彼→→(→)←←彼女


「赤司には本当にたくさんのファンがいますね。この前なんておっかけに付きまとわれていましたね。まなさんはそれを見て、非常にヤキモキして、それはもう後先考えずにおっかけから赤司を奪ってしまうほどでした。だから、赤司、今すぐ私に愛していると言いなさい!」


少しの反抗をのせた瞳に、ビシッと指差されれば。



まなはときどき、こうしてものすごく大胆になる時がある。それは何の予兆もなしに突然現れ、何事もなかったかのように過ぎ去ってゆく。

「……(また出たな)」

何も言おうとしない赤司にまなは哀しげな表情を一瞬見せたが、すぐに何でもなかったかのようにそれを引っ込めた。

「言いたくないのなら別にいいです。全て忘れてください。むー!」

如何にも、私は拗ねました、というような態度。今、まなの心ではブルーな感情が溢れ出しているが、それを赤司に悟られまいと自らその要求を冗談へと昇華させた。

それは誰もが日常的に行うだろう、対人関係にひびを入れないための装いの一種。しかし、まなのそれは明らかに他人のそれよりも上手い。それが赤司に苛立ちを感じさせる時があることをまなは知らない。

「………」
「………」

無言が、彼等二人を支配した。

赤司がちら、とまなを見ると、目が合った。不機嫌そうに、逸らされた。会話はなく、再び無言が訪れる。先に口を開いたのはまなだった。

「…でも赤司、これだけは知っていて下さい」

「赤司はまなの彼氏です」

「…まなに飽きたのなら、いくらでもこうしてキャラを変えてあげますから、」

「他の女の子に触らせたりしないで」


(…また、)


またぶっ飛んだことを考えたもんだ。

赤司は吹き出しかけるが、当の本人は真剣そうなので何とか堪える。感じていた少しの苛立ちもどこかへ消えた。

(大体そのキャラは何だ、)

突如始まった小さな劇場。面白そうだからと、その奇行をもう少しだけ見守ってやることにした。

僕の反応が欲しいようだけど、あえて何も言ってあげない。代わりに黙って見つめてあげる。と。

まなの瞳にあるのはもはや反抗心ではなくて、いつものまなの言葉を借りるとすれば、「どうして何も言ってくれないの、もしかしてものすごく煩わしいのかな、どうしようどうしよう」と言ったところか、など考えていた。

ときどきお前にものすごく意地悪したくなるよ。とも。

「………」
「………」
「………」
「…何だよ征ちゃん愛しているくらい言えよ馬鹿ー!!」

ついにまながはちきれた。赤司はまなに悟られないように小さく笑う。

「そんなんじゃ黄瀬のところに行くからな!あいつはいつもいつも甘い言葉を囁いてくれ…ごめんなさい」

まなはすぐに謝った。なぜなら赤司の目が、瞬間的にかなりの怒りの色を宿したからだ。

冗談だったとしても少し聞き逃せなかった。お前が悪い。としょぼんとしたまなを見下ろしながら赤司は思った。

「……まな、」

ずいぶん久しぶりに口を開いた気がする。

「つけられている」
「へ、」
「緑間、青峰、黄瀬に」
「…は?」

バッと後ろを振り向こうとしたので「馬鹿、振り向くな」と止める。まなはわけが分からないらしく、頭からハテナマークを出し始める。

「……何で?」
「さあ。それは僕にもよくわからないが」

まあ大方、緑間の迷走か、黄瀬の好奇心だろうが。

(…それにしても情けない)

デート終盤になって尾行されていることに気付くとは。

「とりあえず、まなの家に寄ってもいいかな?」

あいつらを撒きたいから、と言えば、

「うん。いいよ」

と、先程の奇行などなかったかのように「くそー、緑間達め。何考えてんだ」と不満げに付け足した。





実際、まなの何気ない言葉から、(あの三人の総称を"緑間達"としたあたり、今現在まなと一番距離が近いのは緑間か、)そんな情報まで仕入れてしまうほどに赤司はまなを思っていた。しかしまなはそれに気付くことなく、飽きたならキャラを変える!発言まで出てくる始末。

少しだけ、頭が痛くなった。

大体僕はお前に対してプロポーズまがいのことをしているし、先日だってそれこそ色々確認したばかりだろう。それなのに、まだ「愛していると言え」と言うか。僕はお前をそんなに不安にさせているか?自分でも時々恥ずかしくなる程にどろどろに甘やかしているはずだが。

(愛していると言えと言われても、)

言うべきところ、言わざるべきところがあるだろう。

「ねぇ、赤司、」

まなが笑う。

「すごく難しい顔してるよ。頭がフル回転って感じだ」

誰のせいだと思っている。

「赤司は尾行の理由を考えてるんだろうけど、それは後で黄瀬に聞けばいいよ。あいつ嘘下手だし単純だし、ちょろいもんだよ。だから、今はデートを楽しもう?見せつけてやるんだ、心配症の緑間には特に!」

人の気も知れず少し飛び跳ねながら言うから、今日買ってやったネックレスがシャラン、と揺れる。まながそれを見て「ふふふっ」と笑った。途端、赤司は気付いた。

まながこうやって笑うのは自分だけだ、と。

人によってはそれがどうしたと笑われるかもしれない。しかし赤司にとってはかなりの衝撃だった。

なぜ今まで気にしていなかったのだろう。こんなにも分かり易くまなは自分を愛してくれている。それを言うなら、先程の奇行だって行き過ぎたまなの愛情表現に他ならないのではないか。

まなには自分の感情を隠す癖があり、それが時々赤司に対しても行われることが気に入らなかった。「愛していると言え」と言うのも、本心だろうかと少し疑ったのだ。場を取り直すためだけの要求に応えてやるつもりなどなかった。

しかし、本当に、ただまなが赤司を独り占めしたかっただけなのだと知る。

今度は思わず声を含んだ笑いが漏れた。「んー、なにー?」まなは不思議そうに聞くが、教えてはやらない。

「せっかくだから、家で晩御飯食べていきなよ。赤司の好きなもん作ってあげる。まなさん頑張っちゃうよ。ふふ!」

黙って見つめてみる。

「あー!またー…もう!黙るの禁止っ!ふふふ!」


(…あー…)

だから自分はこの子が好きなのだろう。一生手放したくないと思うほどに。





…仕方ない。我が儘なお前のために、今日くらいは馬鹿みたいに甘くなってやってもいい。家についたら覚悟しろ。


まずは、愛している、だっけ?






「もういいです、もうちょっとこれ以上は聞けない」
「       」
「ひゃあああ!」
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