最果てからこんにちは


「…あ、もしかして、」

商店街を歩いていたら後ろから突然声を掛けられたので、振り返った。すると知らない人がいた。如何にも私はキャリアウーマンですといったようなピシッとしたスーツに、艶やかな長い髪が印象的なとても綺麗な人だった。「…ああ、やっぱり。久しぶりね。懐かしいわ」とどうやら再会を喜んでいるらしいその人に、誰?と私は首を傾げる。あんたの知り合い?と横を向くと、案の定緑間も首を傾げている。

私たち二人の何とも頼りない反応を見て、その人はああそうよね、と苦笑した。

「分からないのも仕方ないわ。だって最後に会ったのは、もういつになるのかしら…。それに私は昔と随分と変わってしまったのだし。…って、あら、まなちゃん、デートなのにジャージなの?」

クスクスクス…と何やら親しげに話しかけられているが、誰だか分からないのでこちらもぎこちなさを映した半笑いを浮かべるしかない。私の名前を呼んだのでどうやら私の知り合いらしいのだが、残念ながら私の記憶中枢は何の反応も示してこないので半笑いを愛想笑いに格上げするしかできない。勿論緑間はただの荷物持ち機であって愛しの彼氏様でも何でもないのだが(これもデートではなくただのお使い)、訂正するのも面倒なので適当に流そ「俺はこいつの彼氏なんかじゃありません」おっとすかさず訂正しやがった。そんなに勘違いされるのが嫌か。

「…あら、そうなの?」

よくわからないけどそれでも初々しくて可愛いわ、と、ニコリ。その人は緑間の言葉を聞いてとても素敵な笑顔を作り上げた。半月に歪んだ目。綺麗な弧を描く唇。

(……?)

そこに違和感などなかったはずなのに、どうしてだろう、私はとてつもなく嫌な感じを覚えてしまったのだった。ただの気のせいかもしれないが、まるで大人が子供を見下すようなそんな一方的な嘲りを垣間見たような気がしたのだった。

(…??)

「…ウフフ。まなちゃん、二人で出掛けるところまで来たなら後少しね。頑張って。応援してるわ」

そうこっそりと耳打ちされた瞬間、この人はとんでもない勘違いをしでかしている、これはさすがに訂正しなければ、と思った。どうやら緑間は私との関係を疑われるのが嫌らしいし、それに何より私には愛しい赤司がいるわけなので。(まあ喧嘩中だけども。土下座も一瞥のみで終わってしまったけども)

兎に角訂正を、と思うが、耳打ちという予想外の行為により急に近付いた他人との距離に思わずたじろく事しか出来なかった私である。そしてどうしようもなく「え、あ、はい」と頷いてしまう結果になった。ごめん緑間。愛してるよ赤司。

「…でも男の子とのお出掛けにジャージは駄目だと思うよ」

クスクスクス…。私の目を見て、ニッコリ、白い歯を輝かせて、この人は笑う。半月に歪んだ目がきらきら輝いている。赤い唇が綺麗な弧を描いている。とても素敵な笑顔。なのにどうしてだろう。何でだろう。どこか引っ掛かるものがある。この人の笑い方が私は苦手だ。それは何故かと聞かれて言葉に出来るものではないのだが、いい加減名を名乗れ知らない人よ、とは思ってはいてもどこか心の奥底に引っかかる何かがあることは否定出来ないのだ。


どうしてだろう。何でだろう。とても美人な人で、とてもとても綺麗に笑うのに。もしかしてこの人は私の応援なんかちっともしていないんじゃないか。むしろ悉く全てを失敗する事を切に願っていそうだ。その笑顔の裏の真意をそう感じてしまう私はおかしいのだろうか。

「えっと…、ごめんなさい、あなたは?」

こんな風に名前を尋ねるのは失礼なことかもしれないけど、仕方ないと思う。

「…ウフフッ」

長い間、不自然に近かった顔の距離が漸く離されていったのでちょっとだけ安心する。

「出た、まなちゃんお得意の忘却術」
「え?」
「ううん、何でもないわ」
「?……、っ!」

再び小さな悲鳴をあげてしまった。(び、びっくりした)ピト、と冷たい刺激が急に頬に伝わっていた。思わず身を引いた私を見てクスクスクス…、やはりと言うべきか、この人は笑っている。普通の人なら私の反応を見て手を離してくれるが、相変わらず頬には冷たい手を添えられているままで。おい離せよ。堪らない嫌悪感に包まれながらも、いきなり何をするんだというより何て冷たい手をしてるんだとそっちの方に驚いていた。

それから私を見つめる目がきゅっと細くなって。

「…まなちゃん、本当に久しぶりね。あんなに小さかったのにもうこんなに大きくなって。可愛くなったね。賢そうな子になったね。でも何より、元気そうで安心した」

そしてそこに何故だろうか、本当に分からないのだが、今度は私への心からの愛情を見つけたような気がしたのだ。

(…???)

「えっと…、」
「ウフフ」
「………」

さっきまでとはまるで違う雰囲気に警戒してしまって頬が引きつる。元から下手な愛想笑いがさらにぎこちないものになっていないかが心配だ。

まるで私を焦らして、反応を見て、遊んでいるような、そんな感じ。でも、何故?

(つか誰だよ)

心に疑問が溢れる中、この手の冷たさだけはどこかで感じたことがあるような、きっと初めてじゃないような、そんな些細な引っ掛かりが気になっていた。

「あの、」
「…まなちゃん、」

あなたは?と再び口を開こうとしたのに、今は何も聞くなとでも言うように声を被せられた途端、とてつもない不安に襲われた。だから思わず助けを求めるみたいに緑間を見上げてしまった。何だ?と見返してきた。何だ?じゃねーだろ、だからお前はモテても恋愛が出来ないんだ馬鹿真。

「ウフフ」
「……(え、やだ、何この人怖い)」
「…まなちゃん、とても惜しいけれど、もう時間だから行かなきゃならないの。是非またお話しましょうね」

わけの分からないまま再会を喜ばれ、わけの分からないまま別れの言葉を突きつけられた。結局誰だか知ることもなく。勿論ガッツポーズである。さっさとどこかに行ってくれ。気味が悪い。

「まなちゃん、私、栄坂君のお墓参りにも行きたいな。今度こそちゃんと。まなちゃんと二人で行ったら、きっと彼も天国で喜んでくれるわ」

半月に歪んだ目。綺麗な弧を描く唇。私の頬が添えられた冷たい手から解放された時、栄坂君という言葉を聞いた時、やっと私の記憶中枢は盛大なるどんぱちを引き起こし始めてくれたのである。

「…成実さん…!」
「ウフフ、正解。また会いに来るわ、まなちゃん」

そう言い残してその人は去っていった。私に大きな衝撃を与えて、その人は去って行ったのだった。



(成実さんは、お兄ちゃんの)
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