少女、


「栄坂は何があっても自ら薬を飲むことはない。典型的な薬嫌いだから、無理矢理にでも飲まして寝かせてやる必要がある。もう三日も学校に来ていない。多分、いや絶対、俺の薬を飲んでいない。一向に下がらない熱にさぞ苦しんでいるのだろう。頼む、今日だけは帰らせてくれ」と緑間が部室で赤司に必死に頼み込んでいた。普段は落ち着いている緑間が頭を振り乱して懇願する姿に、一体何があったのかと後輩達は目を丸くしている。「だめだ」「なぜ!」「練習の方が大事だからだろうが」「!」それを聞いた緑間が瞬間的に沸いた。「お前はまなが心配ではないと言うのか!赤司!」咄嗟に下の名前が出てくるほど、自分を見失っているらしい。

「緑間、落ち着け」
「落ち着いてなどいられるか!あいつはほぼ一人暮らしの状態だと言うのに!誰かが看ててやらんといかんだろうが!」

鼻息を荒くする緑間に、仕方ないと溜め息をついて、赤司は自分の携帯のメールボックスを開いて緑間に見せた。俺も横からそれを覗き見する。

差出人の欄には、栄坂まな。

[大切な大会が近いのに練習休むなんて言い出す馬鹿は嫌い]

絵文字もなしにそう書いてある。「臨むところだ。まなに嫌われようが俺は痛くも痒くもないのだよ!」赤司は首を降ってさらに画面をスクロールさせた。

[馬鹿な部員を管理出来ない主将はもっと嫌い]

赤司は一瞬悲しげな目をした後、さらにスクロールしてみせた。そこには

[もし来てみろ。病原菌まき散らすぞ]

とあった。

「…だから行かせるわけにはいかん。というより、僕も昨日まなの家に行ったが、上げてさえもくれなかった。僕たちに風邪をうつすことを心配しているのだろう。不器用な幼なじみの気持ちくらい、汲んでやれ」

緑間は舌打ちをした。苛々したように部室内を歩き回った。が、しかし、やがて大人しくなった。





「よっすまな」
「さようなら」

宅配便を装ってインターフォンを押すと、まんまと引っかかって栄坂は出て来た。「さ!よ!う!な!ら!」ドアを閉めようとしたので体を滑り込ませる。

「キイッ!」
「ぶっ!その声ウケる」
「…何だよ!こちとら病人だよ!発情期オスの相手してやる暇なんざねーんだよさっさと帰れ!」

どうやらよっぽど嫌われているらしい。

「顔真っ赤じゃねーか。どれどれ…見せてみろ。…あつっ!お前これ、相当やばいんじゃね?」

無視しておでこに手をのせてみると、イヤイヤと頭を振られた。「触んないで!」「馬鹿は風邪引かないって言うのにな。おかしーなあ。なあハム太郎ちゃんよ?」おどけた顔したネズミのパジャマを着ている栄坂は「ハム太郎じゃねえ!しげっちだ!」と騒いだが俺にとっちゃハム太郎もしげっちもどっちも一緒である。

「来んなってあれほど警告したのに…病原菌まき散らすぞ!」
「せっかく人が心配して来てやったっていうのによー」
「頼んでねーし。それに言っとくが、私はあんたのせいで風邪引いたんだよ。あんたのせいで三日三晩悩んで悩んで寝れなくて体調不良引き起こしたんだからな。そこら辺、わかってもらえる?…う、」

高い熱があるのにギャーギャー騒いだせいだろう、急に栄坂がよろめいた。それを支えてやる。「お前の部屋どこ?」「…きゃあ!」抱きあげてみたら、思いの外、軽い。そして予想通り、かなり嫌がった。「運んでやる」だから大人しくしてろって。「歩ける、歩けるから下ろせ…!」「うっせー病人は黙ってな」栄坂を抱きかかえたまま、勝手に上がり栄坂の部屋を捜索した。





「リンゴ味じゃねーか。お前、これ幼児用だ」
「リンゴ味じゃねーよ。薬はどう足掻いてもリンゴにはなれねーよ。リンゴ味に似せようとしたゲロ味だボケ」

栄坂は相当ご機嫌ナナメらしい。「ほら飲めよ」と薬を手渡すと「青峰が飲めよ、風邪うつしたかもしんねーだろ」とぶっきらぼうに返された。全く、頑固な女である。よし、仕方ない。それならば俺が飲もう。

「中三にもなって薬飲めねーとかだせえ」
「黙れ」

粉末状の薬と水を口に含んだ。うーむ…確かにリンゴ味とは言い難い。かといってゲロ味とも言わんが。

くちゅり、

それを飲み込むことなく、栄坂に近付いて、その小さな口を無理矢理こじあけた。「…っ何すん…!」無視して、そのまま液体を口から口へと流し込んでやる。

「ん…っ?!」

栄坂の小さな口ではその液体を全て含みきることは出来ず、端からどんどんどんどん垂れていく。不意打ちだったこともあり、気管にも入ったようだ。「…げほっ!ごほ!…げっほげほ!」最終的に、全て吐き出しやがった。えーと…しげっち?が七匹分ほど濡れた。

「…げほっ!…お前死ねほんとに…っげほごほ!」
「…すまん。でも次はもっと上手く出来る気がする」
「次って…!」

さっきのはきっと水の量が多かったんだ。今度は少し減らしてみよう。ということで。




…第二段、用意。




…くちゅ、り




「やめて、や!…ちょ、…ん!」




…ちゅる…、




「…んーっ…ん!」




…っごくん!




