赤司君を拉致ろう計画A
自慢じゃないが私は料理が得意だ。いつかはフランスから留学のお誘いが来るんじゃないかと自負しているくらいである。あは。さすがに言い過ぎだ。兎に角、チョコレートケーキの作成など造作もないことなのである。美味しいチョコレートケーキの作成などさらに造作もないことなのである。何故なら私が作ったものは全て美味しいからである。あは。石投げないでね。
そして、ほら。このように無駄に手の込んだ装飾も自由自在なのである。ヤマザキなど私の敵ではない。(…うおっ!何かいい感じの出来た!今世紀最大の出来!これならむっちゃんもきっとすごく喜んでくれる!)うん、ていうか店出せる、うん、店出せるよ私!おっと生卵投げんなよ!
ふぅ、と一息着いたところで、次は本命のチョコ作りに取り掛かることにした。勿論赤司君にである。受け取ってくれるくれないは別にして兎に角作るのである。何故なら恋する乙女だから!もし受け取ってくれなかったらあのすました背中に投げつけてやればいいと思ってしまうほどに、今の私のテンションはハイモードなのだ。忘れてたお前が言うなと怒られるかもしれないが、バレンタインデーは乙女のテンションギアをマックスにしてくれる特別な日なのだ。
それこそ、喧嘩中とか無会話記録更新中とか、そんなもの全部無理に拉致って接触を試みればどうにかなるんじゃねーの?と思ってしまうくらいにバレンタインデーの威力は凄まじい。
と、まあ、いつもの如く今回も失敗フラグ立てまくりの気もするが、興奮してアドレナリン全開ゆえに兎に角今は全てが楽しい。都合の悪いことには目を背けることにしている。
ここで少しだけ補足させてもらうならば。この私にも桃井みたいなダークマター作成機だった時代があったのだ。母親がいなくなって兄がいなくなって、父親と二人暮らしになった私は生きるために必然的に料理を学ばなければならなかった。私の父は近年稀に見るドジ爺なので台所に立つと料理以前の問題で死人が出る。だから代わりに私がやらなければならなかった。あの父の子である私もやはり指先が器用とは言い難く、ここまで来るまでに何度も指を切ったし火傷もした。私のこの料理の腕は、全て努力の上に成り立っているのだ。
料理が得意になったのではない、得意にさせられたのだ。いわば自然の摂理である。
「ありがとうむっちゃん。約束通り赤司を拉致って来てくれて。大変だったでしょ?はい、これはまなさん特性のチョコケーキだよ」
「うわあ、どの女の子のよりも嬉しいー」
…ズキュン!むっちゃんの言葉と天使の笑顔に、ぐはっ!とやられてしまった私である。うわ、何これ一生の不覚。沈まれ心臓。そして何このエンジェル、何この或る意味殺戮マシーン。ああ、何て可愛い、そしてイケメン、むっちゃん。
というか、今朝のあんな表情やら今のこんな表情やら、色んな面を持ってて、むっちゃんは本当に、もう、
…恐ろしい子!
予想外の萌えの供給にこれまた予想外に需要がぴったり一致してしまって、縛られて非常に不機嫌な赤司君の目の前で暫く悶えてしまうことになった。が、発せられる禍々しいオーラにハッと我に帰った私である。
「…じゃ、赤司受け取りまーす」
「ここに置いときまーす。じゃ、まなちん、感想楽しみにしててね。ばいばい」
「ばいばいむっちゃん。ほんとありがとう」
むっちゃんが去ってから玄関のドアにガチャリと鍵を掛け、ふうー、一呼吸を吐いた後、早速問題に取りかかることにした。ああ、こんな風に手足を縛られ口にガムテープを貼られた赤司を一体誰が想像出来ようか。久しぶりに二人きりだってのに、発せられるオーラに身が引き裂かれそうだ。ごめんね。こんな無理やりにしちゃって。でも赤司が悪いんだよ。ずっと私を無視するから悪いんだ。はちきれちゃったんだ。
というかむっちゃんは一体どんな手を使ってここまで赤司を追い込んだのだろう。それを考えると恐ろしくてもう苦笑いしか出来ない。今朝の人格豹変したむっちゃんを見たから余計だ。
「…さて、赤司。ごめんね、こんな乱暴して。愛してるから許して」
私が作り上げることが出来る精一杯の笑顔で対応してみたが、多分何の意味も為さない。怒っている。完全に怒っている。目が完全に怒っている。怖い、怖い、怖いいいいい…!何この禍々しいオーラ。いやもはや障気。だが負けちゃだめだ負けちゃだめだ負けちゃだめだ。ここで負けたら、"拉致してみたものの結局気圧され呆気なく解放してしまった挙げ句最終的に嫌われただけ"という何とも目も当てられない結果になることは簡単に予想出来る。とりあえず落ち着け私の心臓。さっきまでのハイテンションぶりを取り戻せ。頑張れ私。何日かぶりの会話をここに記すんだ。
「…まず聞きたいんだけど、どうして最近私と一切接触してくれなかったの」
お前はどこぞの団長か、と聞いてみても何も答えてくれない。私を睨み付ける目の鋭い光が強くなっただけだった。何日かぶりにこうして見つめ合えているとは言え、さすがに悲し過ぎて、「…そんなに私と話すの嫌?」と涙が零れそうになったところでやっと気づいた。
あ、
ガ ム テ ー プ 。
……ベリリッ
「ごめんね、痛かったね、ごめんね」
「…っ…は」
「…っ!やっぱごめん!」
べちょ!
