まだまだ子ども。知ってます、それくらい。
(※高尾視点)
「隣、空いてますか?」なんて可愛い女の子に声をかけられラッキー!なんて思ってたら、その子が帝光中の制服を着ていたので一気に面白くなくなった。「帝光中の応援席はあっちだよ」なんて言うと「そうですけど…、隣だめですか?」と。
だめです。
なんてね。
中学三年間は全て部活に費やした。
その結果がこれだ。
(全中準決勝。帝光対…えーと…どこ?対戦相手。聞いたことねーとこだな…。…はあーあ、なんか、つまんね、)
いつか絶対に立ってやると願ったその場所に俺が立つことはなくて。
今となっては因縁の相手の試合をただの観客Aとして見守るのみ。
(つまり全然面白くないわけで)
俺たちのチームも決して弱くはなかったはずだ。努力家の集まりだったし、雰囲気も最高だった。こいつらとなら全中も行けるんじゃね?と冗談めかしながらも本気でこの舞台を目指していた、
が、
呆気なく帝光中に負ける。
進もうとしていた道を急に閉ざされたのは、やるせない、ただその一言。何をすればいいのか、俺は一体何がしたいのか、それさえもよく分からなくなった。
(…別にさー、)
別に知ってますよ?俺らがキセキの世代より弱かった。ただそれだけでしょ。でもさ、もしあいつらと予選で戦わなかったら、だとか、もし違うブロックだったら、だとか。考えないわけじゃないの。だってさ、そしたらさ、俺らだってこの準決勝の舞台に立ててたかもしんねーじゃん、ねえ。
(名も聞いたことないような学校じゃなくて、俺らがさ)
子どもみたいに駄々だってこねます。だってボクまだ中学生。残念だったね運が無かったねで終わらせられるほど、大人じゃない。
だから、もちろん、
帝光を応援する気なんてゼロ。これっぽっちもありません。
「俺、アンチ帝光だけどいいの?」
席ならどうぞ、この通り空いてます。ただ君がやりにくいと思います。ついでに俺も、君の隣ってのはやりにくいです。
「いいよ」
「…じゃ、どうぞ」
「ありがとう!」
満面の笑みでそう言われれば。
思わず拍子抜けした。
「ぎゃははは!嘘でしょ!そんな人いないって!」
「いるんだなそれが」
つい30分前までは仏頂面していたはずの俺だが、なぜか今はこの通り笑い転げている。
「本当だってばー…」
ほら見て、と先ほどの可愛い子、改めまなちゃんに写メを見せてもらうと、そこには眼鏡をかけた背の高い男の姿が。変わったところと言えば、背中に大袈裟過ぎるほどに大きなリュックを背負っているところと、尋常でなく汗をかいているところくらいか。遠足で山登りに行ったときの写真らしい。
「このリュックの中にはね、こち亀が全巻入ってるの」
「ブフォッ!」
「あれほど持って行くなって言ったのに、おは朝は絶対なんだって。馬鹿だよね。もう馬鹿を通り越して、憐れみしかないよね」
「〜〜〜!」
ついに呼吸困難に陥った。
おかしい、さっきまではあんなに不機嫌だったはずなのに。
(こち亀!こち亀背負って山登り!しかも全巻!)
