エピデミック・ブルー


(※桃井視点)

あてられる、という表現があっているのかは分からないんだけど。

気がついたらそうなっている、というか。うーん、難しい!…あっ!ひらめいた!じゃあ、感染という言葉はどうかな?…うん、ぴったり!

そう、感染しちゃうの、まなといると。

あの子は不思議な子。仲良くなるとね、べったり懐かれちゃう。それはそれでいいんだけど、その後が大変。クラスが離れて少しだけ距離が遠くなるとするでしょう。するとね、途端に心がきゅうってなって、あれ?まな?まなは?まなはどこに行った?って思っちゃう。

そう、ずっと一緒にいないと不安になっちゃうの。まなが側にいないと、まるで自分が壊れてしまいそうになる。

そのことで一回、赤司君に相談したことがある。私をレズだと揶揄することもなく、物知りな赤司君は、「まなはそうしないと生きていけないんだ」と教えてくれた。その時は意味が分からなかったけど、青峰君からまなの過去を聞いて、まなは一人にならないためのフェロモンみたいなのをバラバラばらまいているのかなあ、なんて結論付いた。

まながいないと壊れちゃうなんて、本当は全然そんなことないのにね。

そうしないと生きていけないという赤司君の言葉が、まなのそれを的確に表しているあたり、すごくすごく哀しくて。

しかも、それをまなは無意識に行ってるだろうことも簡単に予想出来て、さらにさらに哀しくて。

赤司君がこれからもまなを支えてくれたらいいなって、まなの親友の一人として心からそう思いました。







引退を控えた今日、マネージャーの私と主将の赤司君は、二人で書類の整理をしていた。過去の対戦相手のデータを纏めた殴り書きのそれを、後輩に残しておく価値のあるものにまで引き上げるのだ。無作為に一つを選び出しては、過去を思い出し懐かしむ。マネージャーと選手という境はあったが、長く苦楽を共にした仲だ。こうして過去を旅する時間の共有は、とても居心地が良くて、そして穏やかなものだった。

「赤司君、見て。覚えてる?これはきーちゃんの初試合のときの記録だよ」
「ああ。心配で僕もついていったやつだ」

赤司君が懐かしそうに笑って、私の手から書類を受け取ろうとした。少しだけ手が触れ合って、それは別に気にするほどでもないものだったのだが、「…って!」と赤司君は小さな声をあげた。「…どうかしたの?」「何か飛んできた」床を見ると、修正ペンがコロコロと転がっている。栄坂まなと名前が書いてあるそれを拾い上げて、赤司君がため息をついた。パタパタ、と廊下を逃げていく足音を聞かなくとも、勿論、まなが投げた物だろう。

「あいつ…」
「あはは…、まなに勘違いされちゃったかも」
「勘違い?どこに何を」
「何をって言うか…。…うーん…。最近、まなは妙に神経質になってるから。…だって、喧嘩したんでしょう?」
「…ああ。まあ」

苦い顔をした赤司君。いくら喧嘩中だったとしても、教室に私と赤司君が二人きりという事実がまなには耐えきれなかったのだろう。まなは本当に、心から赤司君が大好きなのだ。「珍しいね。喧嘩、今回は長いね」と笑いを含ませて言ったのは少し失敗だったかもしれない。「それより、お前の幼なじみはどうなってる」と、こんなにも分かりやすく話題を逸らされてしまったからだ。

「青峰君がどうかした?」
「…聞いてないのか」
「何を?」
「…いや、何でもない」

聞いてないならいい、と言って赤司君は書類整理に戻ってしまった。(…何だろう?)青峰君のことは気になるが、赤司君が話すつもりがないならもうこれ以上聞き出すことは無理だろうことは経験上知っていた。また青峰君に直接聞いてみればいいかと思い直し、私も大人しく書類整理に戻ることにした。先ほどの修正ペンを手で弄びながら「こんなんじゃ、まなは僕がいなくなったら一体どうなるかな」とポツリと呟いたのに対し「きっと大泣きね」と返す。満足げに笑ってみせたあたり、赤司君だってまなのことが好きで好きで仕方ないんだろう。本当にお似合いなカップルだ。

「まなって弱過ぎると思う」

そこに、僕が側にいてあげなきゃ、なんて隠された意味をお節介にも感じ取って、「うん」と大きく頷いた。








数日後、「いくら謝っても、赤司が許してくれないの。どうしよう、どうしたらいい」と泣きついてきたまなを見て、赤司君のあの笑顔の意味を疑った。

(…赤司君?)
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