少年、


そうか。俺って栄坂のことが好きだったのか。言った後に自覚した。頭より先に体が動くあたり、さすが俺だった。

女の唇って柔らかい。初めての感触に自分が止まらなくなった。キスっていいな。黙らせて、そして分からせるには持って来いの方法だ。俺の中に閉じ込めてしまえば、栄坂はもう受け入れるしかない。合わせるしかないのだ、唇と唇を。出来ることなら、もう一度したい。

それに怯えた目にもぞくぞくした。もっと歪めて、泣かせてみたいと思った。でも実際に泣かれると、腹が立つのは何故だろう。

赤司に全て話しちまった。あわよくば、お前らが壊れればいいと思った。



わりぃ、栄坂。



後悔なんてものは別にない。前に、それこそ栄坂が俺の奴隷になる前、その時にまで戻りたいなんて思わない。やり直したいなんて思わない。もうあの声で「青峰、」と呼ばれることはないことも分かってる。それはそれでいい。

今の方が気が楽だ。

前の俺が馬鹿に思える。変に栄坂に気を使って、助けようとして、失敗して。ため込みがちの栄坂が心配で、俺が気にかけてやらねーと。なんて変な使命感に捕らわれて。

馬鹿みたいだ。ヒーローに憧れた、ただの偽善者。いや、偽善者以前。ただのうそっぱち。漫画の読みすぎ。現実はあんなにも簡単じゃない。

報われないことに耐えられる程の人間じゃなかった。ただそれだけ。

笑った顔より怯えた顔の方が美しいと思った。どうしようもなく困った時の顔の方が可愛かった。普段が強気なだけあって、窮地に陥ったときの栄坂にそそる。もっと見たい。そういやどっかにいたな、こんな変態女。


栄坂ってさ、優しいよな。俺を殴るなり蹴るなり、キスが嫌ならそれこそ噛みつくなりすれば良かったのに。どうせ「もうすぐ全中だから怪我させちゃいけない」なんて考えてたんだろうな。





あいつは押しに弱い。





「…まな、」

下の名前で呼ぶと、栄坂はビクン、と振り返った。もう俺が話しかけてこないとでも思ったか。アホか、お前。

「…え?」

あー怯えてんな。

「俺、お前が好きだ」
「…わ、私は赤司が」
「知ってる」

俺が近付くとじりじり後ずさる。面白くて、可愛くて、仕方ない。

後ろは壁。前は俺。いつかと一緒だな。

それに気づいて、まさかって顔を青くして。お前って、本当にバカアホマヌケ。面白いくらいに可愛い。

「やめて、お願い。赤司にもう次はないよって言われたの。お願い、青峰、お願いだから」

無視。

無視。

無視。

「やっ…!」

…あー。

やっぱりやわらけーよ。

お前の唇。

クセになりそう。

「まなー、頼むから泣くなよ?イライラすっから」
「…ど、して…」

青峰、こんなことする人じゃなかったよね。と涙の溜まった目から伝わってくる。

別に答えてやってもいいぜ?

「何かアホらしくなったんだわ、今までの俺全部」
「…え?」
「お前喜ばすより泣かした方が楽しいことに気付いた。あ、でも泣くなよ?泣かせるまでっつう意味だから」

ぽろぽろぽろぽろ雫が落ちてきて、チッと悪態つくと、ビクンと震える。

ああ、この調子じゃよっぽど信頼されてたみたいだな、昔の俺。自嘲からか口角が上がった。涙の通路を舐めてみる。「きゃ、」しょっぱい。

「嫌い、青峰嫌い。この変態。離せ、離せよ」
「残念。俺はまなが好き」
「やだ、やっ」

キス魔って言うの、これ?

「次はないって、言われたのに、何すんだ、よ。赤司に嫌われたらどうしてくれんの。やだ、そんなのいや。青峰のせいだ。アホ峰、馬鹿峰、死ね。死んじゃえ」

次はないとか俺知らねーし、むしろ好都合。

まあ、丁寧に解説してやるなら、赤司の言う"次はない"っていうのは隠し事するなっていう意味で、俺とのキスは関係ないと思うけどな。そこら辺取り違えるほど、お前は必死なんだろうな。

教えてはやらんが。


「内緒にしとけばいーじゃん。お前がヘマしなきゃバレねーよ。ま、赤司に捨てられたら、そんときゃ俺のとこに来ればいい」
「…絶対青峰のとこなんか行かない」
「わかんねーよ?どうなるかなんて」

で、どうすんの?またキスしましたって赤司に言ってもいい?なんて言うと顔を真っ青にした。「…お願い、」なんて小さな唇が動く。

「……内緒にして、」
「…了解」



隠し事、一つ。

少しずつ壊れてけ。
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