06


繁華街につくと、飲食店からは良い匂いが漂ってきた。
部活帰りの腹にはかなりそそる匂いばかりだ。
時間的に仕事帰りのサラリーマンが多く、人がごった返している。

「腹減ったー。荒北何食いてぇ?」
「アァ? 肉。」
「お前、いっつもそれな。」
「ッセ。」

他愛ない話をしながらしばらく歩くと、匂いが変わった。
正確には、食い物じゃない匂いが混ざった。
そしてそれが雛美の匂いだと気づくのにそう時間はかからなかった。

「悪ィ、俺帰るわ。」
「え、おい!ちょ、待てって!」

気が付いたら走り出していた。
塩田の声が後ろで響いてるけどそんなの関係ねェ。
見るだけでいい、それさえ叶えばいい。
俺は必死に雛美の匂いをたどって走った。



人ごみをぬけて、雛美の匂いだけをたどる。
だんだん濃くなっていく匂い。この時ばかりは自分の嗅覚に感謝した。

「たまにはいい仕事すんじゃねェか。」

そして目の端に、あのワンピースが映った。
学祭の日に雛美が着ていたのと同じ、パステルカラーのワンピースだ。
そしてそれとほぼ同時に、雛美の声が耳に響いた。

「やっ…!」
「酷いな、雛美ちゃんは。アルコールでヘロヘロなんだろ?あそこで休もうよ。」

振り返るとそこには、雛美と男が一人いた。
俺以外の男が”雛美”と呼んでいることに吐き気がする。
気安く名前呼ばせてんじゃねェよ、という汚い独占欲にイライラする。
俺の彼女じゃねェ、だけど俺は―――。
雛美を目の前にして、そんな思考がループし続けていた。
でもそのループは、雛美の抵抗する姿を見た瞬間消え去った。

「や、やめてください!触らないで!」
「介抱してあげるってば。」
「やだっ……。」
「オィおっさん。無理強いはよくないんじゃナァイ?」

気が付くと声をかけていた。
放っておいたらきっとこいつは嫌がる雛美を連れ去ってしまう。
そんなん見てられっかよ!

「なっ…ただの痴話喧嘩だ。放っておいてくれ。」
「あ…らきたくん。助け……て……。」

名前を呼ばれ、助けを求められたことに安心したのもつかの間、真っ青な顔した雛美がそこにいた。
自分の中で、何かが切れる音がした。
次の瞬間考えるより先に体が動いた。
肩で息をしながらうずくまる雛美を強く抱き寄せた。

「痴話喧嘩な訳あるかボケナス!雛美に手ェ出してんじゃねぇぞコラァ!!」

腕の中で苦しそうに息をする雛美からは、アルコールの匂いがする。
無性にイライラした。
酒なんかに飲まれてんじゃねェよ。
このイライラが雛美に向けてなのかこの男に向けてなのかは自分でもわからない。

「立てるか?」
「何こいつ。雛美ちゃんの知り合い?」
「アァ?お前に関係ねぇだろ。つーか気安く雛美とか呼んでんじゃねェよ。」
「ゆか、わさん……私、帰ります……」

不機嫌そうに眉をしかめる男に、”お前よりは深い仲だよ”なんて言ってやりたい気もしたが、それどころじゃない。
ただ自分に助けを求めてくれた雛美を、この場から逃がしてやりたかった。

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