刹那の中、全てが収束する


[本日10時に駅前集合]というメールを緑間から受けとった俺は、ぶーぶー文句垂れながらも、指定の時間に指定の場所にちゃんと行った。すると、なんとそこには黄瀬もいたもんだから聞いてみる。「何で俺たち呼ばれたんだ?」「まなっちのデートを尾行するためらしいッス」「アホらし。俺、帰るわ」ったくこいつら馬鹿じゃねーか。栄坂に見つかったら、やばいことになるぞ。

「待て、青峰。ただでとは言わん」

新作の堀北マイちゃん写真集をちらつかされたら飛びつくしかない。くそ、緑間ごときに釣られるのは癪だがこれも堀北マイちゃんのためか…!

「まっどうせ赤司には見つかると思うけどな」
「だからお前らを呼んだのだ。桃井と黒子のデートをストーカーしたんだろう?」
「その言い方やめろ」



10:30

先にやってきたのは赤司だった。モノトーン調のシンプルな私服だ。少し遅れて栄坂の登場である。

「あいつ、俺と出かけるときはいつもジャージだというのに…!」

赤司とのときだけ妙に色気づいているのが緑間は気に入らないらしい。「いつものことじゃないッスか」と黄瀬は言うが、そのとおりである。

栄坂の格好は、普段のあいつとは完全にかけ離れた女の子のそれだった。ふわっとしたワンピースに少しヒールのあるサンダル。髪の毛にはアクセサリーまでつけている。

化粧こそしてないものの、いつものアホ面とは打って変わって、恋する乙女特有のふわーとしたような、ほんわかとしたような、俺には気恥ずかしくて形容しがたい表情をしていた。それだけで栄坂を取り囲む雰囲気は一層華やかになっている。

(…へー)

あいつの制服姿しか見たことなかった俺にはなかなか新鮮だ。

「…可愛いッスね」
「どこが!」

緑間は歯軋りした。

けっ。アホらし。



11:00

「わーお客様、よくお似合いですよ!」

店員が次々と服を持ってきては、断れない栄坂は仕方なしに全て試着している。赤司も助けてやればいいのに、「こっちのスカートの方が良い」とノリノリだから困る。まるで着せ替え人形だ。

緑間はそんな栄坂をものすごい眼力で凝視していた。「あんなに短いのは駄目だ。中身が見えてしまう」中身ってお前。「俺はセクシーで好きッスけどね」と黄瀬が言った。

赤司もさすがにいかんと思ったのか今度はショートパンツを持ってきた。栄坂は、げんなりとしながらも「…これで最後だからね!」と試着室の中に消えていく。

「…まなっちって着こなすの上手ッスね。カメラマンに紹介したら喜ばれそう」

着せ替えごっこを見て、モデルとして思うことがあったんだろう。

「馬鹿め。今頃知ったか。だからお前は駄目なのだよ」

どうしてお前が自慢げなんだよ。



13:00

結局あれからさらに何度も何度も試着させられ、ようやく解放された栄坂はどうやら小腹が空いたらしい。小さなカフェに入っていく二人。栄坂の荷物を全て持っているあたり、さすが赤司である。

「どーすんだよ。店に入られちゃ尾行も何もねーよ」
「こっちに来い、ここからならよく見える」

完全に犯罪者じゃねーか。



15:00

二人はゲームセンターにて、きゃいきゃい銃撃戦を楽しんでいたが、俺と黄瀬は疲れきっていた。ここに来るまで少なくとも四回は職質された。変な目で見られた回数はもう数え切れないほどだ。以前より尾行がスムーズに進まないのは、絶対に緑間がいるからである。人の目を気にすることなく尾行を続ける態度は感歎に値するが、周りから見るとただの不審者であることにいい加減気付け。

