俺の中で素直に泣いたから


学校を出てすぐの道路の脇にその猫はいた。「うわーまだ生きてる…」「でももうぐっちゃぐちゃ」「生み場所探そうとして、やられたんだろうねー」帝光の生徒、野次馬たちの声に、何が起こったかなんて俺にも栄坂にも容易に想像出来た。

その輪に向かって走り出した栄坂の、その手を思わずとった。

「やめとけ」
「行かないと絶対後悔する」

振り払われた。栄坂は野次馬を掻き分けてどんどん進んでいく。

「ぶーちゃん…!」

悲惨というより凄惨だった。変なスプラッタ映画より惨かった。お腹には子供がいたのだろう、車とぶつかった衝撃で何匹か未熟な子猫が飛び出してしまっていた。親猫にまだ息があるのが逆に痛々しい。栄坂を見て、一声にゃあと鳴いた。痙攣して、すぐに動かなくなった。



野次馬が去ったあと、「最近また太ったと思ったら妊娠してたんだね」栄坂はただそれだけを言った。可愛がっていた猫が今、目前で惨く死んだってのにそれしか言わなかった。だけど、その顔は、すごくこわばっていた、と思う。

「…お墓作らなきゃ」

手が震えていたのを俺は見逃さなかった。

手伝ってくれる?

言われはしなかったが、そのつもりであることが伝わるように、側にいた。





「バイバイぶーちゃん」

楽しかったよ、ありがとう。そう呟いた後、何かが切れたように急に栄坂ががたがたと震え出した。「…寒い」さっきまで平気そうだったのに、へたりとその場にしゃがみこむ。

「お、おい…!」
「…寒い」
「ほら!」

今度こそ栄坂は大人しく上着を受け取って、そして羽織った。だが震えは相変わらず止まらないらしい。「…寒い、寒い」青くなっていく栄坂を見て気付いた。本当は、寒さから来る震えじゃないのかもしれない。

「…赤司か緑間呼んできて、」

お願い。
ちょっと耐えられそうにない。

栄坂の顔が少しずつ歪んでいった。自分の身体の急な変化に、栄坂自身もまた戸惑っているようだった。

「…赤司は多分、教室かな、緑間は…どこだろ、」

もしかしたら、栄坂もまた、自分の身体の震えをもってしてやっと限界を知ることができるのかもしれない。そして一人で待つのだろう、赤司か緑間の助けを。いつもそうやってきたのだろうか。なんて不器用なエスオーエスだ。


がたがた震えてる栄坂を見下ろしながらも、俺は動こうとしなかった。自分でも最低だと思った。でも元から最低なやつだから今更何も気にすることはない。

そんな俺を見て栄坂はもう一度言った。

「…赤司か緑間、呼んできてほしいの。お願い、青峰」
「…いやだ」
「ど、して」

―――あ、そろそろ泣く。

―――限界突破、だ。

目に涙がいっぱいに溜まってきた。俺が動かないのなら、と栄坂が立ち上がった。自分からあの二人のどっちかを探すつもりなんだろう。

―――行かせない。

歩きだそうとした栄坂の手をとった。

「ここで泣いたらいい」

赤司や緑間のところに行く必要なんかない。

そう言ってやった。栄坂の顔がさらに歪んだ。

「…無理だよ。お前じゃ無理」

何が、とは聞かなかったが分からないほど馬鹿じゃない。真剣に見つめて言ってやる。

「…俺でもできる」

栄坂の顔が、一瞬大きく歪む。そして崩れて、「ぅ、」一筋涙が流れ落ちたら、後はもう止まらない。

栄坂は嗚咽しながら涙、鼻水を垂れ流す。俺はとったままだった栄坂の手を引いた。すると、すぽり、簡単に腕の中に収まった。少しだけ抵抗したが頭に手を乗せてやると大人しくなった。俺の胸に顔をうずめて栄坂が泣いている。シャツがじわりじわりと濡れていくのが分かった。

「…ぶーちゃんぐちゃぐちゃだったね、」

「お兄ちゃんもそうだったんだよ」

「ちょっとだけ生きてたのも一緒」

「私の顔見ながら死んだのも一緒」

「急にいなくなったところまで、全部一緒」


何で、何で同じことばっかり起こるんだろう、と栄坂はがたがた震えて、そして。

「…何で、何で私ばっかり…!」

もういやだ、と聞こえた。

答えるかわりに強く強く抱きしめた。今だけは、いつもみたいに怒られなかった。お前の震えが、少しでも止まってくれればいいと思った。



(私よりね、ひどい目にあってる人なんかね、世界にはいっぱいいるんだよ。だから今になって取り立てて騒ぐことじゃない)

栄坂は前にそう言ってたが。

だけどやっぱり悲しいよな。何で自分がって思わずにはいられないよな。お前がそう思えるやつと分かって俺は逆に安心したよって言えばお前はどう思う。



小さな体にいろいろ抱えすぎだ。



泣き顔。

見ると苛々してたはずの栄坂の泣き顔。今だけキレイだと思ってしまった俺は、その理由も全て分かってるあたり、やっぱり最低なやつなんだと思う。
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