赤司君を拉致ろう計画B


外せ、と言われた。だから外す。私はそんな短絡的思考に支配されていた。凡そ14日ぶりの赤司の肉声だった。私に向けられた肉声だった。気が付けば、私の心の中では棒高跳びの大会が開催されていた。ああ、さらに気が付けば、心の中の私はもう棒を持って走り出しているではないか。

外せ、と言われた。だから外す。何て従順な私。うお、心の中の私が、棒をしならせ大空に向かって飛翔している。頑張れ、頑張れ!こちらの私も赤司の緊縛を解くことに専念することにするよ。

ところがどっこい。その棒は私を支えるどころか空中にてボキンと折れてしまったようだ。セーフティーマットではなく地面に落ちて行くまな選手。ビタンと地面に叩きつけられ、なに、全治五週間の打撲だって?

気が付けば、こちらの私の手も止まってしまっていた。

「………ごめん、解けない」

鋭い目で睨まれた。当たり前である。





ごめん、解けない。それはなぜか。むっちゃんあなた何て強い力で縛り上げたの、と感心すればするほど、縄が解ければ解けていくほど、またもや新たな不安がせり上がってきたのだった。

「……だって、これ解いたら帰っちゃうでしょ?折角こうやってお話し出来たのに。帰っちゃうでしょ?ねえ14日ぶりの会話だよ。ねえいっそこのまま監禁してもいい?」
「…………」
「………もう!怖いその目!黙るの禁止!何か喋ってくれないと本当に監禁するぞ!それにこれ以上続けるってならその口に超甘い砂糖菓子突っ込むから!」

勢いよく言ったつもりだったが、実際に耳に響く自分の声はまるで蚊が鳴くように弱々しいので嫌になる。こんなんじゃ、精一杯の虚勢を張っているのがバレてしまう。(私が赤司の睨みに怯まないわけがないだろバーカ、ぐすん)

「………」
「………」
「………」

何という事だ。にらめっこ大会が開始してしまった。ああ、心が折れそうだ。目に涙が溜まってきた。悔しい。悔しい。鼻水垂らしてやろうか、コラ。でも実際に垂らすわけにはいかないので代わりに台所まで走って砂糖菓子を引っ付かんできた。むっちゃんのケーキの装飾品の残りだ。兎に熊にライオン。
大体何なのだ、何でこんな事になってるんだ。今まで喧嘩だって何度もしてきたけど、こんな大事になったのは初めてだ。確かに私が悪い。でもここまで来ると、もうよくわからない。

気が付けば。心の中の私は痙攣して動かなくなっていた。誰か救急車を呼んでやってくれ。そしてこちらの私はどうすればいいのか教えてやってくれ。

「…ぐすん、お望みは兎ちゃんですか熊ちゃんですかはたまたライオンですか」
「………、…ぷはっ!」

にらめっこの末、赤司が笑ったので。ずっと仏頂面決め込んでいたあの赤司が笑ったので。きゅうううううんと心臓が収束するのを感じた。私は手に持っていた兎ちゃんの砂糖菓子をだらりと下ろした。

あんなにも、あんなにも長かった沈黙の時が、こんなにも呆気なく、簡単に終了するのを感じた。

「…っすき!」

思わず抱きついた。





「………まなが解いてくれないなら、関節外してみようかな」

ボソッと呟く赤司にお前はキルアかと心の内で突っ込んだまま私は何も言わない。代わりに抱き付いてきゅんきゅん甘えている。抱き付く力をぎゅう、と強くした。やった。やった。何日ぶりの会話。何という快挙。やった。会話をした。やった!おずおずと赤司を見あげると、ちゃんと優しい目で見つめ返してくれる。うおう!やった!こんな事が、嬉しくて、嬉し過ぎて。でもなぜだか少しだけ恥ずかしくなってまるで隠れるようにまた赤司の胸に顔をうずめた。やった。やった。やった。喧嘩、やっと終わったっぽい。嬉し過ぎる。

「………好き!」

本日何度目かな。赤司の腕が縛られているのをいいことに私は抱きつきまくったのだった。





「納得のいく理由を話してほしいな。大人な赤司が何で無視とか馬鹿みたいな行動に出たの?」


こうしてあっさりと捕縛を解いたのは監禁する必要がなくなったからである。晴れて自由の身となった赤司は、美味しそうに私の作ったチョコレートケーキを食べている。口に突っ込まれかけたあの兎ちゃんは皿の端に避けてある。ふふふ。可愛い。

「寂しかったろ?」
「うん」
「僕を拉致してしまうほどに」
「うん」

それが理由だ、なんて言われても私にはちょっと理解出来そうになかった。眉根を寄せる私を気にすることなく赤司は続ける。

「まさかまた緑間に縋るようになったのは予想外だったが。…でもまあ、青峰と一切の接触を断ったのは唯一賢かったと褒めてやってもいい。お前は本当にふらふらふらふら。僕以外でも誰でもいいんだと確認出来た点では、その、何だ、お前の言うように子どもっぽいシカトもまあ実を成したと言えるんじゃないか」

(…は?)

