02


4階につくと、後ろを歩いていたはずの小鳥遊チャンにぐいっと引っ張られた。
このままでは転ばせてしまうと思い、慌てて手を放す。

「優ぅぅぅぅ衣ぃぃぃぃ!」

小鳥遊チャンは泣きそうな、でも嬉しそうな顔で友達に抱き着いた。
俺もされてェ、そう小さくつぶやいて、慌てて手で口を覆う。
何言ってんダロ、俺大丈夫か。
これ以上そばにいたら、マジでどっかに連れ込みそうだ。
あンだけビビられて、自分に気があるとも思えない。
犯罪者にはなりたくねェな、と自嘲気味に俺は踵を返した。
すると後ろからまたあの可愛い声が聞こえる。

「あ、荒北さん!」
「なンだよ、迷子チャン。」
「ありがとうございました!何かお礼させて下さい!!」


礼ならもう十分にもらってる。
小鳥遊チャンと手ェ繋いで歩けただけで十分だヨ、なんて新開みたいなことは言えねーけど。
早くこの場から離れたくて、後ろ向きに手を振った。

「礼なんていらねェーヨ。じゃーなぁー」
「ま、まってくだ」

可愛い声が途切れた。
振り返ると、つまづいたのか前のめりにこけていた。
近寄ると胸元から谷間や下着が見えている。
多分本人は気づいていないんだろう。
反則ダロ、と思いながら起こしてやると、涙目になっていた。

「…プッ。迷子チャーン。何回転んだら気ィ済むんだヨ」
「…何度もすみません…」
「礼とかマジいーから。つか、足大丈夫ゥ?」
「大丈夫、です。本当に、何か…何でもするので!出来ることなら何でも!」
「んじゃベプシ一本おごってヨ。歩いて喉乾いたしィ?」
「そんなんじゃ全然足りないですから!何かもっとこう…ない…ですか?」


早く立ち去りたかったはずなのに、少し涙目のまま見上げられて、イタズラ心をくすぐられた。
鳴かせてェ。
その感情が、いつもなら絶対言わないことを口にさせていた。

「んじゃー、なンかして欲しくなったら連絡すっからさァ。迷子チャンの連絡先教えてヨ」
「は、はい!」


スマホをいじる手が可愛いなぁとか、すげぇいい匂いすんなぁとか考えてると、アドレス交換し終わっていた。
名前を入力するのが照れ臭くて、思わず"迷子チャン"と入れてしまった。
見上げた小鳥遊チャンの胸元がエロすぎて、思わず息を飲む。
これ以上ここにいたらマジでやべェ。
俺はベプシを頼んだことすら忘れて、足早に立ち去った。


頭を冷やしたくて、ビアンキに乗った。
溜まってるワケじゃねェ。のに、なんであんな欲情しちまったんだよ。
自分がよくわかんねぇ。
確かに笑った顔は可愛かった。染めてないけど手入れされてそーな髪はサラサラだったし、スッゲーいい匂いもした。
背はちっちぇーし細ぇけど、胸でけぇし。
アァ…?俺もしかして…

「ンだヨ、マジかヨ…」

自分の気持ちに気づいて舌打ちする。
この俺が一目惚れとか、ねーだろ…。
思いを打ち消すように、スピードを上げた。


いくら乗っても、頭から離れねェ。
あいつは麻薬か何かかよ、とまた舌打ちした。
どれだけ必死に回しても、チャリのことより小鳥遊チャンのことを考えちまう。
年聞くの忘れたな。
彼氏いンだろーな。
うち受けんのかな。
今何してンダロ。
ーーー礼ってどこまでしてくれンダロ。
そこまで考えて、頭を振る。
何やってんだ、俺。


ビアンキに乗ってても何も変わらない。
諦めて帰ってシャワーを浴びた。
時刻は16時。

「まだいンのかな…」

もしまだ大学にいたら。
そう思いながらダメ元で家を出た。


久々に、大学までの道を歩く。
いつもよりも、ゆっくり流れる風景にため息をついた。
ダメ元で出たはずなのに、俺はどこかで期待していた。
"一緒に歩けるかもしれない"そう思うとビアンキに乗る気にはなれなかった。
手ぐれぇなら、つなげるかもしんないしィ?
汗臭ぇとか、思われんのはごめんだし。
自分に言い訳をしながら歩いていると、あっという間に大学についてしまった。
考え事ばかりしていたせいか、軽く走っていたようだ。

「どんだけ会いたいんだヨ、俺…」

小さくつぶやくと、辺りを見回した。
まだまだ活気付いてはいるが、一般客よりも在学生方が多く感じた。
人混みであんな小せぇの見つけられっかよ、と少し離れようとした時だ。
小鳥遊チャンの匂いがした。
振り返ると、友達と2人で歩く小鳥遊チャンがいた。
まだ帰ってなかったことにホッとしつつも、声をかけられない。
結局また、俺は小鳥遊チャンのあとを少し離れて追って行った。


少しすると、小鳥遊チャンは友達と離れて大学を出て行った。
今しかねぇ、けど…
追いかけて話しかけるとか、俺ストーカーみたいじゃね?
モンモンとしていると、電話が鳴る。
ディスプレイには塩田の文字。
あぁ、この手があったナ。
塩田、今だけは感謝するわ。
そう心の中でつぶやいて、電話を切った。
そしてそのまま、小鳥遊チャンにかけた。