「…に、が、…。うげえ。…吐きそ、…うぇ、」

栄坂は眉間に皺を寄せてこみ上げてくる何かを懸命に堪えているようだ。今度はしげっち?だっけ?まあハム二匹分の被害だけで済んだ。まあまあ上出来だ。順調に成長している俺。こぼれた水でテロテロ光っている栄坂のあごや首がエロい。いや、この場合水じゃなくて唾液か。余計エロい。沈まれ、俺。

「…って馬鹿!って今の口移し?!きたない有り得ないきたない!赤司ごめんなさいごめんなさいまたやってしまった…!」

この期に及んでまだ赤司のことを言うか。きたないと言われたのにも少なからず傷付いた。「…薬、飲めたな?」と笑うと「何しやがんだ!」と枕を投げつけられる。

「…まなー」
「下の名前で呼ぶな。調子のんな」
「まな、ほら見ろ。まだあるぜ?」

こんなに、と目の前で薬袋をふる。

「自分で飲む。置いとけ。そしてお前は今すぐ出てけ」
「俺が全部飲ましてやる」
「黙れ下手くそ。大体何で当たり前のように家に入って来てんだ。不法侵入で訴え、…って次の準備すんな!」




無視して第三段、用意。




「や…っ!…んー!」




くちゅ…ごっくん。




「ゲホッ…!」

これは、下手くそって言った罰だ。

「…はい。これであと残り二袋ー」
「はあっ…はあ…」
「その反抗的な目、いいな」
「死ね」




「…さすがに疲れたわ」

なんつーか、口の筋肉総動員って感じ?栄坂逃げるから、それを押さえ込むのも大変だし。あー…あごいてえ。

結局栄坂は全ての薬を俺に飲まされた後、「リ、リバース…!」とトイレに駆け込んで行った。全く、失礼なやつだ。

「…あんたさ、本当に私のこと好きなの?」

生気を失ったような顔をして戻ってきて栄坂は言う。上半身の…ハム太郎だっけ?それは結局全て濡れてしまったので栄坂は新しいパジャマに着替えていた。(それ知ってる。イシツブテだろ?お前の一番お気に入りのポケモンの)

「ああ。大好き」
「まじきもい」
「あ?もっぺん言ってみろ?」
「やんっ!きゃ!…もう!ほんとに調子のんな!」

あー面白れ。

「私のことが好きなら、どうしてこんなにひどいことをするの?好きな人が苦しむの見て楽しい?」
「楽しいぜ?」
「変態鬼畜外道発情期死ね」
「口悪ぃーな」
「どうしよう本格的に青峰がおかしくなった。こんなのやっぱり青峰じゃない。ちゃんと赤司に言わなきゃ。って言えるわけないじゃない。ああまた一つ隠し事が…!」
「あ、これもしかしてお前のお兄さん?」
「お兄ちゃんの写真に触んな!」

なかなかのイケメンじゃねーか。

俺から写真を取り上げようと栄坂は背伸びするが、190近くある俺にお前がとどくわけないだろ。バカアホマヌケ。


写真の中でこいつの兄は、バスケのユニフォームを着て仲間たちと笑い合っている。いつかの栄坂の言葉が思い出された。


(主将の抜けたチームは、最後の大会なのに、一勝も出来なかった。あれは、今もトラウマ)



「…決めた」

桐皇学園、か。

「俺ここに行く。んでバスケで日本一になって、お前の兄さんの夢、俺が叶えてやるよ」

栄坂はぽかんとした。「おい…聞いてる?」「え?…うん」次第にみるみるうちに真っ赤になっていく。「何でお兄ちゃんの夢知ってんだよ…青峰には話したことねーだろ」うっせ。言われなくても分かるわ。写真見ればすぐに分かるわ。

「…でも青峰じゃ無理だと思うよ、サボリ魔だし」
「最近はちゃんと部活出てるっつーの」

俺の言葉を聞いて、栄坂はもじもじしだす。そして、しばらく迷った後、照れを隠すための、だけど全く隠せていない、そんなはにかみ笑顔を見せてくれた。

「…じゃあ、ちょっとだけ、期待しとく、かな」

久しぶりの敵意のない目だった。(…っ可愛すぎる!)衝動的に抱きしめたら「死ね!」と股関を蹴られた。



「のぉぉぉお…!」
「さっさと帰れ発情期」
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