調子にのるな、ヒーロー


赤司には言わないでほしいの、とあいつは言った。だから、言わない。


栄坂がどこに行っても、灰崎はいた。赤司や俺が近くにいるときは何もしないものの、ものすごい眼力で栄坂を見ていた。栄坂はそれを気にしないように振る舞っていたが、内心はビクビク震えているのが見て取れた。赤司もそんな栄坂を不審に思ったようだった。「何をそんなに気にしてるんだ?」「何でもないよ」という会話が何度も繰り返されていた。


赤司に心配かけたくないの、とあいつは言った。だから、言わない。


赤司が部活に行ってしまい一人になると、栄坂は灰崎を恐れて俺の元に来るようになった。部活をサボりがちの俺に「ちゃんと出ろよ。もうすぐ全中だろ」と憎まれ口を叩くくせに、「本当に部活行ってもいいのかよ?」とニヤニヤしながら聞くと、う、と答えに詰まる。あの栄坂相手に優位に立つのが面白くて、何度も何度もからかった。すると、だんだん分かってきた。こいつは押しに弱い。


そんなある日。腹が減ったから牛丼でも食おうと思って「赤司以外と飲食店に入るなんて!」と言う栄坂を無理やり引っ張って吉○家へ連れて行った。まあ、「灰崎に何かされてもいいのかよ?」と言えば、途中からは大人しくついて来たのだが。実際、昇降口には灰崎が居て、栄坂の横にいる俺を見てチッと舌打ちをしたということもあり、栄坂は俺の言いなりになるしかない。

「…青峰に頼ったの、やっぱり失敗だったかな」
「しらけた。帰るわ」
「うそうそ!ごめんなさい!」

腰を上げようとすると、思い通りの反応を見せてくれた。いつもの栄坂ならば「帰れば?あ、会計はよろしくね」なんて言うところだから面白くて仕方ない。「お前、それ以上食べないならくれ」と栄坂の牛丼を指差すと「…食べかけだよ?」と少し嫌そうな顔をした。なんだよ、赤司や緑間は良くて俺はだめかよ。とイラッときたので「腹減ってしゃーねーんだよ」と無理やり奪って食べた。

「…もー…」
「んだよ、文句あるなら帰るぞ」
「…ないもん」
「まあ怒るな怒るな。ちゃんと家まで送ってやるからよ」



そんな日々が続くと、栄坂は赤司への罪悪感を感じ始めているようだった。だからなのか、赤司が部活に行く時間以外は赤司にべったりになった。赤司の方も満更ではなさそうで「最近は妙に甘えてくるな」「ふふふー」二人でくっついている姿を見る度、俺は鼻の奥がつーんとした。まあいい、今日はどこを連れ回そうか。放課後は俺のもんだ。なんてことを考えている自分に気付く。ちなみに灰崎の方もなかなかしつこく、栄坂はもう完全に灰崎を恐れていたから俺から離れることはなかった。



「他の人に見られたら誤解されちゃう!」

案の定栄坂は騒ぐ。

「知らねーよお前が勝手に俺について来てんだろ」

人通りの多い商店街を歩くのは特に嫌がった。「だ、だって…!」後ろを振り向いて灰崎の姿を確認したらしい。「…ついてきてるんだもん!」今や灰崎はストーカー並みの執念を見せている。さすがに俺も少し煩わしかったので「…こっちだ」と栄坂を路地裏へと誘導した。「っ!」誘導するために肩に手を触れたのがいけなかったらしい。めんどくせー女だ。こういうところ、苛々するわ。



ある日の放課後、俺は俺の宿題をやっている栄坂を見ていた。栄坂は今や完全に俺の言いなりだった。ま、俺のボディーガード代は高いってことだ。しばらくすると、「…やっと終わったー!」と、栄坂が背伸びした。「ご苦労、ご苦労」と俺が言うと反抗的な目で見られる。「あ?」「何でもないですー」ふいっと目を逸らされた。

はん、やっぱり俺には逆らえねーよなー?灰崎こえーもんな?

「…真面目な話していい?」

そして栄坂が切り出した。

「…青峰はどうして部活をサボり始めたの?」

何気なく言ったように見えて、かなり慎重だったことくらい簡単に分かった。「お前にゃ関係ねー」と吐き捨てた。

「ですよねー」

そうは言うものの、栄坂はめげなかった。

「でももうすぐ全中じゃん。そろそろちゃんと練習しなきゃ」
「俺が部活行ってもいいのかよ?」

ニヤニヤしながら俺は言う。「一人になると灰崎に捕まるぜ?」栄坂はいつも通り、う、と答えに詰まるものかと思っていた。しかし、予想に反して、

「…いいよ」

とはっきり俺の目を見てきた。意表をつかれた。

「…は?」
「もういいよ」
「何で?」

冷たい汗が背中を流れた。



「…こんな赤司に隠し事みたいなの、もう辛いの。だからちゃんと灰崎と向き合うことにした」

栄坂の口振りからして、それはもう長いこと悩んで悩んだ上の決断らしかった。(…は?)灰崎とちゃんと向き合うってなんだよ。バカ、か弱いお前がそんなこと出来るわけねーだろ、バーカ。少しは冷静になれ。バカアホマヌケ。

「…ごめんね。今まで振り回して。青峰が部活出るの、私が邪魔しちゃってたんだよね。気付かなくてごめん」

まるで全て自分が悪かったかのように栄坂は言った。急速に展開する流れについて行こうと必死になっていた俺は、そこで気付く。これは栄坂お得意の、あれだ。(だから、心配することなんか、)

「…部活に出ねーのは、別にお前のせいじゃねー。だから変に気にすんな」

驚くほどに掠れた声が出た。落ち着け、俺。こんなんじゃ焦ってることがバレちまう。(…焦ってる?)つか、何で俺、焦ってんだ。(…それはあれだ、ほら。栄坂という名の奴隷を手放すのが惜しいからで、)

「部活に出ねーのは、つまんなくなっちまったからだ、」

話し出したら、止まらなくなった。まるで引き止めようと必死じゃねーか。



それもいつかの赤司より、何倍も格好悪く。
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