01


ダルい朝。けたたましく鳴り響く電話の音に起こされた。
電源を切り忘れて寝たことを後悔しながら、電話に出る。

「起きたかー、荒北ー」
「ンだよこんな朝っぱらからァ。今日は学祭で講義も部活も休みダローが!」
「だから起こしたんだっつーの。学祭つったらナンパだろ!お前もさっさと彼女作れよ。この童貞くぅーん」
「ッセ、二度と言うんじゃねぇつったろうがっ!」
「まぁとりあえず早く来いよ、先輩たちも待ってっからー」

ケラケラと楽しそうな笑い声の後ろには馬鹿でかい騒音。
きっともう大学にいるのだろう、電話の主は同期の塩田だった。
同じチャリ部だからか、やたら絡んできてウゼェ。
彼女が途切れない塩田はいつもそのネタで俺をからかいやがる。
マジウゼェ。
彼女が欲しいわけじゃねぇ、けど先輩が待ってるなら行かねーとナ…
ダルいと思いながらも、俺は起き上がった。


大学につくと普段ではあり得ない人の山。
マジめんどくせぇ。つかこっから塩田とかどうやって探すんだヨ。
むやみに歩き回っても見つかる気がしねぇから、俺は門の所で塩田に電話した。

「オイ、ついたけどてめェどこにいやがんだヨ」
「あー、俺今ナンパ中。つか忙しいからまたあとでなー」
「ハァ!?ざけんな、先輩どこにいンだよ!!」
「先輩?あぁ、あれ嘘だから。つか、そうでも言わねーとお前こねぇもん」

またケラケラと笑い、電話は切れてしまった。
あいつ、次会ったらぶっ飛ばす!!
知ってるやつに会う前に帰るか、と顔をあげるとふわっと何とも言えない良い匂いがした。
その匂いは、一人の女から匂ってた。
少し胸元の空いた、パステルカラーのワンピース。
携帯を片手にキョロキョロしてる所を見るとこの大学のやつじゃねぇ。
つか、高校生じゃねーノ。ちっせぇなぁ。
気が付くと、そいつの後を追って歩き出していた。
俺ぁ犬かよ、と思いながらも目が離せず、少し離れて後を追った。


どんどん人気のない方へ歩いていく女。
いったいドコ行くんだよ。
そっちには何もねーヨ。
そう思っていると、ふっと女の姿が見えなくなった。でも確かに匂いはする。
すると少し遠くで、話し声が聞こえる。
まさか、と思い近寄っていくと震えるような声が聞こえた。

「た、助けてください!」
「アァ?」

嫌な予想は当たった。
さっきの女が絡まれてやがる、しかも何だコイツ、ヤニくせぇ…。
んな手でそいつに触んじゃねーヨ。

「てめェ、校内でナァニしてやがんだよ。アァ?!学園祭だからってはしゃいでんじゃねぇぞコラァ!」
「え…?」
「うるせぇ、関係ねーだろ!さっさと失せろよ!」
「失せんのはてめェだ、バーカ。」
「…チッ。あーもうシケたシケた。マジうぜぇ」
「うぜぇのはてめェだろ。」

ナンパ野郎を追い払ったのに、まだ女は震えてやがる。
なンだよ、そんなに俺が怖ェかよ…。

「ボケっとしてねぇで立てよ。つか、お前ここのヤツじゃねーダロ」
「あ、はい。すみません。ありがとうございました!!道に迷ってしまって…」
「道だぁ?フツーこんな人気のねー場所までくるかねぇ…」
「す、すみません…」

迷うにもほどがあるだろ、と思いつつもそれを追いかけてきた自分。
手を差し出そうと視線を女に戻した途端、ビクッと震えられた。
出そうとした手をポケットに無造作につっこむ。
どうせこのまま放っといてもまた迷子になるんダローな。
そう思うと声をかけずにはいられなかった。

