赤司君を拉致ろう計画@


乙女の祭典がやって参りました。そう、バレンタインデーです。リア充だけれどリア充でない、そんな状態な私、何と学校に来てからその事実に気が付きました。赤司の下駄箱が破裂しかけているのを見て、うわああああああ、まじかあああああああ、と衝撃を受けたような気分です。

「ちょっとあれはどういう事かな、黄瀬君。仮にも彼女がいる男がもらうチョコの量比を軽く超えている気がしてならないのだけれど」
「別れたって噂が立ってるんスよ」
「まじか」
「邪魔者がいなくなったって赤司っち狙いの女の子たちが再び奮起してるんス」

黄瀬が「つーか赤司っちと喧嘩するとかまなっち馬鹿でしょ」と言うと同時に、ギュウギュウに何かを詰めらている自分の下駄箱に手をかけた。瞬間、「ウワア!」やはりと言うべきか、凄まじいチョコの雪崩が起こった。「…まなっち助けて!」「やだ。馬鹿呼ばわりしたから絶交」「嘘!嘘ッス!」相変わらずモデルはモテるらしい。

「…なっ!何なのだよこれは!」

おっとこの声は。ゴゴゴッ…!という雪崩の音がもう一つ遠くから聞こえてきたあたり、どうやら向こう側で緑間も同じような運命をたどったらしい。良かったな眼鏡。私以外からもチョコ貰えるようになって。本当に良かったな。ああ、これが子の巣立ちを喜ぶ親鳥の気持ちかとしみじみする。

つか、キセキの世代すげーな。これが全中三連覇の力か。

「まなちん、おはよー」
「あ、おはよう。むっちゃん」
「何か大変なことになってるねー」

黄瀬や緑間の惨事をまるで人事のように言い放ったむっちゃんだが、当の本人もサンタクロースのように大きなチョコ袋を抱えているあたりさすがである。

「峰ちんもあまりの量にウンザリしてたよー。何なら俺にくれって言いたいところだけど、さすがの俺もこれ以上食うのはちょっとねー」
「うんうん。でも幸せそうで何より何より」

むっちゃんの嬉しさを抑えきれないと言ったように綻ぶ顔が、(赤司による精神的虐めによって)(緑間による肉体的暴力によって)心が荒んでしまった今の私の唯一の癒しと言っても過言ではないかもしれない。このように子供っぽい愛らしさを時折見せてくれるむっちゃんは、私の大切な友達であると同時にヒーリングパーソンでもあるのだ。

「で、まなちん、」
「ん?」
「チョコは?」

早く頂戴よ、とさも当たり前のように手を差し出される。

「去年美味しかったから今年のも期待してるよー。まなちんのは義理でもクオリティ高いしさ」

そう無邪気に言われ、おっとどうしようか、と瞬間的に言い訳の羅列が脳内を飛び交う事になった。

いつもなら気だるさしか映さないその目がきらきらと輝いている。期待に膨らんでいる。どうしよう。むっちゃんは私のヒーリングパーソンである。唯一の癒やしである。この無邪気な笑顔を壊したくはない。

「…むっちゃん、もうチョコいらないんじゃない?だってこんなにも貰ってるわけだし」

私が「ほら」とその大きな袋を指差すと「まなちんのは特別だよ。別腹に決まってるでしょ」と言われ、おっと何という破壊力、こりゃむっちゃんモテるわ、と妙に納得してしまった。勿論むっちゃんのその言葉に深い意味などなく、ただ単に私のチョコが欲しいだけなのだろうが(自慢じゃないが私は料理が得意だ)、不覚にもきゅんきゅんしてしまった。許せ、赤司。

「…えっと、その、本当に申し訳ないんだけど、」

むっちゃんは子供だけど下手な言い訳が通用するほど馬鹿じゃないので、ここは正直に話した方が賢いのだろう。どうか怒らせませんように、と恐る恐る切り出すことにした。

「…赤司との喧嘩だったり会いたくない人との再会だったりで日付感覚が全くなくなってて、で、それでその、今日がバレンタインデーだと思いもしなくて。えっとだから今年は、その、」
「はあ?つまり忘れてたってこと?」
「うん、そーゆうことかな」
「…ふーん」
「うん、だから今年はごめんね」

お菓子の妖精であるむっちゃんには本当に申し訳ないと思うが、赤司のあまりのモテっぷりにどん引きしたこともあり、家に帰ってから作ろうという気にもならないのだ。もう一度、ごめんね、とむっちゃんを見上げた。ちょうど影になっていてその表情は見えないが、むっちゃんなら分かってくれるだろうと思う。




「……調子づいてんじゃねーよ」




「え?むっちゃん…今何て?」

聞き間違いだろうか、天使の口からドスの利いた黒い声が聞こえたような気がしたのだが。

「チョコ。本当はあるんだろ?出せよ」
「え、だから忘れたって、」

(…む、むっちゃん?)

