鳥の唄


静まり返ったリビング。桃井は寝てしまった。無理もない、あれほど頑張ったのだ。一体どれほどの小麦粉を炭に変えたのだろう、とまなは計算しようとしてやめた。

黄瀬は相変わらず地面で伸びており、青峰も大きな体をソファに押し込めて寝ている。

緑間は絶対に桃井の料理は食べたくないと言ったので、まなが「じゃあお前パシりな」と散々使った結果、疲れ果てて勝手に二階のベッドで寝ている。幼なじみとはいえ、なんて図々しいやつだ。とまなはため息をついた。

そんなまなは散らかした台所の片付けをしていた。なかなか難航し、やっと一段落ついた頃には、もう午前二時を過ぎていた。

「終わった?」
「お、起きてたの?」

赤司に声をかけられ、まなは驚いた。てっきり寝ているものだと思っていたのだ。赤司の寝顔を写メろう計画破綻の音が頭の中で響く。

赤司はそんなまなに苦笑いしながら、男子禁制だから入ってこないでと言われた台所をまじまじと見渡した。あれほどの爆発音を響かせていたようには到底思えないほどに綺麗になっていた。改めてまなの家事スキルの高さを見せつけられたような気分だ。

まなの頬に洗剤がついていたので取ってやると、人懐っこく笑った。目を細めてそれを見る。

「あれ、どうしたの?」

物凄く固い表情してるよ、とまなに言われ赤司は少し考えた後、「あっちで話そう」と答えた。







赤司は最近の自分の変化に気がついていた。まながそれに戸惑いながらも必死についていこうとしているのも知っていた。

バスケ部が有名になっていくにつれて、赤司の負担は増えていった。多忙を極め、スムーズに事が進まないとすぐに苛々するようになった。物分かりの悪い他人に任せるよりも自分が全てやった方が楽だと考え始めた。

そんな中、赤司はまなだけには唯一心を許していたと言える。まなと一緒にいると、疲れを忘れることが出来た。赤司の変化や苛立ちを知りながらも、まなは何も言うことなく変わらず接してくれる。

全てを受け入れてくれる。

不安や弱さを知られてもいいのはまなだけだった。(それでも極力避けたいが)

「まな、」と呼べば「うん?」と返事が返ってくる。

それが赤司にはとても大事なことのように思えた。

まなはこんな自分のことをどう考えているのだろう。

「お前は…これからも僕といるつもり?」

いろんな言葉を用意したが、結局出てきたのはこれだった。まなは迷うことなく、こくんと頷いた。「…もしかして、」と涙を溜めて余計な心配をし出したので「違うよ」と宥める。

「そうか。それじゃ、」

まなは決して馬鹿ではない。何も考えていないように見えて、頭の中は高速回転ということがよくある。人の感情変化にも敏感だし、気を使うのも上手い。しかもそれらを隠すことにも長けている。

例えば、今。




「全部話せ」




まなは赤司の低い声を少し怖く感じたらしかった。「へ、」と言葉にならない声が小さな口から出た。

「お前が僕に思っていることを全部話せ。隠すことは許さない」




(…ああ、間違えたかな)




突然のことに戸惑うまなを見ながら赤司は思った。ときどきこうして威圧的に接してしまう。




(まな、まな)




いろんな言葉を用意した。出て来たのはこれだった。




「僕も全部話すから」
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