『も、もしもし?』
『あ、迷子チャーン?俺だけどォ。今大丈夫ゥ?』
『はい、大丈夫ですよ。どうかされたんですか?』
『ベプシ、おごってもらうの忘れたなーと思ってェ。今どこにいんのォ?』
『あっ…すみません。今は大学出てすぐくらいです。荒北さんはお近くにいますか?』
『んじゃそっち行くからァ、ちょっと待っててヨ』
『わかりました、ベプシ買っておきますね』
『アー、いいヨいいヨ。そっち行ってからにしヨ』
『…?わかりました、門出て左側にいるので』

臭い芝居しちまったなァと思いつつ、門へ向かう。
さっき出たばかりなのは知っていた。
ベプシなんてどうでもよかった。
ただ会いたかった。
門を出ると、小鳥遊チャンはまた足元を見ていて顔が見えない。
やべェ、緊張する…。

「迷子チャン。」
「あ、荒北さん。」
「ベプシ買いにいこーぜェ」
「はい!ていうか、お礼がベプシだけじゃ…」
「またそれェ?迷子チャンもしつけーなぁ。」
「私にできることなら何でもするので!何かないですか…?」
「…マジで何でもいーのォ?」
「私にできる範囲なら…」

会って話ができたらそれで良かった。
けど小鳥遊チャンがあまりにも健気だから、欲が出た。
どこまで叶えてくれンのか試したくなった。
俺、マジで性格悪ィ。

「じゃぁ今日これから付き合ってヨ」
「これからって…もう夕方ですけど。」
「なンかあんのォ?」
「いえ、何も…。私でよければどこまでもお供します。」


拒否られなかったことにホッとしつつも、とめどなく溢れる欲を押さえつける。
小鳥遊チャンの顔が見れない。
2人で歩くことが気まずいのか、色々と話を振られた。
正直、人と話すのは苦手だ。
つい乱暴な言い回しをしてしまう。
それでも必死に話してくれる小鳥遊チャンが、可愛くてたまらなかった。
その中で小鳥遊チャンが年上だと聞いて、思わず足を止めた。
マジかよ、見えねェ。

「迷子チャン、年上どころか中学生ぐれーにしか見えねーんだけどォ」
「ちょ、さすがにそれはないですから!どこ見てるんですか!」
「…雰囲気?てかあれだネ。いつまでも敬語じゃなくていーんじゃナァイ?」
「あ、荒北くん…?」
「オゥ。」
「雰囲気が中学生って…私どれだけガキっぽく見えてたの…。」
「中学生は冗談だヨ。けどォ、年上には見えなかったナ。…一部を除いてェ」

胸以外はネ、と小さく呟いて小鳥遊チャンを見ると、谷間が目に入る。
触りたい衝動を抑えつつ、視線をそらした。
幸いその呟きは小鳥遊チャンの耳には届かなかったようで、小鳥遊チャンは自分のワンピースとにらめっこしていた。


「ちょっと早ェけど、メシ食おうぜ」

洒落た店なんて知らねぇし、腹も減った。
どこまでオネガイ聞いてくれンのか試したいのもあって、いつも行く定食屋に入った。
ボックス席に座ってから失敗したと気づく。
正面に座った小鳥遊チャンの顔も、谷間も、俺を挑発してるようにしか見えなかった。
メニューとにらめっこを始めた小鳥遊チャンのおかげで胸は見えなくなり、少しホッとする。

「迷子チャン決まったァ?」
「ううん、まだ…。」
「何で悩んでんのォ?」
「カラアゲ定食と、サバ味噌定食。どっちも美味しそう〜」
「カラアゲなら俺の1個やんヨ。だからサバ味噌にしとけばァ?」
「えっ、いいの?」
「いいヨ。」
「じゃぁお言葉に甘えて…」

俺のもらって食うってことは、そんなにもう怖がられてねェのかも、なんて思いながら注文した。
定食がくるまで、小鳥遊チャンはまた色々話してくれていたが、俺の頭ン中は正直それどころじゃなかった。
常に見える表情、チラチラ見える谷間。
相変わらずいい匂いはするし。
なんつーか、無防備すぎじゃねぇの。
なんとか平常心を保とうとしていると、定食が運ばれてきて救われた。
1番でかいカラアゲを、小鳥遊チャンの飯の上に乗せてやった。

「それ、迷子チャンのナ。」
「ありがとう。 荒北くんもサバ味噌食べる?」
「オゥ。アンガトネェ」

カラアゲを口にした小鳥遊チャンを見ていたら、ふと目があってしまった。
慌てて目をそらされたことに少しばかりショックを受けた。
いや、俺もすぐ逸らすから人のこと言えねーわ。
そう呟いて、俺も飯を食い進めた。


店を出ると、辺りは暗くなっていた。
結局、何をしててもドキドキさせられる。
山より心臓に悪ィな、そう思いながら歩き出した。
どこ行くのかって聞かれても答えてやんねェ。
俺んちなんて言ったら、ついてこねェだろうから。
小鳥遊チャン、俺のオネガイどこまで聞いてくれんのーーー?

さほど遠くはない家までの道のり。
欲と不安に押しつぶされそうになりながら歩いた。
小鳥遊チャンの話はあまり頭に入ってこない。
気がつけば、家の前まで来ていた。
立ち止まると、小鳥遊チャンが背中にどんっとぶつかってきた。
ふわっと、また匂いが鼻をくすぐる。

「あ、ごめ…」
「いいヨ。てか迷子チャン、明日休みィ?」
「…? うん、明日は休みだよー。優衣ともっと遊ぶと思ってて有休とってたの。優衣は彼氏の所行っちゃったけどね。」
「じゃぁ大丈夫だネ」
「何が?」
「俺んち。」

何か言い訳をしている小鳥遊チャンの腕を掴んで、少し強引に連れ込んだ。


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