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al fine―最後まで―
心臓を貫く感覚――人の命を奪う感覚が、まだこの手に残っている。敬愛していた師をこの手で殺した感覚が生々しく、確かに。
殺したくなかった。俺はただ、カイアスを救いたかっただけだった。ユールの為に世界を滅ぼそうとした師を説得しようと思っていたのだ。戦いに勝って、犯した罪を認めさせて、生きて償って欲しかった。それなのに、カイアスは死を選んだ。
――カイアスに会うためにユールは何度も転生する。死ねない身体を持つカイアスの為に繰り返しこの世に生を受ける――そう俺は考えた。カイアスに寂しい思いをさせないためにユールは転生するのだと。
その考え本当かどうかなんて分からないし、あの時、あの瞬間は、なんとかしてカイアスを説得することだけを考えていた。もしも考えが正しければ、もう二度とユールは転生することはないだろう。俺のユールが生まれることも無いかもしれない。カイアスは……どうなるか分からない。カイアスを殺してしまった影響で、未来がどう変わるのか想像出来なかった。
カイアスは何百年……いや何千年と生きてきた。その長い生の中で、少しづつ歴史を歪め、世界を滅ぼそうとした。だから歴史を歪めた元凶がなくなった今、歪められたすべての歴史が元の形に戻る筈だ。そうとなると――俺の存在は間もなく歴史から跡形もなく消え去ることだろう。今この瞬間にでも消えてしまうかもしれない。
どうして消えてしまわないのか。それはきっと女神の加護だろう。歴史を正しい方向に導いた"ご褒美"なのかもしれない。自分の救った世界――カイアスを殺して滅びから救った世界を見せる為に。AF500年へ繋がる門だけが使えるのは、きっとその為だ。
いくつもの時代に飛び、見たこともない様々な街の景色や大自然の風景、沢山の人々を見た。それらを守れた事を誇らしげに思う一方、その為に歪んだ歴史にしか生きられなかった人々を犠牲にしてしまった事に罪悪感を覚える。俺も既に存在しない――歪んだ歴史の住人だ。
出来ることなら、そんな"存在しなかった歴史"に生きた人たちにも、チャンスを与えて欲しい。女神は現れなかったが、どこかで視ているのであれば、そんな哀れな人たちを救って欲しい。俺はもう十分チャンスを貰ったから、いい。……でも叶うのであれば、みんなが生きている未来に再び生を受け、死んでしまったカイアスとユールと一緒に過ごしたい。そうして今度こそ、カイアスに勝つんだ。
最後まで、カイアスに勝てなかった。俺はずっとカイアスの手の平の上に居た。「殺すつもりで」戦いに臨んだが、殺すつもりなど一切なかった。それなのに――。俺は罪を犯した。人を……カイアスを殺してしまった。咎人の俺が何かを望むのは烏滸がましい。自分の救った世界を見ることが出来るだけで、十分幸せだろう。
「ノエル、大丈夫?」
「……大丈夫。どうしてそんな事聞くんだ?」
「なんとなく。思いつめた顔している様に見えたから。」
「そんな事無い。本当に大丈夫だから」
ヒストリアクロスの中を通るのはこれで最後だろう。AF500年を目指しながら、ノエルはこれまで"自分の歴史"のことを振り返っていた。自分の生きた時代、自分がその時代を変えるためにしてきたこと、自分の記憶の全てを。
カイアスを殺してもセラは未来を視なかった。彼女の「もしかしたらもう未来を視ないかもしれない」という言葉が本当になったのかもしれない。モーグリは確かに全てのパラドクスが解決した、と言っていた。モグはお調子者ではあるが、時を感じる力は信用出来る。きっと女神がもう時を見ないようにと奇跡を起こしたのだ。
このヒストリアクロスの先――AF500年に辿り着いた後、本来居るべき歴史に彼女は戻っていくのだろう。ノエル・クライスという人物や、自分が未来を救ったという事も忘れて幸せに生きる。そうあるべきなんだ。それで良いんだ。
「なあ、セラ。これから、どうするんだ?」
「どうするって?」
「スノウの事とか。婚約してるんだろ?」
暗くなってしまう気持ちを隠すために、揶揄う様にセラに問いかける。するとセラは頬を赤らめ、恥ずかしさを紛らわせるためか人差し指と親指で前髪を弄んだ。それからいつも調子で、スノウの事を話はじめる。彼女は呆れる程一途だ。自分も人のことは言えないが、セラとスノウは互いに互いを想い合っていて、信じている。信じあう事は簡単なように思えて、とても難しい。信じあう事のできる二人はすごいと思うと同時に羨ましいとも思う。
「――結婚式にノエルも招待するよ」
「え?」
「私とスノウの結婚式、来ないだなんて言わせないんだから。幸せのお裾分け」
セラの言葉にとても驚いた。ノエルは鳩が豆鉄砲を食らったように目を瞬かせ、彼女の幸せそうな顔を見る。微笑みを口元に携えた彼女はさぞ当然の様に、言葉を続ける。
「ノエル、これから自分が消えるって思ってるでしょ。そんな事、絶対にないよ。私だって時を視てないし、きっと女神が私たちの為に奇跡を起こしてくれたんだよ。だからノエルは消えないよ。もしかしたらノエルは生まれた時代に戻るかもしれないけれど、そうだとしても私たちの結婚式の映像を未来まで残して、意地でも見せつけるんだから。『私は幸せだよ!』って」
セラは気遣いで言っているようには見えなかった。ノエルは自分の口が開いているのにも気付けず、ただセラを見つめるだけだ。
「確かに私たちはカイアスを倒したよ。でも、ノエルが望めば、女神様はまたチャンスをくれるかもしれない。ノエルはカイアスを殺したんじゃない。救ったんだよ。だから、もしかしたらカイアスが違った形で生を受けて、ノエルの前に現れるかもしれない。ノエル、言ったでしょ。『俺のユールを探し出す』って。きっと望めば叶うよ。最後まで諦めちゃダメだってノエルの言葉、私も信じてるてるから」
そう断言して、セラは「だから私たちの結婚式に来てね」と続けた。セラの言葉に心が軽くなった気がした。
「約束。必ず行く」
「うん!」
「ありがとう、セラ」
セラに言われると、本当にできそうな気がする。セラの言葉を信じたい。カイアスとユールと一緒に生きる未来……みんなが生きてる幸せな未来。望んだ未来。
ヒストリアクロスの先に光が見えた。もうすぐAF500年だ。セラもその光に気がつき、目を輝かせてその先を見た。新しい未来がもうすぐはじまる。最後まで諦めない。諦めたら、扉は開かなかった。未来は変えられなかった。信じれば必ず会える。ユールにもカイアスにも。次にカイアスに会ったら、今度こそカイアスに勝つ。それから――
ふと、カイアスの言葉が聞こえたした。風の音か、自分の思い過ごしか。……カイアスは何と言っていた?嫌な予感がする。この先に行ってはならないと頭のどこかから警鐘が響く。
……信じるんだ。きっと大丈夫。胸に手を当て、自分に言い聞かせる。それから不安を覆い隠す様に、自分の望む未来の姿を心に思い描いた。
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2013/02/02 執筆