「!」
おい貴様何をする!という目でまたもや強く睨みつけられたが、申しわけなさを映した瞳で見返すしかない。再びガムテープを貼りつけたのは、何か言われるのが怖くなったからだ。話してくれることを切に願っていたはずなのに、いざ会話、となると怖じ気づいてしまった。怒られるとかそういう問題ではなく、もし別れ話を切り出されたら、私はどうすればいい。
バレンタインデーくらい恋人らしくお話したいよ。そんな超個人的理由で拉致という強硬手段に出た私を赤司はどう思っているのだろう。さらに言うべきは、逃げ出さないように手足までを縛っている。あの赤司がこれを屈辱に思わないはずがない。
私を嫌わないはずがない。
ああ、馬鹿野郎。私のドアホ。いっそのこと死んでしまえ。いつも失敗してから気付く。今更冷静になって後悔しても後の祭り、なのに。ひやりと垂れた冷や汗をきっかけにして、だんだん常識的思考を取り戻してきた。
ねえ、赤司、そんなに睨み付けて、もう私が嫌いですか。もしかしてフりますか。くそ、また後先考えず行動しちまった。バレンタインデーのクソッタレ。
「…ごめんね、ごめんね。でもどうせそうなるのなら、」
赤司が動けない今のうちに
「抱きついとこう」
ぎゅ。
赤司が逃げれない今のうちに
「匂い吸っとこう」
すぅ。
赤司が何も言えない今のうちに
「髪の毛貰っておこう。家宝にします」
プチ。一本だけ貰っておいた。
「…今のうちにキスしときたいな」
でも怖いからガムテープの上からで。赤司の顔に手を添えて無理やりに…ちゅ、と唇を重ねた。勿論ガムテープという何とも悲しい障害物がそこにはあるわけで、無機質な紙表面しか感じることは出来ないけども、こんなことでさえ、ああ赤司とキスしてる、と私は泣きそうになるのだ。何とも安っぽい涙腺である。赤司の私を見る目はもう怒りを通り越して呆れている。まるでお前は馬鹿か、と言われているようだ。
「…、……」
(やっぱり味気ない。ちゃんとキスしたい)
人間、どうしても欲が出てしまうらしい。
「………」
「………」
赤司の目を見つめながら、
「……容赦なく噛んで」
ガリッと思い切りイッてくれたらさすがの私も目が覚めると思うから。
べリリッ…!再びそれを剥いでから、赤司が何かを言う前に無理やりに歯列を割って舌を入れてみた。「…ん」痛みに備えての心構えはしていたが、思いの外、ガリッと噛まれることはなかった。嬉しくて調子に乗ってしまいそうだ。「…んんっ…ふ」私から舌を入れたことは今までに一度も無かったし、いつも受け身一方だったので、一体何をどうすればこの赤司を腰抜けに出来るかは知らない。適当に口内を弄るだけの、私が満足するためだけの、何ともたどたどしいディープキスである。
「…んんっ!」
嬉しい。キスは何日ぶりだろう。何週間ぶりだろう。会話全部すっ飛ばして馬鹿みたいにキスしてる。唾液の交換してる。恋人みたい。恋人か。まだ一応恋人なのだ。甘い、嬉しい、甘い。
「…っ?!」
そして何と。思わず私が赤司の舌を噛んでしまうところだった。されるがままだったはずの赤司の方から舌を絡ませてきた。私のあまりの拙さに呆れたのだろうか。何はともあれ、状況は一変。びっくりした私は自らの舌を動かすのを止めてしまった。それを狙ったかのように、ちゅうちゅうと強く吸われて。あれ?いつの間に攻守逆転?と思いながらも、「…んふ、ぅ」トロントロンに溶けてしまうほかなくなった。
「…ふ…っん、ん〜!」
ディープキスは苦手だったはずなのに、何故だか今日だけはとっても甘くて、あったかくて、ああやっぱり赤司だなあ、と安心する。内心きゅんきゅん喜んでいる。だって喧嘩中といえど怒っていたのは赤司だけで、私の方は赤司が許してくれるならもういつだって。あ、やば、やっぱり、このキスつらい、無理、息が、あ、酸欠、なり、…そう、
「…っはあ!はあっ…はあ」
本当にいつの間に攻守逆転したのだろう。赤司はこの通り縛られているので私から口を離せばいつでもキスをやめることが出来たはずなのに。赤司に解放されるまで、ずっとされるがままになっていた私である。やっとその時が来て、はあはあと肩で息をして、
「………外せ」
「…………はい」
そして、従順になっちゃったのである。