06
人生初の合コンにそわそわしていると、会場はなんてことないただの居酒屋でホッとする。
これなら気を使わずに済みそうだ。
ウーロン茶をオーダーすると、笹谷さんに小突かれた。
「ちょっと小鳥遊さん。ウーロン茶はダメだよ〜。せめてカクテルでしょぉ?」
「ごめんなさい、私アルコールは体質に合わなくて。」
「菜々の顔潰さないでくれるぅ?」
「帰れなくなるので、本当にごめんなさい。」
笹谷さんはプリプリ怒ってしまっているが、こればかりはどうしようもない。
私はパッチテストで腫れ上がるほど、アルコールに免疫がないのだ。
「菜々ちゃん、無理強いは良くないよ。飲まなくても楽しめればいいじゃん。」
「もー、湯川さんがそういうなら菜々はいいけどぉ。」
そういって助け舟を出してくれた人は、湯川さんというらしい。
ドリンクがそろうとそれぞれ軽く自己紹介をして、席替えをした。
私の隣には、あの湯川さんが座った。
「雛美ちゃんって呼んでもいいかな。」
そう言って微笑む湯川さんに、何故か嫌悪感を覚える。
私の頭の中で、荒北くんの「雛美」と呼ぶ声が反響する。
あの夜の事を思い出して、顔がほてるのを感じた。
それを返事だと思ったのか、湯川さんは一人で話し始めた。
適当に相槌を打ちながら聞いていると、肩に触れられたり髪に触れられたり、やたらスキンシップが多い。
触られたところから汚れていくような錯覚に囚われる。
湯川さんがぐいっと位置を近づけてきた時に、限界は来た。
「ごめんなさい、私化粧室に行ってきます。」
そういってその場から逃げた。
触れられるのも、名前を呼ばれるのも気持ちが悪い。
出来ることなら今すぐにでも帰りたかったけど、そういうわけにもいかない。
私はため息をついて、化粧室を出た。
席に戻ると、ウーロン茶がなくなっていた。
「あぁ、雛美ちゃんごめんね。ウーロン茶こぼしちゃったから新しいの頼んでおいたよ。」
「あ、すみません。ありがとうございます。」
「いいっていいって。それより敬語やめようよ。ね?」
そういってまた間合いを詰めてくる湯川さんが何だか怖かった。
お酒臭いし、たばこ臭いし、香水のキツい匂いもする。
全てが混ざり合って何とも言えない匂いになっていた。
”荒北くんの優しい匂いと全然ちがう。”
そう思うと急に涙が出てきた。
「あれ、雛美ちゃんどうかしたの?」
そういって背中を撫でてくれる湯川さんの手を振り払って、届いたばかりのウーロン茶を思いっきり飲んでから気づいた。
やばい、これウーロンハイだ。
湯川さんの匂いで鼻が麻痺して、アルコールの匂いがわからなかった。
喉が焼けつくように熱い。
「ゆ、湯川さんこれ……」
「あぁ、わかっちゃった?すこーしだけアルコール入れてもらったんだけど。良く気づいたね」
クスクス笑うこの人が心底怖い。
一刻も早く逃げたい。
「ごめんなさい、帰ります。」
私はテーブルにお札を一枚置いて、荷物をまとめて外へ出た。
後ろから笹谷さんの声がした気がした。
けど今はそれどころじゃない。
喉が熱くて痛い。涙も出るし気持ち悪い。
店を出て、立ち止まってしまった。
目の前がクラクラする。
「雛美ちゃん、大丈夫?送るよ。」
私を追って出てきた湯川さんが、私の腰に手をまわした。
嫌悪感で思わず突き飛ばしてしまった。
「やっ…!」
「酷いな、雛美ちゃんは。アルコールでヘロヘロなんだろ?あそこで休もうよ。」
湯川さんが指し示す場所は、ピンクのネオンの趣味が悪いホテルだ。
ニヤニヤと笑いながら尚も私に触れようとする。
私は必死で抵抗した。
「や、やめてください!触らないで!」
「介抱してあげるってば。」
「やだっ……。」
「オィおっさん。無理強いはよくないんじゃナァイ?」
錯覚だろうか、荒北くんの声が聞こえる。
こんなところにいるはずないのに、私はどうかしてる。
そう思いながらも顔をあげると、湯川さんの後ろに荒北くんが立っていた。
これは、夢…?
「なっ…ただの痴話喧嘩だ。放っておいてくれ。」
「あ…らきたくん。助け……て……。」
気持ち悪さと涙でうまく言葉が出てこない。
うずくまると、荒北くんの優しい匂いがした。
「痴話喧嘩な訳あるかボケナス!雛美に手ェ出してんじゃねぇぞコラァ!!」
そういって、強く抱きしめられた。
あぁ、暖かい匂いがする。荒北くんの匂いがする。
夢じゃないんだ。
「立てるか?」
「何こいつ。雛美ちゃんの知り合い?」
「アァ?お前に関係ねぇだろ。つーか気安く雛美とか呼んでんじゃねェよ。」
「ゆか、わさん……私、帰ります……」
荒北くんが支えてくれて、なんとか立ち上がる。
まともに前を見ることすら出来ない私を、荒北くんはその場から連れ去ってくれた。
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