今はとにかく、この謎の男が面白くて堪らない。そんな俺にまなちゃんは「…高尾君は賑やかな人だね」なんて言うけれど。いやいや。
「…はーはー…笑った笑った、」
落ち着いた後に、そいつと仲良くなりたい、みたいなことを言うとまなちゃんはすごく嬉しそうに「こいつ本当に友達少なくて心配してたんだ!神経質で面倒臭いやつだけど、よろしくね!」なんて言った。そして「他にもね、こんな写真あるよ」と俺をさらなる呼吸困難へと誘ってくれた。
(あれ、おかしい、)
(全然面白くなかったはずなのに、)
「結構強かったんだよ、俺ら。全中確実なんて言われてさ。でもねー、負けちゃった。最後の最後で」
「あらら」
ひとしきり笑った後は世間話に身の上話。今日会ったばかりでまだまだ手探りな関係のはずなのにこうして口が勝手に動いてしまうのは、きっとまなちゃんがすごく聞き上手だから。
それでつい、ペラペラペラペラ。持ち前のトークスキルを遺憾なく発揮してしまう。
「これでも、毎日居残り練習とかして人より何倍も頑張ってたつもりなんだけど。あー神様ってひでえ!」
愚痴をこぼす俺にまなちゃんはまるで相槌を打つように笑った。それでまた気が大きくなって、スルリスルリ、と口が勝手に動く。
「つまり、凡人はさっさと諦めろってことですよねー」
「そんなことないよ」
「おお!優しいねー!…でもさ、バスケはもうやめるよ。多分、向いてねーし」
それにあのキセキの世代なんて一生勝てるわけねーもん、なんて笑いを含ませながら言い放った後に、ずしり、ときたのは何故だろう。
まなちゃんはその大きな目をぱちくりさせた後、ううん、と首を振ってくれた。
「…高尾君はバスケ続けるよ。だって、この時期に受験勉強ほっぽりだして一人で全中見に来ちゃうくらいでしょ?心配しなくても、高校でもバスケやるよ、高尾君は」
(う、)
何も言えなくなった俺に、まなちゃんは笑う。
「ね?」
なんて言われれば。
へへ、と苦笑いをするしかない。
「…まなちゃんは、志望校どこなの?」
脈絡もなく突然話題を反らしたのは、少しの嬉しさとそして照れくささから。この子と同じ高校に通えたら、なんてちょっとだけ思った。まなちゃんは「知りたい?私の第一志望はねー、」ともったいぶった後、すぐに固まってしまう。
「…そういや知らない」
「え?」
「一回も志望校とか考えたことなかった」
「ブフォッ!」
何という子。
(抜けすぎ、いくら何でもこれは抜けすぎでしょ!)
帝光の応援席ではなく一般席を選ぶあたり変わった子だと思っていたが、やはり先ほどのこち亀の人に負けず劣らず変わった子なのだろう。
「…でも受験勉強はちゃんとしてるんだよ?すごく難しい問題やらされたりするんだよ?…でも、私はどこに行くんだろう」
「ぎゃははは!なんだそれ!」
全部任しっきりだから考えたことなかったや、とまなちゃんは言った。
(…先生に?)
自分の進路を全て委ねられる先生がいるなんて、それはちょっと羨ましいかもしんない。
「つか!この時期に!自分の志望校知らない!なんて!ぎゃはははは!ウケる!」
笑い転げる俺を「…高尾君、」なんて冷たい目で見る。「おっと、ごめんごめん!…ブッ!」「……」あ、やべ。
「で、でもさ、すごく難しい問題やってるってことは秀徳高校じゃないの?あそこ、都内では一番だし」
なんて急いで場を取り繕う。「お、そっか!そうだね!私の志望校はきっと秀徳だ」とどこか腑に落ちない感が抜けないでもないが、「秀徳の制服可愛いといいなー」とまなちゃんは早速高校生活に思いを馳せ始めた。「高尾君はどこなの?志望校、」お、聞いてくれますか。先程決まりましたよ。「秀徳だよ」君と一緒。まなちゃんはニコリと笑って「お互い受かるといいね。高校ではよろしくね!」と。
(あーあ。…参ったな)
この笑顔に今まで何人の男がノックアウトされてきたんでしょうねー。
「…あ、もうすぐ試合始まるぜ」
そう促してやると「わあ!楽しみ!」と言いながらもまなちゃんの表情は真剣なものへと一変。話しかけてみても、もう生返事しか返ってこなかった。
整列する選手たちをじっと見つめるまなちゃんを、俺は見つめてみる。
(…高校でキセキの世代にリベンジってのも、)
(…何か面白くていいじゃん!)
「…へへへ」
「?」
くすぶってた俺の背中を押してくれたことを、まなちゃんはきっと知らない。
それに、
こち亀の人と自分の話ばかりで、まなちゃんの話を何も聞いてないことにも気付いた。
(…やりたいこと、見つかったかもしんない!)
途端に気分が晴れ晴れとする。まなちゃんと一緒にライバルたちを応援してやってもいい、そう思えるようになっていた。
帝光の4番がシュートを打つ。それは綺麗な弧を描いた後、スポッ…とゴールに吸い寄せられていく。(くそ、やっぱ上手いな)同時に鳴る、試合終了の合図。4番がゆっくりとこちらを振り向いた。「ふふふっ!」まなちゃんが彼に向かってピースをする。それを見て微かに笑った後、彼は勝利の歓声をあげる帝光のベンチへと戻って行った。