guilty


「…青峰に慰められるとか」

最悪だ、と言ったので軽く小突いた。しししっと栄坂は笑った。目が赤い。顔もぐしゃぐしゃ。

トラウマからのフラッシュバックに一時的に取り乱した栄坂は、ひとしきり泣いた後、すぐに震えが治まった。そしていつものように、憎まれ口。いつものようにってのが、こんなにも新鮮に感じられるのは、こうやって小突き合えるのも随分久しぶりだからだ。まあ最近の栄坂は明らかに俺を避けてたし、どう接していいのか分からないようだったから。「…もう平気か?」「うん。ありがとう。ごめんね」俺は今、栄坂と普通に会話してる。普通に、クラスメートみたいな、会話。俺を見る栄坂の目に、以前向けられていたあの怯えはなくて。なあ、お前の中の俺は、今、どんな人?優しい人?困ってるときに頼りになる、そんな人?ああ、これは、前みたいな関係、だな。もういらないと思っていた、前みたいな関係だ。

「…あんまりためんなよ?」

シャツの袖で目の端を拭ってやった。以前、生地がこすれて痛いと怒られたことがあるから、今回は優しく丁寧に。「…ありがと」と俺を見上げる栄坂の瞳には、今や完全に信頼が。お前もなかなか最低な奴だな。赤司以外にこんなことしてもらって、挙げ句の果てに礼まで言うなんて。ああ、でも本当に久しぶりだな、こんな瞳。なあ、お前の中の俺は、今、どんな人?




…良い奴だろ?






廊下を歩いていた。目の前に赤司が見えた。俺の濡れたシャツを見て怪訝そうな顔をした。何かあったのか、と形式的に聞いてきた。

「…ちょっとな」
「何があったらそこだけ濡れるんだ?まるで誰かに胸でも貸した、…ような、」

濡れ方だな、と赤司が途中言葉に詰まったのは、この濡れ場所が、誰かの目玉の位置とちょうど一致することに気付いたからだろうか。察しが良すぎる人生ってのはなかなか苦労しそうだな、なんてぼんやり思う。

「…まあな」

そして、俺も性格が悪い。つい口角が。

「…なあ知ってる?」
「何を?」
「野良猫が死んだこと。まなが可愛がっていた、あの野良猫」

「死体見たけどひどかったぜ?もうぐっちゃぐちゃ」なんて決定打を出してみる。もちろん栄坂と見たんだよ。それであいつは大泣きでした。お前の嫌な予感大当たりだよ。お前の大好きなまなは俺の胸の中でがたがた震えてました。なんて、さすがにここまで伝わるわけないか。

だから、赤司の前で初めてまなと呼んでみた。予想通り、何の反応も示さなかった。こういう余裕ぶってるところが、ウザい。ここまでわかりやすくしてやってんのに、まだ栄坂を信じてるところが、ウザい。

…つまんねー。

さっさと疑えよ、俺らの関係。どこからどう見ても、疑わしいことばっかだろ。







じゃあ、と教室に戻っていく赤司の背を見ながら思う。

お前が栄坂の目の赤みに気付いた時、人より何倍も優れたお前の脳は、自分自身の感情さえも、やめろという自分の声にさえも、もう従えな、いんだろ、うな。

脳細胞たちが、勝手に、何があったのかをすぐに紡ぎ出して、そして有りもしないことまでも産出してしま、う。それから、栄坂への疑心暗鬼に捕らわれ、て。

栄坂を、問い詰め、る。

お得意の、威圧をもって。

栄坂は焦って、

赤司を繋ぎ止めようと、必死に弁解、謝罪を繰り返、す。

赤司はそれに苛つき、

栄坂はさらに焦る。

そして、いずれボロを出す。

赤司は栄坂の隠し事を嫌って、栄坂は赤司が離れる事を恐れる。

「…っは!」

ここまでいったら、後はもう簡単だ。二人して傷つけあうのは時間の問題。

「傑作じゃねーか…!」

壊れちまえ、お前らの関係なんて。何が京都だよ、俺の知らねえところでこそこそしやがって。俺が偶然に栄坂の父親に会わなかったら、俺はいつそれを知れたんだよ。俺に言うつもりなんてなかったんだろ?いや、別に言う義理なんてねえよ?ねーけどよ。むかつくんだ、なんなんだよお前ら。

俺、何のために桐皇行くのかわかんねーよ。こんなんじゃ。お前もなかなか最低な女だな、栄坂。




まな、桐皇来いよ、なあ?




赤司もよ、あれからずっと俺にイラついてんだろ?人格的なキャプテン様は、私情を部活に挟まないようになんとか努めてたみたいだけどよー。

全中も終わったし。無事優勝したし。もう俺ら引退だし。

俺だってお前にはイラついてんだ。

なあ?

友達ごっこ、やめようぜ?

お互いにむかつくじゃん。





教室のドアに背もたれながら中の会話を盗み聞き。あ、まな、もう必死になってる。

「…はは!」

またやっちまった。優しくした後にぶっ壊すのって、なんでこんなに楽しくて、幸せ、なんかな。

「…わり、…ははははっ!」

笑いが、止まんねーよ。




意地悪くニヤける顔とは反対に、なぜか胸の奥はきゅうきゅうして。思わず強く強くシャツを握らずにはいられなかった。

「…っはは…」

「は、…」

「……、…」

「…っ…!」




目を瞑って耳に神経を集中させれば、二人の声。色を付けるのならば、黒を選ぶ。怒りの赤と疑いの灰色を垂らして、でも黒は強過ぎて、赤も灰もじんわり消えていく。ああ、これは真っ黒な声だ。お互いを思うが故に、強過ぎて、混ざり合ってるかさえもよくわからない。傷付け合って、る。目を開いて、天井見上げて「…やってらんねーよなあ、こうでもしねえと」俺は一体、これを誰の為に呟いたのか。

「………」






俺、きれいごと大好きです。それにすっげえわがままです。なんでかな、大好きなんです。なんであいつなんか。なんであいつなんか、本当にぶすぶすぶすぶすぶすぶす、ぶ、すなのに。ああ、馬鹿みたい、で、す。


でも、俺だって。
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