凛とした君に
急いでココアを持ってくると、いつものあっけらかんとした栄坂に戻っていた。
「ありがとう、青峰」
普段通り、しししっと笑う。真っ赤な目をして。
「…なあ、ちょっと話さねえ?」
俺、お前が心配だ。
「お兄ちゃんがいたんだ。バスケ馬鹿の」
「ブラコンだった」
「でもいなくなっちゃった」
「いろんな人に迷惑かけた。緑間はもちろん、」
「お兄ちゃんのチームメイトとか」
「主将の抜けたチームは、最後の大会なのに、一勝も出来なかった」
「あれは、今もトラウマ」
初めて聞く、栄坂の過去。それは、普段は隠された、深く暗い闇だった。
「なーんて。何でこんなこと青峰に話してんだろ。全て忘れてね」
そんな無茶な要求、無視だ。
「栄坂。お前は…、」
言いたいことはたくさんあるのに、上手い言葉が見つからない。栄坂はそんな俺を見て、まだ、俺が何も言葉を発していないというのに、「違うよ、青峰」と言った。
「私よりね、ひどい目にあってる人なんて世の中にはいっぱいいるんだよ。お兄ちゃんのことは、乗り越えたことだし、今になって取り立てて騒ぐことじゃない。緑間みたいに変に心配されるの嫌なの。私は全然大丈夫なんだから。これから気を使ったりするの、禁止だからね」
今まで通りで頼むよ、と栄坂は言った。
俺が言いたいのはそういうことじゃない。緑間もそれを心配してるんじゃない。どうやってそれを伝えよう。今更自分の頭の悪さを悔やむ。適当に何か言えば、栄坂は今みたいにはぐらかしてしまうだろうと思ったからだ。
(俺はつまり、お前が限界まで溜め込んで、さっきみたいに栓が抜けたように泣き出すんじゃないか、と)
俺の悶々とした表情を見て、栄坂は「あら、もしかして見当違いなこと言った?これは恥ずかしい」と、けたけた笑った。
「…じゃあ、こっちかな。何でさっきあんなに泣いちゃったかが、聞きたいんでしょ?」
とりあえず、頷く。
「…そーだねー」
自問自答するように、栄坂は一人で話し出した。
「私もよくわかんない!」
「…なんだそれ、」
「嘘じゃないよ」
自分の気持ちを確かめるように、胸に手を当てて、ぽつりぽつりと。
「…否定出来なかった、さっき」
「赤司に依存してること」
「でもこれは好きだからしょうがない。うん、しょうがない。大好きだもん。依存しちゃう」
「それから、」
「お兄ちゃんに重ねてること」
「でもこれは有り得ないよ。だって赤司とお兄ちゃんは全然タイプが違うもん。うん。赤司とお兄ちゃんは全然違うもん」
「でも何でかな、あの子に言われた瞬間、違う!否定しなきゃ!って気持ちでいっぱいになった。焦ってわけわかんなくなった。衝動的に、あの子を叩いちゃうところだった。私、最低だ。頭ぐるぐるして、気がついたら泣いてた。何でだろ」
「何でかな」
「アホ峰、一緒に考えてよ。しししっ」
「でも、やっぱり、」
ここで栄坂は一瞬詰まった。
「…私、やっぱり赤司に依存しすぎかな?赤司のことが好きで好きでたまらないの。おかしいかな?いつか赤司の足を引っ張ることもわかってるし怖いけど、でも、赤司は、それでも」
「…ううん何でもない」
あの夜のことを思い出しているようだった。
きゅ、と胸にあてられた手。
栄坂は自分自身に確認しているようだった。
「あの子に言われてカッとしちゃった。私もまだまだ子供だ」
一通り終えたのだろう。それから、栄坂は黙り込んでしまった。
…とりあえず。
何か気の利いたこと言え、俺。
「……赤司だって、お前が必要だと思うぜ」
ばかやろー。俺のあほんだら。これじゃ先日の会話盗み聞きしたことバレバレじゃねーか。
栄坂は少しぴくりと反応したが、何も言わないことに決めたようだった。クスリと笑ってから、
「…そうだといいな」
と言った。
場を取り直すため、なにか会話を続けることにした。
「どこ?」
「ん?何が?」
「お前の兄さんがいた高校」
「桐皇学園、だよ」
「あー、あそこか」
「栄坂!青峰!サボるのもいい加減にしろ!村中先生が怒っておられるのだよ!」
呼ばれて振り向くと緑間がいた。「…なっ!何があったのだよ!もしかして辛いことがあったのか?」栄坂の泣きはらした目を見て緑間が慌て出す。栄坂は少し笑ってから、「ね、あいつ、いいやつでしょ?」こっそり耳打ちしてきた。唇が軽く耳に当たった。
「何でもないよ、緑間」
「何でもないわけないのだよ!栄坂、説明しろ!まずは顔をふけ、ほらここにハンカチあるから」
「青峰、後は頼んだ!」
「あ、待て!」
たたたっと栄坂は駆けていってしまった。
「昔から逃げ足だけは速いのだよ!…ん?どうしてお前はそんなに顔が赤いのだ?」
「…何でもねーよ、」