螺子の外れた子守歌


「緑間は格好いいね」
「突然何を」
「実は前から思ってたんだ。今はただのイタイやつだけど大人になったらひょっとして深みのある渋い男性になるんじゃないのって。顔と声だけはいいしね。まあ今はただのイタイやつだけども」
「ほめてるのかけなしてるのか」
「なのだよ〜なのだよ〜なのだよ真太郎〜(※ジョイマンのリズム)」
「ああわかった喧嘩売ってるんだな」

緑間が私のおでこをぺしりと叩いた。痛い、なにすんじゃい。受験生だっていうのに今の衝撃できっと何百もの脳細胞が死んでしまったことよ。ああ緑間はひどい人なりにけり。

ただいま午後11時半。緑間が家にやってきたのは四時半だから(予定より三十分しか早く来てくれなかった)もう七時間も一緒にいるのか。特に盛り上がった会話もしてないっていうのに、何かあっという間だったなあ。

いつもならご飯を食べた後はさっさと帰るのに、今日だけはなぜか、緑間はいつまでも帰ろうとしないので。私の方はこうしてお風呂まで入ってお気に入りのパジャマまで着てもう寝る準備は万端だが、緑間と言えど一応客であるには変わりないので追い払うわけにもいかず仕方なくこうやって夜のワイドショーを見ては時間を潰している。

「……おい、栄坂」
「あ?」
「よだれ垂れてる」
「…ああ、垂れてるね」

だって眠たいんだもん。よだれくらい垂れるさという態度の私に緑間は「…汚い」と顔をしかめてからティッシュを渡してくれた。大人しく拭いた。ゴミ箱に向かって投げた。外れた。

「寝るなら寝ろ」
「だって緑間が帰らないから。お客様いるのに寝るとかだめだろ。ああだめだよ」
「客前でよだれ垂らす方がだめなのだよ」
「なんだよーさっさと帰れよー」

今度は私がぽかぽかと殴る番だった。緑間はこんなの痛くも痒くもないといった様子で澄ました顔でテレビを見続けている。「…眠いなら寝ればいいだろうが」とチャンネルを変えながら言うので。だからお前が帰らないと寝れないっつってんだろ。

「心配いらん。泊まるから」
「だめに決まってんだろ」
「なぜ」
「赤司が怒るから」

というより思春期の男女が同じ屋根の下ってのはどうかと思うのと言えば「俺たちの間に何かあるわけなかろうが」と一体お前は何を言ってるんだ的な目で見られたので、それもそうかと納得した。まあ相手が緑間だから、私はこうして魅惑のフェロモンを醸し出すであろう罪なパジャマ姿を披露していられるってのもあるっちゃある。(胸元のイシツブテがセクシーでしょ?)

「それでお前は赤司と仲直りしたのか?」
「それがまだなんすよ。明日は土下座してみようと思う」
「もう終わりだな」
「何で嬉しそうなの」
「別に」

終わりじゃねーし何があっても別れねーしと唇を尖らせる私を緑間は鼻でせせら笑った。ああ喧嘩か受けて立ってやると戦闘態勢に入った私を無視して、風呂借りるのだよと言って本当に脱衣場に行っていってしまった緑間。なんだあいつ本当に泊まるつもりか。相変わらず私に対して遠慮がないというか強引というか。「私だけじゃなく緑間も赤司に怒られるかもよー」なんて言ってみても、もう返事は返ってこない。出たよ緑間の特技、シカト。仕方がないからぴーちくぱーちく喋るコメンテーターの声をBGMに、ソファをベッドに、私は目を瞑った。朝の四時から起きているだけあって、相当眠かったのだ。








寝るならベッドで寝ろ、と風呂から上がったらしい緑間に起こされた。うるさい黙れ、という態度でいればため息をつきながらも私をベッドまで運んでくれる便利なタクシーああ間違えた緑間。今、何時だろう。如何にもな夜の雰囲気が、二人分の体重にぎしりと軋む階段の音が、私を余計に寂しく感じさせる。眠かったはずなのに、いざ運ばれてみると逆に目は冴えて。暗闇に浮かぶ緑間の白い肌が、不気味というより神秘的。濡れた緑髪の先から雫が垂れている。その何ともいえない雰囲気に私は簡単に感化されてしまったようで。

気がついたら、身体をあずけている緑間の背中に向かって語ってしまっていた。

「…真太郎ー」
「起きてんなら自分で歩け」
「何で赤司あんなに怒ってんの」
「知らん」

ギシリ、ギシリ、

…ギシリ、ギシリ…、

「…さみしい」
「知らん」
「寂しい寂しい寂しい寂しい」
「………」
「赤司、話しかけても無視するの。目だって合わせてくれない。寂しい寂しい。メールも返してくれない。もちろん電話も。寂しい寂しい。何でかな。何であんなに怒ってるの。一人にしないって言ってくれたのに今私は一人だよ。…ねえ、真太郎はしないよね。私を一人になんかしないよね」

如何にもな夜の雰囲気は、私の口をとても素直にしてしまったようだ。でもこれも全部、緑間の大きな背中が悪い。あったかい体温が悪い。私が寂しいのちゃんと分かってて一緒にいてくれるその優しさが悪い。

そうだ、全部全部緑間が悪いのだ。私は帰らないでなんてましてや泊まってほしいなんて一言も言っていない。別に私は悪くない。帰らない泊まると決めたのは、全部全部緑間だ。

「…その様子じゃ、まだ俺が必要みたいだな」
「……悔しいけど」
「だろう、はは」
「何でそんなに嬉しそうなの」
「別に」

一人にしない。するもんか。と緑間が呟くように言ってくれたので。私はすっかり安心して、再び夢の世界へと堕ちていったのだった。
- ナノ -