08
タクシーに乗ると、車に酔ったのかまた顔色が悪くなり始めた。
住所を聞くと、しゃべることもできずに鞄を指さした。
促されるままに鞄を開けて免許証を取り出すと、その住所を運転手に告げる。
水を飲ませようにも弱々しく首を横に振るだけだ。
頭の中に、さっきの雛美の声が繰り返される。
俺ならいい、と雛美は言った。
そして、騙された、とも。
誰かを守りてェなんて思ったのは初めてだ。
支える手に、力が入る。
それに気づいた雛美が、少し顔をあげた。
「あら、きたく、……て、……れし…」
何て言ったかはわかんねェ。
けど名前呼んで笑うってこたぁ悪いことじゃねェだろ?
なぁ、雛美。
俺のもんになれよ、なんてまだ言えねェけど。
今だけは……思うだけなら、別にかまわねェよな。
雛美の家に近づくにつれ、見たことのある景色が増える。
そういえばこの辺りは時々走る道だ。
そう思っているとタクシーの速度が落ちた。
「お客さん、どのあたりですかね?」
どうやら告げた住所に近づいたらしい。
雛美はゆっくりと顔をあげて、そばのマンションを指さした。
「すんません、ここでいいっす。」
タクシーが止まっても、雛美はまだ動けずにいた。
顔色も随分悪い。
抱きかかえると、ぐったりと体を預けてきた。
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