それは日曜日のお昼のこと。お父さんは気難しそうな顔で新聞を読んでいる。お母さんは上機嫌でお花に水をやっている。飼い犬のポチは今日も赤司家を守るという使命に燃えているのか、通りがかる人々を鋭い目でチェックしている。

芹那が「ゲームしない?」と誘ってくれたけど、僕は本を読んでいたかったから断った。

縁側に座って本を開く。風が僕の頬を撫でていった。少しだけ懐かしい匂いがして、思わず目を細めた。これは去年も感じていた、春の匂いだ。

この春休みが終わると、また一つ学年が上がる。

「…征太、」
「ん?なに?」
「公園に行かない?」
「さっきも言ったけど、僕は本が読みたい」
「私は征太と遊びたい」

珍しいな、と思う。最近は芹那と遊ぶ事自体が少なくなっていたから。小学校の学年が上がるに連れて、芹那は女の子とクスクス話ばかりするようになったし、僕は僕で気の合う友達と将棋やチェスの話ばかりしている。別に芹那と遊ぶのが嫌になったんじゃなくて、他に楽しい事を見つけただけなのだけれど。そして今も、僕は、芹那と遊ぶよりも何よりもファーブル昆虫記の方に興味があるんだ。

それを伝えると芹那はちょっと不機嫌になった。それから少しの思案顔。何を思ったのか、変な顔を見せてくれて、まるで僕の気を引こうと企んでいるみたいだ。僕がそんな芹那を無視して再び本の世界に没頭すると、あーあ…と残念そうな声を出す。

「…征太、同じ女の股から顔を出したもの同士、仲良くしましょうよ」

僕は顔をあげた。ニンマリと芹那は笑っている。お母さんが「…え?………芹ちゃん、今、何て?」とじょうろを持つその手の動きは止まっている。花壇に水が溢れてるのを確認して、ああ枯れるな、と僕はぼんやり思った。芹那は何も気にする事なく続ける。

「…征太、同じ男のきんたまから出発したもの同士、仲良くしましょうよ」

今度はお父さんが「………何だって…?」と聞き返す。お父さんとお母さんの周りの空気が完全に凍りついた。僕はどうしたらいいのか分からなくてとりあえずファーブルに助けを求めたけど、ファーブルはハチのことしか教えてくれない。芹那はこの異常な雰囲気を何も気にしていないようだ、というか寧ろどこか得意気だ。庭のポチがまるで自分が何とかしなきゃとでも言うように、わん!と大きく吠えた。「…黙れ!」お父さんがすかさず無駄吠えを叱る。ポチはしゅんと凹んだ。

「…芹ちゃん、」と言うお母さんの頬は引きつっている。

「どこでそんな言葉習ったの?」
「んー、わかんないー」
「…そう…。でもね、もうそんな事言っちゃだめよ」
「どうして?」
「どうしても」

芹那は納得のいかない様子だったけど、とりあえず頷いた。お母さんはどうしたもんかとため息を吐いた。お父さんの顔を見ると眉間に深い皺が寄っている。

「…赤司に似て随分文学的なことを言うようになっちゃって」
「…まなに似て随分ぶっ飛んだことを言うようになったもんだ」

お父さんとお母さんは顔を見合わせた。

「………赤司似よ」
「………まな似だ」

ああこれが"責任のなすりつけ"か。そうでしょう、ファーブル。まさか日常生活で体感出来るとは思わなかったけど。不穏な空気が漂い始めたのを感じたのか、ここで芹那が再び声をあげた。

「喧嘩はやめて!お母さんとお父さんの愛の結晶、それが私と征太でしょう!黄瀬のおじちゃんから聞いたの!お母さんとお父さんがにゃんにゃんしたから私と、むぐ!」

芹那の言葉の途中で、お母さんが芹那の口を塞いだ。

「…………黄瀬しばく」

普段のお母さんからは聞いたこともないようなドス黒い声だった。

「………ああ。協力してやる」

お父さんは読んでいた新聞をぐしゃりと握り潰していた。知らないうちにお父さんとお母さんを敵に回してしまった黄瀬のおじちゃんが気の毒だ。そんなことを思いながら僕はファーブルの世界へと一人潜り込んでいく。





教育上大変よろしくない
(ふっざけんじゃないわよ!なんつーこと教えてくれてんの!)
(ひええスイマセン!ちょっとした出来心だったッス!芹那ちゃんがあまりに聞き上手だからつい!)
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