「わーまた赤司に負けたー」

栄坂はスコアを嘆いていたが、俺は絶句した。(信じられん、プロ級じゃねーか)「栄坂はああいうどうでもいいことはよくできる」と緑間が解説する。

続いて太鼓を叩くだけのリズムゲームをしていたようだが、これはさっきとは別人じゃねーかと思うほどに下手だった。「栄坂に音楽の才能はこれっぽちもない」と緑間がまた解説した。

「…青峰っち、あれ」

黄瀬の指先をたどると、何やら栄坂と爆笑している赤司が目に入る。珍しい。「赤司をあんなに笑わせられるのは栄坂だけだ」だからどうしてお前はそんなに得意げなんだ。

「赤司と初めてプリクラ撮ったー!」

俺たちに監視されていることも知らず、当の本人はご機嫌な様子である。



17:00

ゲームセンターを出てから、ぶらぶらと商店街を歩く二人。アクセサリー屋に立ち止まって、赤司が栄坂に何やらプレゼントをしたようだ。「これ、似合うよ」可愛らしいネックレスだ。栄坂は目を輝かせていた。

「俺が前に雑誌のおまけのブレスレットをやった時は、そんなのいらないと言い放ったくせに…!」
「それは雑誌のおまけだからッスよ、緑間っち」

ふふふー、と笑ってネックレスをつけてもらう栄坂。「これなら学校にしていってもバレないね。毎日着けるね」と幸せそうである。


そんな栄坂を横目に緑間が言った。


「どう思う?」
「順調にバカップルだと思うぜ」

黄瀬が頷く。

「リア充見せつけられただけなんスけど」

何がそんなに心配なんスか、と不満げに付け足した。

緑間は眼鏡を押し上げた。

「だからお前らは駄目なのだよ」



19:00

赤司は栄坂家にて夜ご飯を食べていくらしい。二人とも栄坂の家に入ってしまったので、さすがにこれ以上はどうしようもない。緑間は「残念だがここまでのようだ」と解散を宣言した。黄瀬と別れて、男二人寂しく夜道を歩く。「今日はお前ら二人のおかげで随分助かった。振り回して悪かったな」お前がひとりで暴走してただけだけどな!と俺が突っ込むと、緑間は急に真剣な口調になった。

「俺は今日の尾行で確認したいことがあったのだよ。先日、栄坂が泣いている姿を見るまでは杞憂だと思っていたのだが、」

今日の尾行はただの興味で行われたのではなかったのかと知った。

「俺は確信した。栄坂は、思ったよりも赤司に入れ込んでいる」

ずっこけかけた。そんなこと以前から知っていることだ。それが、緑間にとっては一大事だと言うのか。

「このままじゃ、また繰り返してしまう。もし赤司がいなくなったら、栄坂はどうなる?…きっと次は耐えられないだろう」

緑間が栄坂のお兄さんのことを言っているのなら、それこそ杞憂だ。赤司は栄坂を手放さないし、その逆もない。そう俺は断言できる。先日見たあれが証拠だ。

「…お前が何をそんなに心配しているのかわからんが、あいつらは絶対離れねー。あの調子じゃもう将来の約束もしてんじゃね?」

冗談を含め、少し笑いながら陽気に言った。緑間を安心させるためだったが、顔をしかめさせただけだった。

「だからお前は駄目なのだよ」

今日何度も聞いたこの台詞。

「約束など少しも当てにならん」

少しだけ怒気を含んだ声だった。まるで、当たり前のことを言わせるなと言われたようだった。

「いつか別れが来たとき、栄坂はきっと壊れてしまう」

(だめだ、こいつ。まるで聞く耳もたねー)

これ以上、何を言っても無駄だと思った。緑間は視野が狭くて堅い人間だ。

こうと決めたら、こう。

(栄坂と赤司は大丈夫だっつーの)

苛立ちを込めて、小石を蹴りながら歩いた。







たとえもし仮にそういうときが来たとしても、

壊れるのは栄坂じゃない。



赤司の方だ。
- ナノ -