知りたくないから顔を背けます
三年間の集大成。今日、俺は無事、全国制覇を成し遂げることができた。だが、まあそれも、当然と言えば当然のことだったのかもしれない。優勝に見合うくらいの人事は尽くしてきた。
試合終了のブザーが鳴ったとき、もしかして栄坂は俺に兄を重ねているのでは、なんてふと思った。しかししばらくして、我ながら馬鹿馬鹿しいとその考えを振り払う。
栄坂はそんなに残酷なやつじゃないだろうが、と。
「緑間っ…!」
声の主など、振り返らなくてもすぐに分かった。思わず溜め息が出た。昨日の光景が瞬間的にフラッシュバックした。
「…何なのだよ。昨日のことをもう忘れたか」
「忘れた。一生口きかない宣言なんかもう忘れちゃった」
しししっ、栄坂が笑った。その目はやはり、赤かった。俺が泣かしたのだった、昨日。
栄坂は俺に駆け寄ってきて、「本当に優勝したね。三連覇だね。すごいなあ」なんて言う。
あのレベルの大喧嘩など今までに何度もやってきたから、俺は特別心を乱されることはなかったのだが、栄坂の方はどうだったのだろう。俺が帰った後、いつまでもしくしくと泣いていたのではないだろうか。記憶の中の栄坂は、こういう時はいつまでも泣きやまない、非常に手のかかる女の子だった。
「…ああ。お前の言うとおり、無事優勝したのだよ」
「すごく格好良かった」
「赤司しか見てないくせに」
「見てたよちゃんと」
一割ほどね、と。
「…ふん」
まるで昨日の喧嘩など何もなかったかのように、お前はまたそうやって。
だがそれも、
いつものことか、と。
もう慣れたものか、と。
栄坂の頬に手を添えて、その目をよく見てみる。やはり、赤い。それに少し、腫れている。
真っ直ぐに俺を見つめてくる瞳に少しだけ申し訳なさを感じたが、謝る気などもちろんない。許すつもりもない。「…第二志望は秀徳だろうな?」と聞いたのは言うなればただの譲歩であって、俺が栄坂の我が儘を受け入れたのではない。昨日は互いに怒鳴りあっただけでちゃんとした話など全く出来ていなかった。だから今、冷静に、今後を話し合わなければならない。
「うん。緑間と同じとこ、ちゃんと受けるよ」
「ふん。洛山なんぞ落ちればいい」
「縁起悪いこと言うな」
「…悪いが本気で祈らせてもらうのだよ」
「…あんたって私のこと本当に好きだよね」
困っちゃうわ、と笑う栄坂を冷たい目で見下ろすしかなかった。ああ、赤い目だ。でも、キレイ、だな。
人事を尽くしてきた俺だが、栄坂に対してだけはどうも天命が。一体なぜだろうか。
なぜか俺は栄坂に対してだけはじゃんけんで勝つことが出来なかったし、社会のテストのためにと栄坂に貸してやった鉛筆も全然意味をなさなかった。
だから俺の思いなど天はまるっきり無視して、お前をきっと洛山に導いてしまうのだろう。
―――ああ、嫌だ。
まるで、穏やかな水面に石を投げつけられたような、そんな感覚。
(…そういえば、)
赤司以外では俺だけだったな、とふと思い出す。俺だけは、こうしていつまでも触れていてもお前は怒らないだろう。
俺はこの関係をどう感じていたのだろうかなんて、またもやふと思った。ああ嫌だ。何故だろうか、今日はこうしたふとした思考に邪魔される。
もどかしかったのでは、と答えが浮かび上がりそうになって、思わず掻き消した。これ以上はもう、気付いてはいけないと思った。
ああ嫌だ。
分かりたくない、俺の気持ちなど。
「赤司のとこに行くのだろう?」
さっさと行け、今はお前の顔など見たくない。信じられず、そしてとても許し難い思いに支配されてしまいそうだ。
「行かないよ。緑間に会いにきたんだよ」
「…なぜ」
「会うのに理由がいるの?」
栄坂は困ったように笑った。
「…本当に三連覇しちゃった、あの真太郎が」
噛み締めるように、栄坂は何度も繰り返す。俺の名前を、何度も何度も。
「真太郎、真太郎はほんとにすごいよ。私の自慢だよ。ねえ、真太郎」
ああ俺は、以前、こいつのこれをとても鬱陶しく、
「ねえ真太郎、真太郎、真太郎」
でも今は、
「……まな、」
―――応えてやろうとしたその時、
「まな!」
「あ!赤司!」
さっと俺の手の内から離れて行ってしまった幼なじみ。
(…結局赤司のとこに行くんじゃないか)
そう思いながらも、
まなの頬に添えていた手。
それを握ったり開いたり、感覚を確かめてみたりして、嗚呼。