そうして孤高の人となる
「ときどき不安になるよ。置いて行かれそうで。けど、赤司の歩みを止めるのだけは、本当に嫌だから、」
あの後、私は赤司に促されるままに自分の気持ちを話していた。拙い言葉だが、赤司は黙って聞いてくれた。隠し事は許さないと言われたから全て正直に話した。でもすぐに終わった。私の話したいことは、この不安だけだったから。
次は、赤司の番だ。
まず私と緑間の関係を聞かれた。実はずっとやきもきしていたらしい。
「緑間とはただの幼なじみ」
「異常にしか思えん」
(え?)
「今までお互いが無関心を貫いていたはずなのにクラスを違えた途端にくっつきだした。わけがわからない」
「あ…」
「…まな、全部話せ」
暗闇の中、私は語り出す。
「…っ、赤司も知っている通り、私にはお兄ちゃんがいたんだけど、ね」
今でも、兄のことを話そうとすると声が震えてしまう。「ゆっくりでいい」と赤司は言ってくれた。
実は、私は母だけでなく、兄も失った。兄が大好きだった私はひどく塞ぎこんだ。父は変わらず仕事で忙しかったので、私は緑間と遊んで寂しさを紛らわしていた。だけど小学校高学年にもなると、周りの目が気になり出すもの。緑間は学校では私を突き放すくせに、家に帰ると優しくなる。ある意味残酷過ぎて、私には耐えられなかった。
私は自ら緑間から離れた。そんな私を緑間は遠くから見守ろうとしてくれた。学校では話さなくなったけど、ときどきご飯を食べに来てくれて、完全に付き合いがなくなったわけじゃなかった。
でも初めてクラスが離れて、なぜか急に緑間が焦りだした。
「どうして、今になってあんなにくっついてくるのかは私にもよくわからない。多分緑間が一人で迷走してるんだと思う。……赤司?」
一人で考えこんでしまった赤司を揺らす。ねえ、二人で話すんじゃなかったの。
「あ、すまない」
「もう…」
「じゃあ次は青峰について」
「青峰?」
何で青峰が出てくるんだろう。
少し考えて、「…特にないけど、」と答えれば「本当に?」と言われた。
「本当に。何で?」
「何でもない」
「もう。隠し事は許さない、でしょ!」
不満げに再び揺らす。すると「…最近、仲がいいから嫉妬したんだ」とまるで吐き捨てるように言われた。
「青峰と…?ナイナイ」
「いや、ないないじゃなくて」
「だって本当にないもの」
赤司も見当違いなことを考えるもんだと思った。
それからは赤司の話を聞いた。
赤司は大分ため込んでいるようだった。疲れや不満。そして苛立ち。決して言葉は多くないけれど、的確な言葉選びではっきりと伝わってくる。そこには、私への思いも感じられた。
「お前といるときだけが心底安心出来るよ」
嬉しいのか哀しいのかよくわからなかった。
「どうして赤司ばっかりがこんなに頑張ってるの」
「僕だけじゃない」
「でも、赤司だけが」
「言うな」
口をつぐんだ。「すまない」と言われ、ううん、と首を振る。私は「期待に応えなければな」と呟いた赤司が哀しくて、哀しくて。
「僕にはまなが必要だよ」
精一杯の笑顔で応えた。
私はまるで赤司を絶対に間違わない人のように考えていたかもしれない。
赤司がどんなにすーぱーまんだったとしても。
こんなに強くあったとしても、まだ私と同じ中学三年生なのだ。
頼りすぎていたかもしれない。
赤司も私と同じように不安だったのだ。
その心境を私に吐露してくれたことを、嬉しく思う。
今度は二人で歩いていこう、そう言いかけた時だった。
「まなは、僕について来ればいい」
(…え、)
「僕が歩いたところをお前は歩けばいい」
心に悲しさが溢れ出した。
だけど、こくん、と頷いた。
どうしてそういうことを言うの。私は、私は。赤司が一人でどんどん進んで悩まないように、私は。
心の中がぐるぐる渦巻く。
「絶対に守ってやる。だから、」
髪の毛に触れられて、されるがまま赤司の胸に寄りかかった。まるで顔をあげるな、と言われているようだった。
「僕から離れるな、」
(赤司…?)
なんて声を出すのだろう。
もしかして赤司は私の思いも全て気づいているかもしれない。それを知った上でこんなことを言うのだろうか。
(それじゃあ、これからも赤司はこのまま…)
いろんな思いを呑み込んだ。口から出た言葉は、
「…離れないよ」
だった。
そうして、暗闇の中でしたキスは、今までにないほど切なく感じられる。
(……こんなの、)
耐えられなくて再び抱きつく。
「赤司、赤司」
私は何かを言おうとした。だけど言葉は出てこなかった。愛しい人の名前だけを繰り返した。
「…離さない、」
今まで聞いたことのないような赤司の声。切なくて、悲しくて、心がちくちく悲鳴をあげた。
(赤司、赤司、)
(…たまには頼ってね)
今夜のことは、二人だけの秘密。