壊れる関係
「…つまりライバルがいなくなった、と」
栄坂が要約した。そうだ、と俺は頷く。
「…なにそれ、ばっかみたい!」
けたけたと栄坂が笑う。予想外の全面的な批判。まあ別に同情を期待していたわけではないが。奴隷にはあるまじき失礼な態度に、不思議と怒りは沸いてこなかった。
この時は。
「あ?」
俺が何か言う前に栄坂は続けた。
「赤司がいるじゃん。負けなしの。赤司をライバルにすればいいよ。いくら青峰でも赤司には勝てないよね」
至極当たり前のように言う。だんだんと以前の栄坂が戻り始めてるのを感じていた。(赤司、赤司、)俺の言いなりになっていた栄坂が消えていく。このままじゃ、奴隷がいなくなる。栄坂がいなくなる。
嫌だ。
「…赤司だって俺には勝てねー」
必死に言葉を紡いだ。嘘じゃない。先程までのように、栄坂が俺の言葉に従うのを欲していた。
奴隷が反抗してんじゃねーよ、
「最後に勝つのは赤司でしょ」
栄坂はそれに気付いているのかいないのか。確かなのは俺らの関係を終わらせようとしていること。以前のように戻ろうとしているのだ。
つまり、お前は、全部無かったことにしたいのか。
前みたいに戻ろうなんてそんなん無理だ。だってもう、知っちまった。
戻ろうとする栄坂と戻すまいとする俺。この言い合いで、全てが決まると思った。
「ま、とりあえず部活には出なよ。これからは赤司と好きなだけ争えばいいよ」
「やだね」
「何で?」
「だって相手になんねーし」
栄坂はあからさまに眉を寄せた。赤司を悪く言われるのが気に入らないらしい。でも本当のことだから仕方ないだろ。
(仕方ないだろ、)
(だって、)
必死にもなるぜ。
(…だって俺は、)
なんかデートみたいで楽しかったんだよ。なんか恋人同士みたいで楽しかったんだよ。お前は嫌だったかもしんねーけど、俺は楽しかったんだ。まだ続けていてーんだ。
今まで、絶対無理だと思ってたんだよ。
お前と出かけたり、飯食ったり、用もないのに一緒にいたり。
知っちまったんだ。
頼むから、もう少しだけ。
「…このままじゃ、青峰とも喧嘩になっちゃう」
すっと絡んでいた視線を栄坂から逸らした。
「青峰が部活出ないのは勝手だけど、全中で負けて赤司の足を引っ張ることだけはしないでね。私はそれが言いたかったの」
栄坂は言い合いを投げた。そうやって自分を優位に持って行こうとした。それが俺を怒らせるとも知らずに。
お前、それはないわ。ずりーよ。むかつく。許せねー。
教室から出て行こうとするのを捕まえる。
「どこ行くんだよ」
「灰崎と話に行くの」
「あぶねーだろ」
「でも、もう嫌なんだもん」
赤司に隠し事は、と言いかけた栄坂をグイッと引き寄せると小さな体は俺の中にすぽりと納まった。「なっ何!」無視。「離して!」無視。「青峰!」無視。やがて暴れ出したが、痛くもかゆくもない。
「…お前さー、ここから脱出も出来ねーくせに笑わせんなよ。灰崎はもっと非道い手、使うぜ?」
嘘だ。
「わかるか?俺って赤司より大きいだろ?力強いだろ?」
「バスケだってそうだ」
対象が灰崎から赤司に変わったことに気付いていないわけじゃない。
俺の言葉を聞いているのか、いないのか、栄坂は暴れ続けている。そーだよなー、お前って赤司以外に触られるの大嫌いだもんなー。
「…栄坂、すまん」
謝って、少し体の力を抜けば。栄坂はほっと安心したようだった。はっ!こんな演技に騙されてバカみてえ。抵抗の弱くなった栄坂を壁に押し付けることくらい簡単だった。後ろは壁、前は俺。これでもう逃げれないだろ。
怯えた目、してんじゃねーよ、
「…好きだ」
ハッと見上げてきた栄坂の、その唇を無理矢理奪う。
栄坂の力が完全に抜けた。
「好きだ」
(行くな、)
「…好きだ」
多分、ずっと前から。