そんな枷くらい背負ってやる
最大級の褒め言葉だったのだろう、と思う。
「赤司と京都に行く」と言い出したかと思えば、「喧嘩して寂しいから家に来てくれ」と言う。そして今日に至っては「嫌だ嫌だどうしよう」とやっと頼ったかと思えば「やっぱこういう時は赤司に相談だよね」と言う。
あまりの身勝手さに嫌気が差して、勝手にしろ、と吐き捨てた途端、「でも、あんたしか知らないんだ」と気が付いたように再び縋る。
"赤司は知らないんだ。あんたしか知らないんだ"
"本当の私を知ってるのは緑間だけだよ"
"緑間だけだよ"
"真太郎だけなの"
そんなことを言われてしまったら。
繰り返すだけとは分かっていても、また再び手を差し伸べてしまう俺ももう終わっているかもしれない。
「…嫌なら連絡をとらなければいいだけの話、」
もう止めよう、こいつは俺を都合の良い拠り所程度にしか思ってはいない。そう何度も繰り返す内に痛いほど学んで来たはずなのに。
その結果がこれだ。
"お兄ちゃんに似てる。"
「………………………………………、」
もう自嘲するしかないかもしれない。こいつは俺を一体何だと思っている。おい、やめろ。そんな顔で俺を見るな。何でお前は安心したような顔をしているんだ。おいやめろ。お前は俺を何だと思っている。俺をお前の兄に重ねるな。今更になって俺を頼るな。俺を都合良く使うな。
俺を必要ないと宣言したのはお前だろうが。
兄がいなくなった途端、俺。
赤司がいなくなった途端、俺。
俺を都合良く使うな。
つい最近まで、それでもいいと思っていた。だが挙げ句の果てがこれだから。
"お兄ちゃんに似てる。"
何故だろう、全てがぶっ飛んだ気がしたのだ。
「…ははは、は」
「え?…緑間?どうしたの?」
俺はこいつほど我が儘で、自己中な人間をこの世に知らない。
だがまた一方で、これはこいつなりの最大級の褒め言葉のつもりなのだよ、と擁護する自分がいるあたり俺はもう死んだ方がいいのかもしれない。我ながら自己嫌悪が凄まじい。
栄坂なりの、最大級の褒め言葉。
それもちゃんと分かっているからこそ、こんなにも大きい衝撃に包まれたのだろう。
「…うわっ!やめろ馬鹿!何で急に頭ぐしゃぐしゃってするの!」
栄坂、お前はそう言うことで、俺を引き留められるとでも思ったのだろう。俺の気が引けるとでも思ったのだろう。
確かに最近のお前は本当に寂しくて不安だったんだろうな。俺に一人にしないよねと聞いてきたり無理やり好きと言わせたりするくらいだから。
だが、そこに深い意味などなく、ただただ安全策を用意したかっただけなのだろう。決して一人になることがないように都合の良い俺をキープしておきたかっただけなのだろう。
「…ああもう!髪の毛ぐちゃぐちゃになっちゃったじゃない!乙女に何てことすんだ馬鹿!」
「日曜の午後。人で賑わった商店街。仮にも男とのお出かけにジャージ着て来る乙女がどこにいる」
「ここにいるわお前の目の前にいるわ」
「…その返し方が一番面倒なのだよ」
「ぎゃっ!」
よく考えろ。俺がお前を見捨てたことが今までにあったか。よく考えろ、栄坂、ないだろうが。おいそんな不安げな顔で見上げるな、やめろ、気持ちが悪い。おい、やめろ。気付かないのか、ばかめ。おい、もう一回叩くぞ。おい。気付かないなら言ってやる。どちらかと言うと逆じゃないか。いつもお前がふらふら俺から離れて行くんだ。俺が必要なくなった途端にふらふらお前から離れて行くんだろうが。お前は俺を勘違いしている。だがそれも仕方ないかもしれない。俺とお前は昔から、擦れ違いが多かった。一時期全く話さなくなったのだって、元はと言えば、お前が、お、まえが…
「………」
「…緑間、何だか今日はおかしいよ。急に笑ったりして。気味が悪い。もうお使いは諦めて病院行こう。ねえ、ちょっと聞いてるの」
「栄坂…、」
もしかして、すべて
…無意識か?
「……はは、は。ははは」
「っわかった!これは緊急一大事!救急車呼ぶね!きっと頭が爆発しちゃったんだね!どうしよう緑間がおかしくなっちゃった!…あたっ!何でまた叩くの!暴力反対!…いたいっ!もう!いつもの無駄に紳士ぶってる緑間はどこに行っちゃったの!」
それならば尚更、もう笑うしかない。叩くしかない。幼なじみの愛の鉄拳だ。嗚呼、まなよ、お前は何て寂しくて、そして何て残酷なやつになってしまったんだ、