時事性皆無

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imaginary world―仮想世界―


 最近不可解な、それでいてとても恐ろしい夢を見る
 目覚めた時には、朧げな記憶しか残っていないが、喪失感と哀愁を心に残していく。

 ベヒーモスを仕留めた。一度に持ち帰るには大きすぎたので、小分けをしなければならない。ノエルは黙々と息の絶えたベヒーモスの四肢を手際よく切り分けるとソリを繋いだチョコボに括りつけた。残った分は、その場に残して、後で取りに戻ってくる。作業を終えると、ふう、とひとつため息を吐き集落に向けて白い砂漠をゆっくりと歩き出した。

 ざくざくとクリスタルの粒子を踏みしめる音と、そよぐ風の音――とても静かな世界だ。
 今日は珍しく太陽がその姿を分厚い雲の隙間から覗かせていた。大抵の魔物は日の光に弱く、動きが鈍くなる。鈍い魔物を狩るのは、普段よりも怪我の危険性が少なくて済む。だからといって、油断をすればそれは死につながる。自分の判断の誤りで自ら死を手繰り寄せる事は避けたい。集落に帰れば待っていてくれる"人達"がいるのだ。まだまだ自分は死ぬわけにはいかない。

 獲物を一人で仕留められる様になったのはいつの頃だったからだろうか?誰の手も借りずにベヒーモスのような大型の獲物を恐れに慄くこともなく、自分の実力を全て出して剣を振るえる様になったのは。……もうずっと前な気がする。
 幼い頃、カイアスに剣を習い出したあの頃は剣をまともに持つことすら儘ならならなかったというのに、今では自己流ではあるが双剣を使いこなせる様になった。双剣は一撃の威力こそ小さいが、工夫をして使えば戦略の幅が広がる。それでもまだ師であるカイアスに勝てないでいるのだが。
 未だカイアスに傷一つ付けられたことがない。それどころかいつも派手に地面に転げ砂だらけになって、無様な姿を晒してしまう。けれどそうして地に背をつけたままで居ると、極々自然な形で手を差し伸べられ、その手をとって立ち上がる。それが何だか嬉しく、そしてくすぐったい。
 まるで幼い日にはじめて魔物を仕留めた時に頭を撫でられた時のようなむず痒さにも似た嬉しさ。もっと褒めて欲しい、もっと強くなって、そしていつか一緒に肩を並べられるようになりたい。まだずっと先の話かもしれないが、いつかきっと。


 集落に向けて大分歩いたところで、重たいソリを引いていたチョコボが疲れてしまったのか脚を止める。ノエルもそれに合わせて歩みを止めた。チョコボはだいぶ疲れた様子で荒い呼吸を繰り返している。
 集落まで行くにはまだ大分距離がある。少し無理をさせたか、とソリとチョコボを繋いでいる縄を解き、ついでにそこそこ重量のある鞍橋を外してやると、少し楽になったのか「クェ」と小さく鳴いてぶるりと体を震わせた。ノエルは「おつかれ」と声を掛け首元を優しく掻いてやり、それからその場で脚を休めるチョコボに背中を預ける様に腰を下ろす。
 チョコボの羽根は柔らかで、暖かく気持ちがいい。少しにおうが、ノエルはそのにおいが好きだった。なんだか、不思議と心安らぐにおいだ。羽根の中に顔を埋め、肺いっぱいにそのにおいを吸い込みながらノエルは目を閉じた。

 ここ最近眠るたびに見る夢。
 仲間たちが、ユールが死んでしまい、カイアスも姿を消し、世界にただ一人残される夢。
 一人ぼっちになってしまって悲しくて、苦しくて、何も出来ない自分に腹が立って――飛び出した。延々と続く白い砂漠を宛もなく彷徨い、道のない黒い山脈をただただ頂上を目指して登る。そしてそれから……

 ノエルは頭を振った。これは夢なのだ。自分の心の弱さが生んだ悪い夢。……でも、ただの夢なのにどうしてここまで気になるのだろうか?
 夢の中では、緑豊かな平原や透き通った青い空、数え切らないような沢山の人たち、それに見たこともないような大きな建物や使い方の分からない機械なども出てくる。そんな中で夢の中の自分は"何か"を探し求めていた。それらを自分は全く知らないのに、知っている気がした。
 何故見たことがないものを夢で見ることが出来るのだろうか?何故同じ夢ばかり――少しずつ状況は違うが――を見るのだろうか。
 この夢に意味はあるのだろうか?……この夢を見ても、苦しいだけなのに。

「どうせ見るなら、楽しい夢をみたいよな。」

 ノエルがチョコボに語りかけると、肯定するかのように「クェ」とひと鳴きしてノエルの髪を優しく食んだ。髪をかき乱されるくすぐったさにノエルは身を捩り、仕返しとばかりにチョコボの背を荒々しく撫で回す。
 現状に満足か、と言われればNOと答えるだろう。世界に降り積もったクリスタルの砂は日々肺を蝕んでいき、病にかかって死んでいく。その上植物は育たず、水もなにもかも汚染されている。集落での生活も魔物の襲来に日々怯えながら営んでいかなければいけない。
 けれど、ノエルは今のままで良いと思っている。集落の人間は少ないが、ユールもカイアスも仲間たちも生きている。それだけで、十分に幸せな事だと思う。この死にゆく世界でみんなが生きているだけでも奇跡だ。これ以上何かを望むのは高望みというものだ。

 ノエルは立ち上がりグィと伸びをした。
 集落まではまだ距離があるが、そんなに時間はかからないだろう。帰ったら「おかえり」と出迎えてくれる人がいる。それを考えると気持ちが軽くなった。
 もう一度ノエルはチョコボの首元を掻いてやり、外した鞍橋やソリを取り付けなおすと「よろしくな」と言って、手綱を持ち空を見上げた。珍しく出ていた太陽はいつの間にか分厚い雲の中に隠れてしまっていた。
 次に太陽が出るのはいつだろうか?確信はないが、すぐにまた太陽がその姿を覗かせてくれる予感がする。次に太陽が出たらまた狩りに出よう。アダマンタイマイくらいの大物を狩って、みんなをびっくりさせてやる。ユールは喜んでくれるだろうか?カイアスは成長した自分を褒めてくれるだろうか?

「行こう」
「クェー!」

 ノエルは手綱を引いて集落へ向かって再びゆっくりと歩み始めた。
 けして恵まれた環境では無いが、そこには望んだ幸せが待っている。

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2013/01/27 執筆


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