笑う赤色


赤司が私の学力テストの結果を見てため息をついた。途端、申し訳ない気持ちが溢れ出してきた。どうしても社会の点が上がらない。100点が並ぶ中、まるで異端児のように32点がいる。米印のついた赤字は何の遠慮もなしに「ボク赤点ですよ」とその存在を主張している。

「…どういうことだ」
「国語数学英語理科、全て100点とったの。すごいでしょ。私ってやれば出来るよね」
「誤魔化すな」
「…ごめんなさい」

私は極端なやつだった。出来るものと出来ないもの、そのどちらかしかなかった。ちなみに音楽と社会が出来ない。音楽に至っては、新しいパートを作り出したあげく、「名字#さん少し小さな声で歌おうか」と先生に言わしめたほどだった。

社会に関しては。

赤司のおかげで地理は人並みに出来るようになったものの、歴史に至っては未だ幼児レベル続行中だ。とは言っても、どうしても興味がわかないのだから仕方ない。教科書を読んでいても、いつのまにか超大作の落書きを完成させている始末。織田?豊臣?そんなの心底どうでもいいYO!

「鳴かぬなら なんたらかんたら ホトトギス。適語補充だ。基本中の基本、というより一般常識だから知ってるよな。まな、答えは?」

(……馬鹿にしないでくれるかい)

それくらい、

当たり前のように知らないぜ!

「知ら…ちょっと待ってね、今思い出すよ」

やばい、赤司の目が怖い。


(…うおおおお私の中の記憶中枢よ!)

(今こそ真の力を発揮すべき時!)

(…はっ!)

…思い出した、思い出してきたぞ!

私の頭の中に、中一の定期試験時の黄瀬の解答用紙が思い浮かんでくる。そこに書いてある答えは!

「鳴かぬなら え、いたんスか ホトトギス」
「笑う気にもならない」

黄瀬エエ!

「まあ、歴史の部分が多かったし今回は仕方ないか」と赤司は何やらごそごそし始めたが、黄瀬のせいで盛大にスベった私のダメージは大きく、ただただうなだれるしかなかった。

「まなが歴史が出来ないのは、興味がないから。理由はちゃんと分かってる」

そこでお前に興味をもってもらうためにこんなのを買ってきた、とバラバラと盛大に机に乗せられたのは、大量の歴史関連のゲームだった。シミュレーションゲームから乙女ゲームまで。信長の野望から薄桜鬼まで。その数、優に二十は超える。思わず青ざめた。「ちょ、これ高かったでしょ!」何ということだ。赤司にかなりの出費をさせてしまった。

「全てブックオフで中古だから心配するな」
「でも…!」
「受かってくれればそれでいい」

なんて赤司は言うが。

ゲーム好きの私のためにわざわざブックオフまで行ってくれたんだろうか。この全中真っ最中の大事な時期に。それに、もう少しで決勝戦だというのに。(練習で忙しいのにこうして私との時間を取ってくれるだけでも申し訳ないのに…ああ私の馬鹿…)と自分を責めた。そんな私に赤司は言う。

「まな、余計なこと考えるなよ」
「…でも」
「僕は優勝する。お前は受かる。僕に任せていれば全て上手くいく。だから、前みたいに変に余計なことするな」
「…はい」

そう釘をさされれば、もう頷くしかなかった。


(……仕方ないよね…寂しいけど)


雰囲気を変えるために話題を探す。

「…秀徳高校って確か学ランだよね。赤司の学ラン姿、楽しみだな!ふふふ!」

だけど、赤司の反応は私の予想の遥か上をいくもので。

「秀徳?お前は洛山に行くんだが。そういえば教えてなかったな。すまない」
「へ、洛山?」

洛山?どこだ?とハテナマークが頭上を飛び交う。

「京都の進学校だ」
「京都…?」

お前は僕と一緒にそこに通うんだよ、と続けて言われればあまりのことに頭が回転するのを止めてしまう。京都ってドコデスカ。都内にそんな地名アリマシタッケ。

「僕はスポーツ推薦。お前は一般入試。かなりの進学校だからレベル高いぞ。頑張れ」

(…京都の洛山…?)

…いやいやいやいや、

京都?京都?京都?

…いやいやいやいや、

ちょい待ち、赤司。

「…京都?」
「ああ」
「KYOTO?」
「イエス。京都」
「…っえええええ!」

聞き間違いではなかったらしい。京都!KYOTO!「天下の台所、KYOTO!」「違う。千年の古都、京都」あ、やっぱり歴史無理。

て、いうより、突然のことに問題が山積みだ。

まず、

「お父さんに何て言おう!許してくれるかな!」
「それだけが僕も心配だ。僕から何回も電話をかけているが、全く繋がらん」
「今はアフガニスタンにいるんだよ。次の帰国はいつだっけ」

カレンダーを捲ると、そこには父帰国未定とある。まじか。全く、使えない父親である。

「…ま、どうにかなるっしょ。お父さん全然帰ってこないけど、ああ見えて私を溺愛してるからさ。いざとなれば泣いて叫んで最後にゲロ吐くね。今までもそれで何でも許されてきたし」
「…凄まじいな」
「うん。でも京都かー。あ、緑間に秀徳って言っちゃった。あいつ、もうきっと秀徳の推薦取ってるよ。やばどうしよう。これはかなり怒られる気がする。緑間に泣きゲロは通用せんからなー」

赤司が笑った。

本当に愉しそうに。

意地の悪い、それはまるで、確信犯のように。

「とりあえず、まなは今日からゲームしまくること。いい?」
「はーい」




こうして、私のちょっと変わった受験勉強が再び始まった。




数日後、すっかり斎藤一の虜になってしまった私に、赤司の機嫌が悪くなったのは言うまでもない。(何故!)
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