「は?忘れたとか信じられねーし?彼氏持ちの女が忘れるかよ普通。そんなん有り得ねーし。まじウゼエ。まなちん、そんな分かり易い嘘、俺に吐くの?もういい。まなちんの事、今この瞬間から大嫌いだから。暫く俺に話しかけんな」
「」(絶句)


む、むむむむっちゃん……!その人格は一体どこから…!


確かにむっちゃんは子供だと有名な人ではあるけれども。確かにむっちゃんは怒らせるとさらに子供になって面倒だという噂があることは知っていたけども。だけど、だけど、私とは妙に波長が合うこともあってとってもとっても仲良しさんだったはずなのに。こんな風に罵られている対象がまさか自分であるとは、俄かに信じがたいことである。

(……むっちゃん、)

少なくとも、チョコ一つで壊れるような関係ではなかったはずだが。

(…むっちゃん…何て顔して私を見るの…、)

先程までの無邪気な笑顔から一変。2メートルの高さから威圧的に見下ろされると言うのは、私になかなかの恐怖を与えたのだった。

「……、…」

耐えきれず思わず目をそらしてしまった。そんな私にむっちゃんが苛々したように地面を蹴った。う、わあ。どうしよう。

それ程むっちゃんにとって私のチョコの存在は大きかったということなのか。そうなのか。そうなのだ。そういうことなのだ。ああ、それを私は何ということだ。事実であることはあるが、訳の分からない戯れ言を並べて都合良くバレンタイン回避をしようとした。お菓子が何よりも大切なむっちゃんにとって、その行為は死罪に相当するのだろう。私は何という最低女だ。むっちゃんにとって、お菓子が何よりも大切なものであるはずなことくらい、友人として分かっていたはずなのに。

(…自分のことしか考えてなかった、)

他人からしたら私の安っぽい言い訳など陳腐な嘘にしか聞こえないのだろう。ああ、私の馬鹿。ごめんね、むっちゃん。

「…むっちゃん!」

これは一大事だと悟った私は、そこで、大人しく早退してむっちゃんのために三つ星級のチョコを作成することを心に決めたのだった。

「チョコ作るよ私!」
「は、別に今更いらねーし」
「むっちゃんに受け取ってほしいな」
「いらねーって言ってるし、だからしつこいし」
「お願い、受け取って」
「……………」
「…お願い」
「…………お願いされたなら仕方ない」
「うん!」

不機嫌な声を出しながらも嬉しさを抑えきれないといった表情のむっちゃん。そんな顔が、うん、やっぱり私の癒やしである。ヒーリングパーソン。大事な友達だ。


(……あ、)


(………ひらめいた、)


「…むっちゃん、良ければ私のチョコ作りに協力してほしいな」
「…協力?」

今日に限ってきゅぴーん、と悪知恵が働いてしまうあたりやっぱりバレンタインデーは乙女の祭典なのである。

「放課後、私の家まで赤司を拉致ってきてほしい」
「んー…それがチョコ作りに何の関係性があるのか見いだせないし何よりも赤ちん怒らせたくないから無理ー」
「…むっちゃん、今年のチョコレートケーキはただのチョコレートケーキじゃないんだよ」

あのもこみちも絶賛するね、とオリーブオイルを垂らす仕草をした。こんなふざけたものが、むっちゃんの気を引くには十分過ぎたようである。

「赤ちん拉致くらいお安いご用。それで美味しいチョコ貰えるなら」
「よし頼んだ」
「はいはいおっけー」

(ちょろい、所詮子供か)と内心嘲笑った。が、次の瞬間、「…ただのチョコレートケーキじゃねーんだろ?去年以上の出来じゃねーと許さねーからな」と先ほどの人格登場で再び気圧されてしまった私である。



むっちゃん…恐ろしい子…!
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