「どこ行きてーのよ?」
「…え?」
「お前、どこ行くつもりでこんなとこまで来たんだって聞いてんだヨ!
どうせ今からまた迷うンだろ、連れてってやんヨ」
「あ、えと…喫茶店、なんですけど…」
「アァ!?喫茶店なんて腐るほどあンだよ。どこの出しもんだヨ」

俺の顔色を窺うようにビクビクされて、イライラする。
思わず声が荒くなってしまってから後悔した。
返事が返ってこない。泣かせちまったんだろうか。
ちっちぇーから顔なんて見えねぇし。
ふわふわ香る匂いが俺の鼻を刺激する。

「…ハァ。で、迷子チャンはどこにこいって言われたんだヨ。」
「あ…えっと…。門入って2つ目の道を右に曲がってすぐの階段で4階、そこのすぐ右にあるって…」
「門入って2つ目って、ここ4つ目なンだけど。」
「えっ…」
「それなら本館の方だナ。オラ、いくぞ迷子チャン。」
「は、小鳥遊!小鳥遊雛美!」
「オゥ、小鳥遊チャン。」

小鳥遊雛美、ね。可愛い名前してんじゃねぇか。
あんま見てるとまたビビらせそうだから俺は本館へ向かって歩き出した。
パタパタと小走りな足音が後ろからついてくるのを確認しながら―――。


本館に向かうにつれ、また人が増えていく。
後ろにいる小鳥遊チャンの匂いもしねェし、足音も聞こえねェ。
でもまぁ、俺が振り返る方が怖がらせんダローと思って歩き続けると、後ろから慌てた声がする。

「ま、まって!えっと…」

小鳥遊チャンの声だ。
振り返ると、かなり離れてしまっていた。
やっちまったなぁ、と思いながら待っていると、パタパタと駆け寄ってくる。
小鳥遊チャンの匂いがする、これ、ヤベェな。

「小鳥遊チャン。やっぱ迷子チャンだナ。」
「迷子チャンって呼ばないで下さい…。あ、あの…名前教えてください!」
「ア?荒北だヨ。荒北靖友。」
「荒北、さん」
「オゥ。迷子チャン、ちゃんとついてこいヨー。」

小鳥遊チャンって呼ぶのが何だか恥ずかしくて、迷子チャンって誤魔化した。
何だこの感情。
荒北サンとか、なンだよ。
笑いかけんじゃねーよ、顔が緩むダローが。
小動物のように笑った顔を直視できずに、俺はすぐ歩き出した。
ヤベェだろ、俺今どんな顔してんだヨ。
目とか合わせらんねーし。
気が付くと、小鳥遊チャンは俺の前方を歩いてっし。
オイオイ、どこ行くンだよ。そっちじゃねーヨ。

「あ、荒北さーん!」
「ンだよ、迷子チャンまた迷子かヨ。」
「ひゃぁ!」

門に向って俺を呼ぶ可愛い声。
いや、俺後ろだし。つーかどんだけ迷子になンだよ。
声をかけると驚かしてしまったようで、体がびくりと跳ねた。
また、ふわりと小鳥遊チャンの匂いがする。
気持ち良くて酔いそうだ。

「ご、ごめんなさ…」
「後ろに見えンのが本館。迷子チャン行きすぎィー。」
「すみません…」
「ったく。」

捕まえておかなければどこかへ行ってしまいそうで。
見失ったらもう見つけられない気がして。
俺は小鳥遊チャンの手首をつかんだ。
ふり払われない手に、俺はどこか安心した。

「これで迷子にはならないダロ。」

そういうとにっこり笑った。
いやマジ、それ反則だから。
そんな顔してこっち見んなヨ。握った手が熱くなるのを感じる。
連れ去りたい衝動にかられながらも、さっきより少しだけゆっくり歩いてやる。
だから小鳥遊チャン、今はこっち見んなヨ。
そう思いながら、俺は赤いであろう顔を反対の手で覆った。


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