタイプは出会ったことがないな、そう思いながらゆっくりと歩きだした。



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