要は同じニオイがしたのよ
どうも、みなさんこんにちは。覚えておいでかしら、南十字美代子よ。
今、とおっても、面白いことになっているの。
なんとあのまなちゃんが、中庭にて灰崎君と喧嘩中。まなちゃんと灰崎君はお互いに面識がないはずなんだけど、灰崎君の方が一方的に赤司君に恨みがあるとかで、偶然そばを通ったまなちゃんに喧嘩を売ったのが原因よ。
最初、まなちゃんは「…何?そして誰?」と状況がわからないようだったのだけど、今や本気で灰崎君に対して怒っているみたい。
大切なもの、壊されちゃったんですって。
まなちゃんの気持ちもわかるわ。けど、あの灰崎君と喧嘩するのは向こう見ずな馬鹿のすることだと思う。
(ふふん、)
もちろん助けるなんてことはしないわよ、赤司君や青峰君じゃあるまいし。ゆっくり見物させてもらうつもり。
普段は見られないまなちゃんの姿に、あたしは胸がきゅうきゅうする。
でもね、
それが驚いたことに、まなちゃんが優勢なのよ。
「…てめぇがあの灰崎か、」
赤司の心労増やしてくれた元凶の、とまなちゃんは付け足した。
普段のまなちゃんからは想像できないほど冷たい声に、あたしは体の芯からぞくぞくする。
(それにしても、このシチュエーション、たまらないわ…!)
だってまなちゃんたらあの灰崎君の上に馬乗りになっちゃってるのよ。
あの灰崎君が、まなちゃんみたいな小娘に乗っかられちゃってるのよ?
普通、逆になるわよね?
でもそこはさすがまなちゃんでしょう。
ああ…っ、端から見たら不良が美少女にいいようにヤられている構図にしか見えないわ…!
灰崎君自身もその状況が信じられないみたいで、本気になれば形勢逆転なんて余裕だろうに、まなちゃんの次の出方を伺ってしまうほどに受け身になっている。まなちゃんのその手にはなぜか鋏が握られてて、少しだけ隠された狂気を感じた。(…イイ!)ああそれにしても、灰崎君が羨ましいわ。あたしだってあんなにまなちゃんを怒らせたり、馬乗りになられたりしてみたかったというのに。
「…灰崎ぃ、」
ドスッ!柔らかい花壇の土に、鋏が深く突き刺さった。「…!」音にならないほどの小さな声を灰崎君があげた。あと数センチずれてたらお耳にもう一つ穴ができちゃうところだったわね。
「…ネックレスのことは許してやる」
百歩譲って、と。
まなちゃんは先程灰崎君に粉砕されたネックレスを哀しげに一瞥したあと、またすぐに氷のような表情に戻る。
「…だがな、」
まなちゃんは地面に突き刺していたその鋏をグイッと抜いた。灰崎君のネクタイを引っ張って、自然と近づいた灰崎君の目、そこでその刃をちらつかせる。
「これ以上、」
金属特有の危うげな光を反射させた。
「赤司に近付くなよ?」
シャキン…!
まなちゃんが颯爽と去っていった後も、灰崎君はしばらく起きあがれなかったみたいだ。
先程までまなちゃんに乗られていた胸の上に手をおきながら、目をぱちくりさせている。まなちゃんの後ろ姿を呆然と見つめていた後、ハッと気がついたように起き上がった。まなちゃんは鋏を目の前でシャキンとしただけでそれ以上何もしなかったのだけど、馬乗りになられたことが余程屈辱的だったのか灰崎君の顔はだんだん赤く沸騰していった。
あの灰崎君を圧倒するなんて。
(さすがまなちゃんだわ、)
あたしがこうやってちょっと弄っただけで、予想以上のものを見せてくれる。
(でもまあ、)
と、性格の悪いあたしはニヤニヤが止まらない。
灰崎君の性格じゃ、きっとこのままやられっぱなしってことはないでしょうね。いつかそのうち、何倍も非道いことやり返すんじゃないの?まなちゃんに一体どんなコトをするのかしら。きゅん!まなちゃんの恐怖に歪む顔や悔しくって堪らないって顔、その他もろもろの、ただのクラスメートじゃ一生拝むことが出来ないであろう貴重なまなちゃんの表情、合理的に見れるチャンスキタコレ!
なーんて、思っていたんだけど。
次に灰崎君の呟いた言葉にあたしは思わず失笑した。
「……やべっ、惚れた」
こいつ、Mね。