最後の我が儘


お兄ちゃん、聞いて。もうすぐ全中決勝戦なんだよ。お兄ちゃんが立ったあの舞台に、緑間も立つんだよ。
背が伸びて、眼鏡になって、わけわからんシュート打つようになって。お兄ちゃんにも見せてあげたかったな、緑間の晴れ舞台。


「嬉しくて嬉しくて堪んないよ」
「…何が」

隣で手を合わせているこの男に言ってやる。

「あんたが、明日全国制覇することが」

緑間は私をちらと見た。そして、すぐに視線を戻した。今更なんなのだよ、と小さく聞こえた。

「三回目だろうが」
「三回目ってのに意味があるの。最後の大会。有終の美を飾ってね」

ふん、と鼻を鳴らした後、緑間は立ち上がる。私もつられて立ち上がった。緑間が歩き出した。待って、と私も歩き出す。お兄ちゃんまた来るねと一瞬振り返ってから、置いて行かれないように必死に足を動かした。

「…待ってよ、」
「待たん」
「ひどい」

墓参りからの帰り道、緑間は私の歩幅に合わせる気などこれっぽちもないらしい。「…またそうやって私を置いていくの?」思わず不満を洩らす。そこに深い意味などなく、自然とスルリと出た言葉たちだった。

緑間がハッとしたように立ち止まった。私の方を振り向いたから、自然と目が合う。数瞬の間があって、それから気まずそうにふいと逸らされる。「…ありがと」私が笑いかけると、それがきっかけとなって、不機嫌そうに再び歩き出す。さっきより、その歩幅は明らかに小さい。

「…緊張する?明日」
「しない」
「そっか」
「…観に来るのか?」
「うん」

家の近くの信号に引っかかった。昔、二人でよく遊んだ川がそこからは見えた。

覚えてる?溺れかけた私を緑間は助けてくれたことがあったよね。それからは、川で遊ぶの禁止になっちゃったよね。でも私はそんなの当然のように守らなくて。私が川に入ると、文句言いながらも緑間も入ってきたよね。そうやって二人で何度も内緒で入ったよね。「ねえ、」私は緑間を見上げ、緑間は私を見下ろす。

「明日、ちゃんと見とくからね」

にひ、と笑ってやった。

「…どうせ俺一割、赤司九割だろう」
「もちろん」

にひひ。

「頑張ってね。負けたら許さないから」

全中決勝戦。
お兄ちゃんは負けた。
だけど緑間たちは、もう二回も勝ってる。


(…すごいな。本当にすごい人たちだ)

(…それに比べて私は、)


いつからだろう。緑間と並んで歩けなくなったのは。こうして、私の歩幅に合わせてもらわないとついて行けなくなった。

「…絶対勝つ」
「うん。信じてるよ」

信号が青に変わった。歩き出す緑間。私は、立ち止まってみた。不思議そうに振り返って、私を見てくる緑間。

「…栄坂?」

私が動かないと分かると、盛大に溜め息をついて迎えに戻ってくる。

「…行くぞ。早く歩くのだよ」

私は、今まで、無意識のうちに緑間の邪魔をしてたのだろう。そんなつもりなんてなかったのに。

最近になってようやく気付いた。

変わっていくみんなが怖いのは、何も出来ない自分がいじらしいから。置いて行かれないように、先行くみんなを非難した。屁理屈ならべて自分を正当化しようとした。

こうやって赤司の歩みも止めちゃうのかな。でも、それでも。

赤司は、遅い私を受け入れてくれたんだ。

「…緑間、言わなくちゃいけないことが。私ね、赤司と」

京都に行くの。ごめんね。


今まで、何度も戻ってきてくれて、ありがとう。

でも、もういいよ。

あんたは立ち止まっちゃいけない人だ。


「…冗談はよせ」


あ、青すじ。

怒っちゃやだよ、真太郎。
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