さらに眉根を寄せる私の視線を赤司は冷静に受け止めている。

喧嘩の後はいつも赤司に従順になる私だった。だが、今の台詞だけは聞き捨てならない。

「……何言ってんの、赤司。まるで私が全部悪いみたいな。…まあそうですけども。でもそんな言い方はないんじゃない?それに赤司以外なら誰でもいいって…そんなわけないじゃん。赤司がいれば緑間なんかいらないに決まってるのに。というか緑間に赤司の代わりが出来るわけないでしょ。私には赤司だけだよ、本当に」

赤司は目を細めてククク、と笑う。

「おい、なかなか酷い事を言ってるぞ」
「いいもん別に。もー…赤司以外いらないって何度も言ってんのに、どうしてわかんないかな」
「それはこっちの台詞だよ馬鹿」

それに、と付け加えて赤司はフォークを置いた。

「君が思っているほど、僕は強くないし立派じゃない。大人でもない」

なあ、知ってるだろ?と今度は赤司が私を見る番だった。その視線はまるで私を試しているかのような、そんな小さな企みを感じたような気がした。私が何て答えるのか、興味があるらしい。

知ってると言えばいいのか、知ってたと言えばいいのか。知ってたけど時々忘れそうになるんだ、と半ば愚痴に近い本音を洩らせばいいのか。赤司に唯一頼られたあの夜、あの出来事はもう随分昔の事のように感じられていた。
(…だって、だって)
赤司はあれからちっとも私に弱音を吐いてくれないじゃないか。自分一人でずんずん進んで行くじゃないか。

「…人間、そんなもんだよ」

そう答えたのが良かったのか悪かったのか。的外れな事を言ったのは分かっている。でも、何と言えばいいのか分からなかった。こういう時、とんでもなく自分の阿呆さが嫌になる。赤司の反応を見るのが怖くて、この話がこれ以上続かないように半ば無理やり話題を変えた。

「それより早く京都に行きたい。アパート借りて二人だけで生活したいな。お父さんに頼めばきっと良いアパート見つけて来てくれるよ。お父さんこういう時しか役に立たないから使わないと」
「言っとくけど僕は寮だからな」
「は?まじで?門限あるじゃん。…まあいいや。夜中にこっそり連れ込まれたりとかを期待していよう」
「絶対にない」
「えー……じゃあ逆に私が赤司を」
「それもない」
「………お願い」
「駄目」

まだ仲直りして数時間しか経ってないのでここは仕方なくも従順にならざるを得ないと私は判断した。

「…もう…うん。いいよそれでも」

私は赤司以外いらないのだ。





「ついでに赤司、今日は泊まっていくといいよ。いつもの如く親いないんで何も気にすることない」
「ははは、それも無理な話だね。…っておい、何してる」
「脈計ってんだよ。すごくドキドキしてるね。ヤラシー。無理な話とか言いながら期待してるんでしょ?ねえ何考えてるの?」

ねえ?と意地悪く聞く私に赤司はデコピンをした。

「まなを脱がしたい喘がせたいむちゃくちゃにしたい」
「うわっまじで?」
「僕は本気…ってそんなに驚かれるとムカつく。本当に泊まっていってやろうか。高校生になるまでそういう事はしないと決めていたのにまなが誘うならこの鉄壁のルールも施行されないかもしれない」
「いや泊まってもらうのは全然いいんだけど、つか寧ろ大歓迎なんだけど、ごめん、実は生理中」
「…………は…?」
「ごめん、なんか本当にごめん。私から誘ったみたいになったけど実はあんまりそんなつもりもなかった。あ、でも本当に泊まってもらってもいいんだよ?」

前みたいにただ寝るだけになっちゃうけど。さすがの私も初めてが血だらけプレイはちょっと。

「……………」
「あ、やだ。怒らないで!…そ、そうだ。代わりに舐めてあげるとかどう?大丈夫、中学生らしく無駄に知識だけはあるからさ。で、どうすればいいの?」
「やめろ、すごく虚しいから」


こうして、熱いディープキスと、凡そ14日ぶりの会話と、私の限りない無償の愛をここに記す。赤司君は私を見て笑ってる。呆れたような顔してるけど、でもとても嬉しそうな顔してる!

「何はともあれ、久しぶりのまなだ」
「ふふふっ!」

この後、まるで今までを取り戻すかのようにいちゃこらしました!でも私はまだ処女です!赤司君の強靭な理性と私の空気を読まない子宮のせいです!

ありがとう、バレンタインデー!そしてむっちゃん!
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