ぶーちゃん
「ぶーちゃん、もうすぐ卒業だねえ」
にゃあ。
「私は毎日受験勉強で忙しいよ。ぶーちゃんも、いろんな男誑かすのに忙しいの?しししっ」
校舎裏の主は私の膝の上でくああー…と大きく欠伸した。まんまると太ってるからおでぶちゃん…でぶちゃん…ぶーちゃんと呼んで、三年間ずっと可愛がっていた。もはや私だけのペットみたいな、そんな感じになっている。
入学当初、青春を謳歌する気などこれっぽっちもなかった私に、活気を与えてくれたのが、このぶーちゃんだ。
赤司と付き合う前までは、学校にはぶーちゃんに会うために来ていたようなものなのだ。
「…私はぶーちゃんと離れるのさみしーよー」
そんなの知らないわよ、なんて聞こえてきそうだ。私の言葉をまるっきり無視してぶーちゃんは寝てしまう。マイペースなところ、愛想のないところ、出会ったときからちっとも変わっていない。
「…私も寝よっと」
こうやってぶーちゃんと寝ると赤司君はものすごく怒るのだが、今日くらいは許してほしいな。だってもうすぐ卒業だもの。ぶーちゃんとの最後の思い出だ。
「…おやすみ」
ああ、膝の上があったかい、なあ。
「まな!」
「…っごめんなさい!」
飛び起きた。反射的に謝ってからすぐに後悔した。目の前にいたのは、赤司君じゃなくてアホ峰君だった。くそ。
「…こんなところで寝てると風邪引くぞ」
「…ぶえっくしゅん!」
「ほら言わんこっちゃない」
女らしからぬくしゃみをしでかしたというのに青峰は引くどころか制服の上を貸してくれる。「…いい、」肌寒いこの季節に有り難いが、もちろん断った。赤司以外の服を着る気などない。
ああでも、鼻水ずびずび。
「…お前のそーゆう意地っ張りなところすっげえ嫌いだしむかつくわ」
私に断られた青峰は不機嫌そうに再び上着を着込む。
「別に青峰に嫌われようが…あれ、ぶーちゃんは?ぶーちゃんがいない!」
「…ぶーちゃん?」
「猫!でぶ猫!」
ぶーちゃんはマイペースで愛想もないけど、いつも私が起きるまでは側にいてくれる、ツンツンツンデレの猫だ。おかしい。今日に限ってぶーちゃんがいない。
「…膝、まだあったかい…」
それは、数分前までぶーちゃんが確かにここにいたことを示しているのだろう。
「私、探してくる」
「俺も行く。お前に聞きたいこともあるし」
「来んな」
嫌な予感しかしない。
遠くで少しざわざわしてる。何か騒ぎが起こったようだ。
そんな、やめてよね?