真夜中の少年少女


夜も九時を過ぎて何すっかなーと考えていると、突然さつきからメールが来た。[まなの家に来て]といつものように可愛らしい絵文字もなしに要件だけ書いてあった。はあ?突然何だよと思いながらも[家知らねーし]と冷静に返す。

返信を待つ間、ゴロゴロしていたがなんかゴロゴロできねー。ゴロゴロに集中できねー。なんだこれ。

栄坂の家か…いや別に行きたくもねーけどよ。だってめんどーじゃん。こんな夜遅くにさー。

…でも、

いやいやいや超めんどくせーよな。

なぜか悶々して、ああやっぱりなんか惜しいことしたかもしれんなんて考え初めてしまった時、ケータイが再びピロリンと鳴った。[今ミドリンが迎えに行ってるから]と。俺が「はあ?何で緑間?」と呟くのとピンポーンと鳴るのは同時だった。

「なにしてんだよ」
「俺だってこんな面倒なこと願い下げなのだよ」

結局、二人して並んで夜道を歩いていた。理由を聞くと、さつきが栄坂のもとに泊まり込みでクッキング修行をしているらしい。それで桃井の料理を消費する人がいるので、俺が呼ばれた、と。

「まだ死にたくねーから帰るわ。じゃな」
「待て!青峰!」

「俺や黄瀬じゃ無理だった。もうお前しかおらんのだ。頼む!」とあの緑間がここまで言うのだから、よっぽど必死なのだろう。

「はー…。つかよ、最近お前って妙に栄坂周辺をうろちょろしてるよなー」

と少しのからかいをのせて言うと、気に障ったようだ。わざとらしく咳払いをされた。

「…今日は親がいなかったから栄坂に食事を賄ってもらっていたのだ。そこに突然桃井が来て…」

あとは察しろ、と緑間が言った。ふとした疑問が口をついて出る。

「お前らって実際仲いーの?わりーの?」
「良くはない」

ただ、困った時はお互い様な関係なのだよ。あとは察しろ。と言われた。察せねーよ。わかんねーよ。もし俺が栄坂と幼なじみだったら…なんて考えてねー絶対に。

そんなこんなでいつの間にか栄坂の家まで来ていたようだ。緑間が何の遠慮もなしに勝手にドアを開けて入っていくから俺もついてく。「おじゃましまーす…?」さつき以外の女子の家に入るのは初めてだから一応かしこまる。

「やあ。生贄ども」

爽やかに赤司に言われ思わず固まった。(何でお前がいるんだよ!)







「桃井!それっぽい形になってきたよ!58度目の正直だね!」
「57度目よ、まな」

キッチンから栄坂らのはしゃぐ声が聞こえて来たかと思うと、バフン!!と、どでかい爆発音がした。「きゃー桃井あんた何入れたの?!素人がアレンジしようとしてんじゃないわよ!」となかなか凄まじそうだ。

栄坂家のリビングにあがると、そこでは赤司が1人で栄坂のものであろうテレビゲームをしていた。隣で黄瀬は泡を吹いて倒れている。

「気の毒だが、少しあたってしまったようなんだ」

なんて爽やかに言い放つ。「もしかしてさつきの…」と言いかければ「みなまで言うな。俺たちもいずれはそうなる」と緑間に肩に手を置かれた。俺、やっぱり帰ってもいい?

結局のところ、俺は毒味係なのだろう。(本当に帰ってやろうか)

しかし初めて見る栄坂の家はなかなか新鮮だった。物は少ないが小綺麗に纏まっている。テレビゲームのソフトだけが女子にしては多いように思えた。

少し気になったので「なあ、あいつの親さんは?」と聞くと「今はナイジェリアに出張中だそうだ」と言われた。ナイジェリアってどこだよ。

「両親とも?」
「いや。まなに母親はいない」
「へ、」

面食らう。

「だから、栄坂は家事が得意なのだよ」
「そ、そうか」

さすがにそれ以上は聞けなかったし、赤司も緑間も話す気はなさそうだった。

バフン!と再び爆発音がした。きゃーきゃーと騒ぐ栄坂と桃井の声が俺らの間に漂う微妙な空気をかき消してくれる。

しばらくするとすすをつけた栄坂が台所から出てきた。

「あら、青峰来てたの」
「お前らが呼んだんじゃねーか」

青峰なら逃亡すると思ったんだけど。と栄坂はしししっと笑った。こんな風に笑うくせに俺よりもよっぽど今までに苦労してきたんだろうか。

「さあ、おあがり」

青峰なら食べてくれるよね、桃井のクッキー。と心底楽しそうにダークマターを差し出されたので、同情も少しだけ消え失せた。







「……ふあ」

気がつかないうちに寝てしまっていたみたいだ。時計の針は午前四時半を差している。周りを見渡すと、さっきまでぎゃーぎゃー騒いでいたのは嘘みたいに、みんな地べたやソファで雑魚寝していた。赤司と栄坂を除いて。

暗闇の中、二人は何をしているのだろう。

何やら話し込んでいるようだった。俺は寝たふりを続けたまま聞き耳を立てる。

「それならば、」

赤司の声が普段と違うように感じられ、驚く。それは切なさや不安、悲しみを精一杯に押し込めたような、そんな声。

「僕について来ればいい」

(少し震えている?)

「僕が歩いたところをお前は歩けばいい」

栄坂はこくんと頷く。

「絶対に守ってやる」

だから、と。

「僕から離れるな、」

(赤司…?)

あの赤司が、今までにこんな懇願するような声を出したことがあるだろうか。

「…離れないよ」

暗闇の中、浮かび上がる二つの影は重なり、やがて離れた。

しかしまたすぐに重なる。栄坂から抱きついたのだ。

「   」

栄坂は赤司の耳元で何かを囁いたようだった。

俺には当然聞こえない。

「…離さない、」

完全に赤司の声は泣いていた。

(…な、なんだこれ)







あれから、寝ようにも寝れなかった。

ドクンドクン…とまるで誰かに心臓を握りつぶされているような、そんな感覚がずっと続く。

(……)

あの赤司の、普段隠されている弱さを見たからだろうか?赤司と栄坂の本格的なキスを目の前で見たからだろうか?


それもあるだろう。


でも一番の理由は、


二人がまるで必死だったからだ。
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